第6話

 ジュワジュワ油が音をたてて、今だと衣着けたエビを油鍋へ滑り込ませる。

ジャーッ、バチバチバチっと油は跳ねるが真莉は気にとめずにバッター液ヘ次のエビをくぐらせる。


「ちょ、邪魔よ」

「てめぇが、幅広なんだよ」


真莉の後ろにある冷蔵庫から麦茶のボトルを引っ張り出す幼馴染にぶつかって、互いに肘でそれぞれ押しやる。

3LDKのマンションである真莉の家ではなく、ショーモデルの奥様を養ってる一流ブランドの繊維関係の会社経営をしている幼馴染家の広い戸建てにあるおしゃれシステムキッチンなのに何故ぶつかるのか。


「だから、お前の車幅がおかしい」

「わたしゃ、トラックか」

「バックシマース」

「うるさ」



  

対面キッチンのカウンターチェアに腰をおろした九條・テオドール・嘉之は、ショーモデルの母親とおそろいのエプロンを気にもせず身につけてエビフライと格闘している真莉をボンヤリと眺める。


『あれ、全然気にしてねぇだろ』


嘉之の幼馴染は打たれ強く、図太く、へこたれないメンタルの持ち主だ。

もちろん真莉本人の『ビジュアルから来る間違ったイメージがそう思わせる』説は知っているが、物心ついてから隣で過ごしてきた経験値からそう判断せざるおえないのだ。


『だいたい、今日…』


放課後、いけ好かない取り巻きから幼馴染がカースト上位の奴らから呼び出されたと聞いて走り回って探した自分が莫迦だった。

焦った自分をしり目に、ふらりと姿を消していた幼馴染はニヤニヤしながらのんきにクラスに戻ってきたのだ。

色艶だけは良い肌を上気させて、ほの紅く染まる顔でびっくりしたように自分を見るので思わず憎たらしく感じた自分は悪くない。

心配した分憤ったが、真莉がドコモ損なわずに無事だった事に気が抜けたのも本当だった。


目の前で幼馴染が無事に短い手足をちょこまか動かし、夕食の支度をしている事に安堵している自分が嫌で、気付かれないようにため息をついた。


『とりあえず、無事で良かった』


振り返った真莉と目が合うと、幼馴染は訝しげにムチっと小首をかしげた。


「よっちゃん、眠いの?地母神みたいな目になってるよ」

「どんな目だ」

「こんな?」


真莉は、揚げたてのエビフライを菜箸の先で持ち上げたままふにゃりと微笑んだ。その眼が、愛でるようにこっちを見ている。

まるで、愛子を見るかのようにやわらかく、愛しげに。

瞬間、嘉之の眉間に縦じわがよった。 


「風呂掃除してくる」


つと視線を外し、嘉之は何気無い様子でツールから立ち上がり背中を向けた。


「あいよ、ついでにシャンプーボトルに追加しといて」

「何故お前がうちのシャンプーボトルの空き容量を知っている」


バッと振り返ると、真莉がエプロンのポケットからスマホの液晶を高々と掲げてトークアプリの画面を見せる。

画面では、己の父親がよろしくおねがいしますと立て札を持ったフクフクとした丸いねこのスタンプが送っていた。何気に幼馴染家の夫婦とおそろいスタンプを使っている。


「宗一郎さんが、朝シャワーしたとき入れそびれたんだって」


フシュー、と鼻息漏らしてドヤッて見せる幼馴染に嘉之の肩が落ちる。

鼻息荒く、鼻の穴膨らませる女子高生はいかがなものか。しかも左手で葵の紋所を掲げるようにスマホを持ち、逆の手で獲物よろしく揚げたてエビフライを天に向かって差し出している謎のポーズ。

これの何処が『繊細でか弱い乙女』なのだ。

やはり真莉が自称しているだけだ。


ああ、乙女(自称)の無駄遣いだった。


「朝、俺はまだいただろうがクソオヤジ!」


なぜ直に、同じ家の中にいる一人息子に言わないのだ。


「ハゲろ!」


思わず反射的に叫んだ嘉之、悪くない。

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