第7話

幼馴染家でたらふく夕ご飯を食べてお風呂までいただいた真莉は、パジャマになって自室のベッドの上で腕を組み、広げられた雑誌を見つめる。

つやつやとした表紙には「マイナス3キロ、着やせコーデのゴールデンルール」やら「着回し神コーデ、一ヶ月」などの文字が躍っており、同年代とは思えない手足の長い少女達が弾けんばかりの笑顔でポーズをとっている。


「問題はだ、私の場合マイナス3キロぐらいの着痩せでフォローできるのかということだね」


真莉が視線を胸の前で組まれた己の腕に落とす。


ムチツ


擬音が聞こえそうな質感がそこにあった。色は白く、天井のライトに照らされて腕のうぶ毛がキラキラ光っている。

腕の向こうに、座った事で突き出したお腹のラインが見える。


「これは、見えてはいけない部分ではないのかな」


己のお腹をもみもみしながら真莉は呟く。

揉んでるお腹の弾力がもちもちしていてちょっと気持ちいい。

気持ちいいが、ちょっと首をかしげながら手を止める。


「気持ちいいなんて言ってる場合ではないのでは」


 

コッソリと雑誌のページをめくり、ポージングしている少女と同じポーズをとって見る。

とって見るつもりだったが、そのポーズには長い脚と強靭な腹筋が必要だった。


バタリ


真莉は力尽きてベッドに倒れ込んだ。


「横向きに腰掛けてるのに、両足が揃って宙に浮いてて上半身が正面向けるなんて……無理」


ゴロリと仰向けになって見慣れた天井を眺めてため息をついた。


今ポージングできなかったのは体重と体型により無理だったのか、モデルという高スキルの持ち主でないから無理だったのか考える。


「どっちだこれ」


悩む真莉はライト付けっばなしのまま睡魔に襲われて寝息を立て始めた。


弛んでる生き様からの脱出はまだまだ遠い……。





「思ったんだけどさ、よっちゃん」

「なんだよ」


次の日の朝、昨夜の不甲斐ない自分を思い出しながらもそもそ起きて来た真莉は、さも家族の一員のように食卓に座ってお茶を啜る幼馴染に声をかけた。


「アンジェリカさんの腹筋ってどこまで凄いの」

「何言ってんだ、お前」

「あ、お母さん私も目玉焼き半熟がいい」


嘉之の訝しげな視線をよそに、真莉はコンロの前にいる母親に声をかけてから洗面所へ駆け込んだ。


「ヨシくん、ごはんは食べたの」


食卓で新聞を広げてた父親が、真莉の後ろ姿にため息をつきながら神がかった仕草で湯呑みをテーブルにおく嘉之に声をかけた。

朝早くから顔を出している馴染みの九條家の長男は、何時でも取材受けても良いとばかりに完璧な装いとスッキリとした眼差しの美しさで狭いダイニングテーブルについている。

それに反し、己の娘はパジャマのまま、神がかった寝癖を後頭部につけたまま寝ぼけ眼でのそのそ出てきている。

そろそろ思春期の女の子として行動してもいいんではなかろうか。


「食べてきたよ、とーちゃん」

「そうか、そうか」

「ヨシくん、デザート食べない、おかーちゃんヨシくんの好きなリンゴ買ってきたのよ」


母親が真莉の半熟目玉焼きの皿を嘉之の隣の席に置きながらニコニコと笑顔を見せる。

つられたように笑顔を見せる嘉之はスクリーンの中の人の如く煌めいていた。


「よっちゃんが持ったら、ただのリンゴも高級に見えるね」


制服に着替えた真莉が嘉之の隣に座りながらあきれたように告げた。

スーパーでワケアリリンゴで3個で380円で買ってきたキズついたデコボコしたリンゴも、嘉之のしなやか指で持ち上げられると銀座のフルーツ専門店で購入した蜜入りリンゴに見える。


「バカ言ってないで、早く食べろ」

「ん〜いただきます」


真莉がむぐむぐと口いっぱいに白ご飯を詰め込んで食べ始めるのを見て、父親がコッソリとため息をついた。

女子高生のはずの己の娘は小学生のころと何ひとつ変わっていない事がしみじみと感じられたからだった。


「真莉、あんた部活はどうするの。もう5月になったわよ。ほんとにのんきねぇ」


母親が味噌汁の椀におかわりを注ぎながら食卓の娘に声をかける。


「高校生になったら何か部活やりたいって言ってたじゃない、やめたの?」

「んなことないけど、いろいろ忙しかったからさぁ」


味噌汁の椀を受け取りながら、真莉は首をすくめた。


そう、幼稚園や小学校から嘉之の美貌にじわじわ慣れていったメンバーから学区外から集まってきた高校からの新メンバーに代わって、麗しき静寂の貴公子だか王子様だかの相貌に驚愕したのか、理性がなくなったのか新メンバーはとても落ち着きがない。

クラスの女子から嘉之のプロフィールを聞かれるぐらいならまだ良かった。同クラから隣のクラスの女子、先輩たちと聞かれる相手が変化すると同時に呼び出される場所や言葉がだんだんと怪しくなって、今日は使われなくなった古い焼却炉まで呼び出された。

真莉の幼馴染みポジションはとてもとても面倒くさい事になったのだ。

その対応にけっこう時間を取られたと云うのが真莉の言い分である。





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