第5話

 夕暮れ間近の駅前商店街は、それなりの人混みだった。

 八百屋やスーパーが死ぬほど似合わない幼馴染は、鼻歌交じりに真莉の斜め前を歩いている。

ただ、ふらふら歩いているだけなのにその仕草や表情が大作映画の冒頭のように衆目を集めて居ることが解せない。

ただの公立高校のブレザーが、オーダーメイドのスーツかなにかに見えるのは詐欺じゃなかろうか。

学校指定の鞄まで、ハイブランドのバックに見える。入学前にショッピングモールへ家族総出で無駄な足掻きを押し切られて買いに行ったのに、自分の手元にあるバックと同じ物に到底思えない。

何処か夢見心地でこちらを見ている奥様方や少女達は、上品に目元を和らげ、ほんのりと笑みを浮かべているこの男が笑点のテーマを鼻歌にしていることを認知出来てないのだ。


「あ、よっちゃん。本屋に寄って」

「は?お前が本屋?何かあそこのオヤジに用でもあんのか?ねぇだろ、本屋には本しか売ってねぇぞ、あと雑貨ぐらいだ。食べ物売ってない。オッケー?」


チラリと真莉へ流す視線は物憂げで怪しい色気が混じって居るが、いかんせん言ってる事が酷い。


真莉は知っている。


この男が物憂げに見えているのは、単にお腹が空いているだけだと言うことを。


「バカ、本屋っていったら本を買うに決まってるでしょうが」

「何のマンガ?」

「なぜ、その一択!」

「お前が自分から本屋に行きたがるなんて、それしかねぇだろ」


慈悲の微笑みで、天上人のように麗しい顔がこちらへむけられているが、その薄い唇から無造作に告げられる物言いに真莉は口を噤む。


ああ、なんて美形の無駄遣い。


「残念でした、ファッション誌です」

「な、マジか」

「マジです」

「あの本気と書いてマジと読む」

「そう、真剣と書いてマジと読みます」

「罰ゲームか?イジメか?誰だ、お前にそんな無茶振りしたのは」


ちょっと真面目な顔になる幼馴染に、真莉の頬がゆるりと緩む。


まあ、幼馴染だからな。良いやつなのは知っている。

だが…。


「たかだか商店街の本屋に寄って雑誌を買うだけでイジメ疑われるって、何もんなの私」

「俺の幼馴染だろ」


ちょっとだけその片眉を上げ、フフンとドヤッて見せる幼馴染。

何気に『今いい事いった』感を匂わせているが、何も建設的な事は言っていない。

だが、一瞬だけ探るように真莉の様子を伺うようにその眼が真剣になったのを真莉は気付いていた。

物心つく前から兄妹みたいに一緒にいたのに、いつの間にかそんなふうに気遣ってくれるようになってる。


「言ってなさい、そーやって」

「あれ、顔赤くなってませんかね。照れてませんかてまりさん」

「ねーよ、この顔だけ美形」

「残念、俺スタイルも親譲り」

「アンジェリカさんと、宗一郎さんと、フランスのおじーちゃんに感謝しな」

「お前もとーちゃんとかーちゃんに感謝しな。その丈夫で長持ちする体。名は体を表すってね大福」

「もうちょい言葉選べや」


二人で何時ものように無駄口たたきながら、こじんまりとした本屋にたどり着いたのだった。




「な、マジでどうしたお前」


真剣にファッション誌やティーン向けの雑誌を吟味する真莉の横で、手持ち無沙汰にしていた幼馴染がとうとう低い声で尋ねてきた。

真莉は、うんざりするほど似たような雑誌を両手にもち、への字口で唸った。


「よっちゃん。私、たるんでるって忠告されたのよ」


重々しく頷きながら、真莉は幼馴染の麗しい顔面を見上げる。

真莉の身長は160cmに届かず、幼馴染は小学生で170cmを突破し現在180後半に届く八頭身な身長差なため、見上げると首が痛い。


「たる…はッ?」

「このワガママボディのポチャがいけないのか、生き様が弛んでると言われたのよ」

「なに言ってんだオメェは」


寸の間二人の間に沈黙が落ちる。


「んで、思ったのですよ。見知らぬ人に言われるってことは、バイアスかかってない客観的な意見に近いのではないかと」

「いや、見知らぬ人ならめちゃバイアスかかってる可能性あるだろ。観察者の立場と条件言ってみろ。意見の総数と観察グループの人数もはっきりしないんじゃ、お前の行動を正答とするエビデンスが無いからな」

「よっちゃん」

「なんだよ」

「エビデンスってなに」

「…………………」

「エビフライじゃないコトはなんかわかる」


真莉は無言になった幼馴染から視線を外し、雑誌を元の平台に置き直して腕を組んだ。


「よし、決めた!」


重々しく頷いた真莉は、右手を構えて握り込むと左手を腰に当てて胸を張り、ひたと中空を見つめた。


「よっちゃん、今夜はエビフライにしよう!」

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