第四話 キャベツとレタス
4月1日。 始業式のあった今日、こうして無事に終えることができた。 戦地の状況報告としては1年のころに同じクラスだった人が何人かいたおかげで予想していた人数より敵の数は少なかった。 ふう、とりあえず安心。 という会話を大河、千里と学校で別れた後話していた。 午前中で学校が終わったため、この時間帯の電車は全く混んでいなかった。
「だから、田舎者だって言って馬鹿にしてくる人なんていないって。 まあ、キャベツって言ってくる人はいると思うけれど」
「うーん……まあ確かに今までそんな奴いたかと言われたらいなかったとしか……おい、いまなんていった? キャベツっていったか」
「というかヤベ、その偏った知識はどこ情報なのよ。 いつもの漫画? 」
「待て琴乃。 まだキャベツの話が終わってな」
「あ、駅着いちゃった。 じゃあまたね」
「あ、うん。 また」
という一方的な会話があって今僕は電車でひとりというわけだ。 根負けしてしまった。 付け焼刃の雑草魂は琴乃によっていとも簡単に刈り取られてしまった。
こうして今日も終わっていく。 多分、福も午前中で終わっているはずだから家にいるだろうな。 そういえば、母さん昼飯なんて言ってたっけ。
そうこう考えているうちに電車は僕の降りるべき駅に到着した。 登り切った太陽は暖かい日差しでだだっ広い田んぼ、次いでに空を青く照らしていた。 時折吹く風がその周りに割いている花や雑草、水面を揺らしていく。
青と言えば、いつも通り千里のリボンは水色だったけれど、大河も水色の眼鏡だったな。 そんな2秒で忘れそうなことを思いながら帰路に着く。
その時だった。 本当に、徐に、特に理由もないけれど、ふと公園を見た。 それは駅から出て10分ほど、帰路を行くと見つかるこの辺で唯一の公園である。 いつもは目もしないような光景のはずなのに、イレギュラーな、いつもとは違う光景になっていた。
散りかけの桜の木をぼーっと見上げている人がいた。 いや、これは人と表現していいのだろうか。 通り過ぎる風はその残り少ない花びらと、彼の短い純黒の髪とを散らし、揺らす。 その光景は僕がこの生きてきた16年間の中で見たこともないほどに美しかった。 かっこいい、かわいいではない。 ただ、美しかった。 まるで天使のような、今朝あったイレギュラー、非日常をもたらしたあの彼だった。 くぎ付けになった僕は迫りくる車の走行音で我に返った。 慌ててよけて車に軽くお辞儀をする。 目線をもとの位置に戻すと、彼はこっちを見ていた。 ……どうやら手招いているようだ。
どうしようか。 正直、危険かもと思った。 なんせ、初対面で願い叶えますだからな……。 でも、これも正直、結果は見えていた。 僕は彼のもとへ向かった。
▽
「あれー! あなた、朝の人ですよね? また会えるなんて願ってもなかったです! 」
運命かもですねー、と胸の前で手を合わせて喜んでいる。 なんだこの生き物は。 明るすぎて直視できない……。
「朝ぶりですね。 あなたはここで何をしているんですか? 」
僕はこうして話すためにここに来たものの、何を話せばよいのか分からなかったので、とりあえずな質問をしてみる。
「ボクはですね、ここでこの木を見ていました。 ……ボクのいた世界でもこれに似たものがありましてね……初めて見たとき、驚きました。 これは何という木なんですか? 」
なんということだろうか。 こんなに設定を忠実に守っている中二病はなかなかいないだろう。 内容的には彼はこの世界の人ではなく、そのため、桜も見たことがないといったところだろうか。 ……まあ、ここまで完璧にこなしているんだ。 僕ものってあげよう。
「これは桜というんですよ。 この国、日本の代表的な木のひとつです」
「サクラ、ですか……いい名ですね。 ん、ここの国名は二ホンというのですか。 わざわざありがとうございます」
ぺこり、と頭を下げる彼。 うむ、なかなかボロを出さないな……。 流石に日本は引っかかると思ったのだが。
「そちらの世界のこの桜に似た木の名前は何というのですか」
もう少し、会話を続けてみよう。 少し楽しくなってきた。
「スカラ、と言います。 少し、サクラとオノマトペが似てますね」
あ、そういえば。 と続ける彼。
「ボクが違う世界から来たって知っていたのですか? 」
「いや、全然知らないですけれど」
「そうなのですか。 いやですね、こんなにすんなり受け入れてくれるなんて願ってもいなかったので」
本当にほっとしている様子だった。 ここまで演技も完璧だったら本当に違う世界から来たのではないかと錯覚してしまいそうだ……。 もうここらで、言ってしまおうか。 よし。
「と言っても、それ、設定でしょう? もう本当のこと言った方が楽に……」
僕は彼に対して思っていることを……言い切ることができなかった。 僕が話している途中の彼の表情は初めて会った時にも見せた、同じ顔をしていたからだ。 あの、絶望の表情。 そうだ、僕は彼のこの表情が引っかかっていたんだ。 とても初対面の人にする質問じゃないと思っていたのと同時に、するような表情じゃない。 そして彼はうつむき、言葉を続ける。
「……あなたも、同じことを言うのですね。 もしかしたら、と思ったのですけれど」
では、失礼しました、とくるりと背を向けて歩み始める彼。
あなたの願いを叶えましょう。 この言葉を他の誰かにも聞いていたのだろうか。 そしてその回数と同じ回数だけ僕が言ったような言葉を浴びせられていたのだろうか。
「ま、待って! わ、悪かった」
気づいたら僕は彼を呼び止めていた。 その心理は分からない。 どうして彼があんなことをいったのか。 表情をしたのか。 僕が呼び止めた理由さえも。 彼の表情、言葉を察して救うためにだろうか。 それだったらかっこいいね。 僕がよくみる漫画の主人公みたいだ。 でも、違う気がする。 勿論その気持ちもあるはずだが、それよりも、好奇心、何かが変わるかもという期待などの方が強いと思う。 僕は主人公なんかじゃなく、よくいる高校生だから。 そんな崇高な考えは持ち合わせていない。 偽善なのかもしれない。 もしかしたら、偽善にさえも失礼かもしれない。
「……何がですか」
そんな、欲望に満ちた僕の言葉に彼は耳を傾けてくれた。
「何も知らないのに、さっきみたいに勝手に決めつけてしまった……こと」
「ボクのこと、信じてくれるのですか」
彼は僕の目を刺すようにじっと見つめてきた。 吸い込まれそうな蒼の瞳に負けないように言葉を続ける。
「うん、……と言いたいとことだけれど、正直なところまだ少し疑っている……。 だからさ、」
主人公ならここでうん、という一言で終わるのだろう。 でも、僕は違うから。 だから。
「証明してくれ! 僕は実際に見たことは信じる人だから」
僕の本心を言った。 彼の前で嘘は無意味な感じた。 そうでなくても、意味のないことだと考えたからだ。
「……ふふ、あなたは正直な人ですね。 やっぱり、今までの人とは違います」
彼は今までの僕の思考を除いていたかのような言い方で言葉を続けた。
「ボクの名前は……ラタス。 ラタスです。 あなたは? 」
彼はラタスと名のった。 名前的に外国の方だろうか。 いや、違うのか。
「僕の名前は初芽 木矢部。 周りはヤベとか普通にキヤベと呼んでいるから、まあ、適当に読んでくれ」
彼……ラタスが言うには、違う世界の方なのか。
「ふふふ、キャベツみたいですね! 」
「レタスみたいな名前のお前にだけは言われたくない! 」
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