第12話

 何分――いや何時間経ったのだろう?

 ずっと待っていても、誰かが現れる気配がない。

 え、これって大丈夫?


 そう不安に思っていると奥の方からカツッ……カツッ……っと足音が聞こえてくる。

 足音の感じから、兵士の足音ではない気がする。

 だとしたら――。


「大丈夫ですか?」

 と、俺が居る牢屋の前に立ち止まり、声を掛けてきたのはオーランだった。


「君の方かい!」

「いま助けますね」


 オーランは真剣な表情をしながら、鍵穴に鍵を差し込む。

「――開きましたよ」

 と、鉄格子のドアを開けてくれた。


「ありがとう。どうしてここに?」

「え……それ聞いちゃいます?」

 

 オーランはなぜかそう言って、俺から視線を逸らすように俯いた。


「あぁ」

「えっと……本当はメイドさんが来るはずだったんですけど、事情を聞いて居ても立っても居られなくて、僕が来ちゃいました」


 オーランはそう言うと、ニコッと照れ臭そうに微笑み、自分の髪を撫で始めた。

 ズキューン!!!


 おぉ……神よ。

 なぜこの子は男の子なのですか?

 

「そ、そう。ありがとう」

「どう致しまして」


 いや、待てよ。

 オーランが男という設定はあったか?


「トモナリさん。早く行きましょ」

「あ、あぁ」


 俺達が城内に繋がる階段の方へ歩いていると、階段の方から足音が聞こえてくる。

 オーランは立ち止まると「トモナリさん、下がっていて」


「分かった」


 いったい誰だ? 

 兵士にしては音が軽い。

 オーランは鞘から鉄の剣を抜き、直ぐに戦えるよう右手に構える。

 

 俺達の前に姿を現したのは――王様だった。


「心配になって様子を見に来てみれば、抜けだしておったか」

「王――いや、王の姿をした魔物め。覚悟しろ!」


 オーランはそう言って王様に向かって駆けていく。


「くっくっく、何の事かな?」


 王様は不敵な笑みを浮かべながら、鞘から鉄の剣を抜いた。

 オーランが両手で剣を振り下ろすと、王様は余裕の表情で剣を使って受け止めた。

 王様は力任せに剣を振り払う。

 オーランは押し退けられ一旦、王様と距離を開けた。


「王に盾突いて良いのか?」

「お前は王なんかじゃない! 今からそれを証明してやる!」

 と、オーランは言うと剣を鞘にしまい、腰に掛けてあった布の袋から、小さな布の袋を取り出す。

 

 袋を開け、何かを掴むと「これでも、くらえ!」

 と、王様に向かって投げつけた。

 パラパラと金色の粉が王様に降りかかっていく。


「ぐぉッ!」

 

 王様が顔を両手で覆い、苦しみ始める。

 オーランは王様に向かって、ビシッと指差し、「そいつは真実の粉! 何も無ければ苦しみなどしない。お前が魔物である証拠だッ!」


「おぉ! オーラン、カッコいい~」

「やめてくださいよ~。照れちゃうじゃないですか」


 こんな状況なのに照れるなんて、可愛い奴だ。

 王様の体からスゥ……っと影のような黒い物体が抜けていく。


「姿を現したな。エビルスピリット!」

「おのれ……城の内部から徐々に支配しようと企んでおったのに、邪魔をしよって……」

「トモナリさん、僕が隙を作ります。その間に王様を」

「分かった」


「隙など作るかッ!」

 と、エビルスピリットは言って、呪文を唱え「アイス・ランス」


 エビルスピリットの手から巨大な氷柱が放たれたと思うと――俺の肩に今まで感じたことのない激痛が走る。


「ぐあぁぁぁー!!!」

「トモナリさん! しっかりしてください!」


 温かい光が俺の肩を包み込む。

 きっとオーランが回復魔法をかけてくれているんだ。


「クックック。隙を作っているのはお前ではないか」


 ヤバい。オーランが狙われている。


「オーラン、俺の事は良いから奴を倒してくれ」


 オーランは何も言わずに首だけ横に振った。

 頑固者め……。


「アイス・ランス」


 無情にもエビルスピリットから放たれた巨大な氷柱は、オーランの脇腹に突き刺さる。

 オーランは苦痛で顔を歪めるが、悲鳴を上げたりはしない。

 きっと心配を掛けまいと、堪えているんだ。

 役に立つどころか、足を引っ張っている自分が情けない。


「オーラン、もういい! それより早く、自分の傷をッ!」

「大丈夫。すぐに方を付けますから……」


 ゾクッ!

 オーランの鋭く尖った目から、とてつもない怒りを感じる。

 よろめきながらも立ち上がるオーランの周りには、赤い炎のようなオーラが出ていた。

 

「よくもトモナリさんを……トモナリさんは神の加護を受けていないから、死んだら蘇らないんだぞッ!!!!」

「何だって~~~!!!」

 

 驚きのあまり叫んでしまう。


「お前は絶対に許さないッ! これで黒焦げになりやがれ!!」


 オーランは両手を天にかざし、呪文を唱え始める。


「え、まさか――」


 大丈夫なのか?

 オーランを覆っていたオーラが掌の上の方に集まり、サッカーボールぐらいの球体へと変わっていく。


「ライトニング……スパーク!!!」


 オーランが両手を振り下ろすと同時に、魔力の塊がエビルスピリットに向かって飛んで行く。

 エビルスピリットが避けようと動き出すが、もう遅いようだ。

 雷がバリバリバリと、轟音を立てながら巨大な線香花火の如く飛び散っていく。

 ゴクッ……その威力は凄まじく、石の壁を壊し鉄格子さえ溶かしていた。


 ――魔法が止むと、辺りはシーン……ッと静まり返る。

 エビルスピリットは黒焦げ所か跡形もなく消え去っていた。


「オーラン、やったな!」

 

 俺がそう声をかけると、オーランはフラッと倒れそうになる。

 俺は慌てて、オーランを受け止めた。


「大丈夫か!?」


「はい……トモナリさん、すみません。薬草を口に入れて貰えますか?」

「分かった!」


 俺は一旦、オーランを地面に寝かす。


「冷たいけど、ごめんな」

「はい……大丈夫です」


 続いてオーランの布の袋から薬草を取り出すと、俺はオーランの横であぐらをかいた。

 オーランを引きよせ、太ももの上に頭を乗せる。


「まったく、無茶をしやがって」

「ふふ……ごめんなさい」


 俺は薬草をオーランの口元に運ぶと「ほら、食べられるか?」

「はい」

 

 オーランは返事をすると口を少し開けた。

 俺が薬草をオーランの口の中に入れると、オーランはゆっくり薬草を噛み始める。


「美味しいです」

「ん? 薬草の味なんて変わらないだろ?」

「いいえ、トモナリさんから貰った薬草は格別です」


「そんな照れ臭いこと言うなよ」

「だって本当なんだもん」

「――ありがとうな。こんな俺のために怒ってくれて」

 

 俺は自分で言った言葉が恥ずかしくなり、ポリポリと頬を掻く。

 オーランはそんな俺を見て、クスッと笑った。


「こちらこそ」


 暗くてジメジメした牢屋のはずなのに、太陽の光が差したかのように明るく、そして温かく感じる。


「トモナリさん」

「何だ?」


 オーランはソッと目を閉じ「もう少し、こうしていて良い?」

「しょうがないな……もう少しだけだぞ」

「うん」


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