第8話

「そもそもだ、お前は何の部活に入ろうと思ってたんだ?」


麗しの幼馴染が物憂げな眼差しでこちらを見やるので、真莉は重々しく頷いて答えてみた。

造形美の幼馴染が、片眉を器用にあげた。なんて優美な曲線を描く眉。


「決めてんのか?」

「うんにや、体育会系は性格的に無理だから文芸系?」

「なんで疑問形」

「いや、今まで帰宅部エースだったからさ適性がわかんないやん」


真莉は空になったお茶碗を食卓に戻して、ムニュと小首を傾げた。

そもそもだ、今まで帰宅部だったのはこの幼馴染のせいでもあったような気がする。



「そういうよっちゃんは部活に入らないの?」

「大福は大福だなー、頭ん中アンコ詰まってるだろ」

「美味しそうでいいやん」

「……俺に慣れてる奴らがいねぇと無理じゃね」


不意に混じった幼馴染のためらいに、真莉はちらりと視線を反らし、食卓の目玉焼きを睨んだ。

自分の顔が人とはちょっと違うと認識している幼馴染は、経験則から自分が新しい事をする度に起こる騒動を予測できている。新しい環境になったことも踏まえて新たな勘違い野郎が量産されるかもしれないし、逆怨みの輩が雲霞のごとく湧いて出てくるかもしれない。

唯でさえ高校入学と同時に頭悪そうなお取り巻きが出来たばかりである。以前からの友人が、じわじわと離れていきそうな事態でもあった。


「あー、でもうちの学校女神様いるやん!」


目玉焼きの黄身をお代わりした白ご飯に乗せながら真莉は昨日の邂逅を思い出した。

脳裏に蘇る五光の差したような美女のスタイル良い立ち姿に、クールに見える鋭利な眼差し。

梓澤だ。

カースト戦隊が塵芥と化したあの存在ならば幼馴染の愁いを理解してくれるのでは無いだろうか?

それに……


「女神様以外にも校内一の可愛さと謳われる柊木も居るし、慣れるのはやいかもよ?」

「誰だよそいつ」


やったねよっちゃん、憧れのめちゃ青春っぽい学校生活送れるかもよと嘯く真莉を不審げな眼差しで見下ろす嘉之。

視線の先で、もちもちの頬がムクムクと2杯目の白米を咀嚼しており、朝日に輝いている。


「昨日、よっちゃんのお友達?彼女?に全力で立候補し隊の人たちに呼び出された時にね、間に入って仲裁してくれたいい奴」

「いや、しらねーよそんな集まり」

「認めたくないかもしれないけど、確実に全学年から選抜メンバー揃ってるから」

「いらねー」

「多分不動のセンターに選抜確メンの神セブンがすでにいるね」

「まじでいらねー、何処の誰が選抜してんだよ」

「あきピープロデュースじゃ無いことはたしかね」


嘉之の力ない返答に、真莉は肩をすくめてみせた。


「分かっているとも我が幼馴染よ、よっちゃんが原因とされたくない妄想と暴走の騒動を引き起こしそうな集団だもんね。不貞腐れる前にまあ、話聞こうぜ」


三杯目のお代わりしたそうに空になったお茶碗を覗き込みなが真莉が話し始めると、母親からあんたはいい加減に学校行きなさいと御膳が下げられる。

あきらめて箸を置く幼馴染に、嘉之は真莉の母親が嫁入り道具に揃えて嫁いできた年代物の急須から真莉の手元にあるファシーな色合いでヒヨコの絵が焼き付けてある湯呑みにお茶をついでやる。小学校の修学旅行先で、嘉之が丸く寸詰まりにディフォルメされたヒヨコが真莉に似てると示唆したばっかりに買ってやるはめになった思い出の湯呑みだ。女子高生になったこの春も現役らしい。


「そのいい奴と女神?とやらがどうしたんだ」

「あんがと。ズズッ」 


適温の緑茶が美味しいのか、真莉の頬がゆるりと緩み、ほんわりと笑みを浮かべたの嘉之は見逃さなかった。

幼馴染の幸せそうな食べっぷりがささくれたメンタルに効いたのか、寸の間癒されたような気がする嘉之は時計の時刻を確認しながら鞄を手に席を立つ。


「とりあえず、遅刻したくねぇから」

「おん」


ゆったりした動きのはずながら秒でお茶を飲み終わった真莉がその後に続く。


「ふたりとも気をつけて行くんだよ!真莉、ヨシくんに迷惑かけなさんなよ」

「どっちかーというと私が面倒みてるから」

「「ダウト!」」


母親と麗しの幼馴染の美声が重なったので、真莉の唇が文句ありげに尖る。


「どっちでも良いんだよ、ふたりとも気をつけて行っておいで」


最近在宅ワークがメインの父親が、真莉と良く似た笑顔で玄関まで見送るもんだから、真莉の文句は霧散した。


「とーちやん、言ってくるね」


嘉之は神々しいまでの笑みを隣家の大黒柱に向けて、我が家のごとく真莉の家の玄関を出た。


「行ってきまーす!」


幼稚園に行き始めた頃と寸分違わずに、真莉がその後を追って行くのを夫婦はのんびり見送った。




何時ものように二人並んでの登校風景は変わらず、朝の商店街をのんびり歩んでいく。


「んで、そのいい奴らがどう関係すんだよ」

「よっちゃんはまだ二人とも知らない?つか、顔見てないの」

「いや、名前と学年、クラスを教えろ。片方は女神様としかいってねーよ」

「言ってなかったけ?えーと………?」

「………………」

「………………」


真莉の口がパタリと閉じられ、むちっと小首をかしげて嘉之の顔を見上げる。


「……………」

「……………で?何処の誰だ」

「えーと、1人は校内一の美少女顔って噂の柊木葵君でね」

「そうか……」

「……………」

「…………で?」

「で?で、で、……テヘッ」


その他のデータが何も浮かばない真莉はニッカリと笑ってみせる。嘉之の冷ややかな視線が無言と沈黙の合せ技になって降り注いでくる。


あれ?後何か情報無かったっけかな。おかしい、こんなに脳裏にはクッキリとあの時の二人のこと思い出せるのに、摩訶不思議。その他の事は何一つ言語化できない。


「お前の頭にはアンコしか詰まってねーな」

「えへへへ、愛と勇気だけが友達でした」

「言っとくがな、パンのヒーローとは大違いのアンコだからな」

「まあ、このさい何処の人が置いといて。重要なのは私のアンコの質じゃない、この二人が類稀なくよっちゃんと、同じような悩み持ってそうってこと」


ひなに稀見る美形の類であるが、感性は普通の少年少女っぽいと真莉は見た。

柊木葵はロリショタが喜んで貢ぎまくりしそうな美少女に見えるが、キチンと規定の制服の着こなしをしており、真莉の『男の子が…』の発言に嬉しそうに反応していた。


「あれって、多分普段はあのよっちゃんの(略)し隊のメンバーたちがやってたみたいに『あおいちゃん扱い』が周りの何時もの反応なんだよね。庇護欲唆る、可憐なお姫様かお嬢様扱い。それが嬉しい人なら普通のお願い事にあんなに喜ばないと思うし、ケンカを止めようと勇気出して声上げたりしないと思う」


ケンカ止めたときも変に被害者ぶったり、弱者な虐げられるワタシみたいな言い回しもしてなかったし、高飛車に上から目線で物言いをつけるようでも無かった。


「それってよっちゃんと似てるでしょ?静寂の貴公子様」

「それマジでゲロでそう」

「わざわざ汚い言い回しで同意しない」

「だから何だよ」


わざと使わないような言い回しをすると、ちょっとばかりお姉さんぶった声音で嗜めてみせる真莉。嘉之はひっそりと笑ってから続きを促す。


「だからね、柊木が明るい青春ど真ん中の安全安心な学校生活を送るためにどんな対策とってるか聞いてみても良くないかい」

「対策ねぇ……」

「良くない?良くない?」

「……俺は、お前の部活の話聞いてたはずだが」

「あれ……?」


いつの間にメインの話が幼馴染の安全安心な学校生活になったのだろう。

真莉はむちっと小首をかしげ、思案げに腕をモチッと組んだ。もちむちの白い腕が朝日に美味しそうな焼き立ての白パンのようにほのみえた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ポチャはどこまでポチャなのか @hyugana

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ