第2話

真莉は‘’小さく産んで大きく育てる‘’をモットーとした母親の愛情をタップリかけてもらっただけあって、けっこうポチャだ。多分、まだポチャの範囲なはず。最近下腹が出始めたおっとりした父親もそう言ってたから間違いないと真莉は信じている。

性格は良く言えば素直で、のんびりマイペース。幼馴染が言うには図太く、ふてぶてしいおバカらしい。随分な言い草だ。

身体がちょっぴり幅があるせいでそう見えるだけだ。絶対、目の錯覚だ。

折れそうなか細い美少女と真莉が、同じようなポーズでふるふる体を震えさせても絶対美少女の方が怯えて見え、真莉はキングスライムのリポップにしか見えない。

だが、その評定通りに、つい先程まで少女たちからキツイ言葉を投げ付けられていた割には、教室へ鞄を取りに戻る真莉はあまり傷ついて見えなかった。

だが見えないだけで、瑕すら付かないスチール製のハートは生憎持ってない。

だからじんわりとした痛みが真莉の胸にある。


『思ったより早く終わって良かった。スーパー寄ってかなきゃいけないし、遅くなっちゃう』 


あるのだが、多分夕ご飯の前には消え去るぐらいのうっすらとしたものだった。

少女たちが真莉の心と体を深く傷つける前に助けが入ったおかげでもあった。


『柊木には感謝だね!明日にでもお礼しなきゃ』


校舎に戻るために下駄箱から上履きを出しながら真莉は改めて先程の事を思い出していた。




焼却炉の裏手で囲まれていたあの後、反応が思っていたのと違ったための苛立ちからか、センターに陣取る少女が真莉の胸を両手で勢い良く突き飛ばしたのだ。


「わ、」

「キャア!」


が、悲鳴をあげたのは真莉の弾力あるお肉の反動でたたらを踏んだ少女の方だった。


「ありえない!」

「ウソでしょ!」


少女たちがより一層声を張り上げたその時。


「あ、あの、ケンカは止めよう!」


少女たちの悲鳴混じりの声を遮って少年と思しき声があがった。

一瞬の静寂の後に、一斉に少女たちは後ろを振り返り声の主を確認する。


「何だ、あおいちゃんじゃん」

「あー、あおいちゃんには関係無いから気にしないで」

「てか、何しに来たのよこんなとこ」


真莉には少女たちが壁になって見えなかったが、どうやら学校で有名人の一人である‘’校内1美少女顔‘’の少年、柊木葵が足をハの字に踏ん張って両拳を握り、精一杯と言わんばかりに体を震わせながら仲裁に入ってきたのだ。

残念ながら身長が170cmに届かない柊木はスタイルの良いカースト上位の少女たちよりか弱く、儚く見えた。


「だ、ダメだよケンカは!」

「別にケンカじゃないわよ、忠告してあげてんの」

「関係無いのに口出さないで」


精一杯力を振り絞りましたと言わんばかりに再度声を上げた葵を、バッサリ切り捨てる少女たちの前で葵の表情が変わる。

葵の小さい、卵型の顔に配置された二重の大きな瞳がウルウルと潤み、形の良い眉が潜められて、桃色の艷やかな唇が白い小さい歯で噛み締められる。

トンデモナイ残酷な事をした気分に襲われる悲しげで庇護欲を唆る表情だった。

紺のブレザーの下がスカートであったなら、ショートカットの黒髪清楚な美少女にしか見えない。いや、そのままでも男装した美少女にしか見えないが。


「う、ヤバイ」

「尊い」

「あおいちゃんマジあおいちゃん」

「ちょ、マジか」

「かわ…」


少女たちがゴクリとつばを飲み込み、葵の顔をガン見しつつうわ言のようにブツブツと口走るのをよそに、真莉は体をずらして救世主となった葵が見える位置まで移動した。


『はー、噂の美少女男子ってマジだった!めちゃくちゃカワイイ!』


真莉も寸の間息を呑み、ポカリと口が開いた。

葵は表情だけでなく、肩を落として胸元へ引き寄せた右拳や、やや項垂れた細い首筋から何から、その立ち姿までもが庇護欲を唆る美少女っぷりだったからだ。

先程迄センターに君臨していた、その場で一番可愛いと思っていた少女が霞んでいる。


「俺…ケンカダメだと思うし、忠告だったとしても数人で一人を囲むのはいけないと思う。」

「ハイ、ソウデスネ」

「それに、俺も君たちも同じ学校の生徒だろ?関係無くないよ」

「オッシャルトウリデス」


葵の意を決したとばかりに、キリッと顔を引き締めて真面目な顔で続けられる言葉に少女たちは機械的に賛同する。

賛同しているが、心あらずといった何処か浮ついた目付きで葵の顔を眺めて動こうとしない少女たち。

葵の眉が再度顰められ、怪訝そうに小首をかしげるとゴクリと誰かが生唾を飲み込む音がした。


『気の所為でなければ、ハアハアと口呼吸する荒い息づかいと、フシューと勢い良く音をたてる鼻息が…する…ヨウナ…』


他人事ながら、真莉はブルリと体を震わせた。

サッと葵の顔に怯えがはしり、一歩後退る。


「あー、ダメだよ柊木!変態に怯えた顔見せちゃ!」

「だ、誰がヘンタイよ!!」


咄嗟に叫んだ真莉を振り返り、われに戻った少女たちが叫び返した。

おかげで束の間、変な空気になったのが霧散した。

が、振り出しに戻っただけで真莉対少女たちの図は変わらない。


「いやいや、今危なかったよ?昔アイツがショタだった時に湧いて出ていた誘拐犯みたいだったよ」

「ハァ?!誰がショタコンよ!」

「そうよ!あおいちゃんはロリでしよ」

「そう、YESロリータ」

「おさわりげんきんです」

「ロリあおいちゃんもイイ」


真莉は親切心から少女たちに提案した。


「お巡りさんこっちです案件だよ?大丈夫?私、良いカウンセラーの伝手あるよ?ショタコン退治に散々お世話になったから」

「あたしは違うわよ!」


真莉の提案をセンターの子が勢い良く訂正した時だった。


「あんた達、何下らないことやってんの。下らないわね」


新たななる救世主が、ピシャリと真莉と少女たちのやり取りを止めた。

振り返る少女たちと葵の後ろに、真莉は女神を見た。


女神は同じ制服を着こなし、スラリとした長身で下々の者を睥睨する。

サラサラのストレートヘアは背中までのロングで陽射しを浴びてシャンプーCM仕様のCGのように煌めいている。

うっとりするような美しいその顔は、柳眉を顰めて切れ長の目が冷たくこちらを眺めている。烟るような長いまつげが目の下に影を作っているからか、愁いを帯びて見え、紅く艷やかな唇はやや不機嫌そうに結ばれている。

手足はしなやかで、プリーツスカートの下からほっそりと覗く膝下は真っ直ぐで長い。学校指定の黒のローファーがブランド物のハイヒールに見える。

高い位置にあるウエストはこれぞ括れとブレザーの上からでもわかる細さで、その上の装甲は言えない。


「あ、梓澤涼華…」


誰が女神の名前を呟いた。

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