第15話 再会

 魔族が消え去っても私達は動けずにいた。私を庇ってくれた人の手に、見覚えのあるブレスレットが着いていたからだ。


 あれは、あのブレスレットは見間違うはずがない。


 その事にアルも気づいたのか驚愕していた。


 ――なん、で?なんで目の前の人が、姉ちゃんのブレスレットをつけてるんだ?あのブレスレットはこっちには無いはず。生きてた?じゃあ、俺たちがいなくなったあともあの世界で?俺たちがこっちで楽しく過ごしていた時も姉ちゃんはあの世界で1人で?


 そう考えると俺は自分が許せなかった。


 目の前のあの人は、俺の知ってる姉ちゃんとは違いすぎた、瞳の色も髪の色も、性格でさえあんなことを言う人じゃなかった。


「サーリャ、姉ちゃん達に連絡するぞ。」


「うん、お姉ちゃん達驚くかもね。」


「それもだけど、姉ちゃんの変わりように驚くかもしれないぞ。」


 得体の知れない不安を抱えながら、俺たちは街へ戻った。


 ――魔族を消し去った後、街に入った私を迎えたのは2種類の視線だった。


 1つは好意的な視線。魔族を消し去った人物がどんなのか興味があるといったもの。


 もうひとつは嫌悪が込められたもの。おそらく厄介事を持ち込んだと思われているのだろう。


 もはや慣れすぎて、懐かしさすら覚える視線を浴びながら、ギルドへと向かった。


 ギルドへ入ると、今度は別の畏怖の視線がきた。おそらく、魔族との戦いを見ていた冒険者たちだろう。


 まぁ、関係ないんだけどね。


 そう思い、受付へ向かった。


「こっちへ、移動してきたんだけど、連絡来てるかしら?」


「確認しますので、名前をお願いします。」


「宵桜氷雨よ。」


 それを聞くと受付は下がって行った。おそらく確認しに行ったんだろう。


『ヒサメ大丈夫?』


 アイリスが心配して聞いてきた。


「大丈夫よ。慣れてるから。」


『分かった。』


「お待たせしました。ヒサメさんですね。ようこそ水の都、梓へ。」


 明らかに歓迎されてない雰囲気で、迎え入れられた。


 そして、宿を探しにギルドを出ようとした時。


「ヒサメって人はいる?」


 その声が響いた瞬間、ギルドの中は騒がしくなった。


「おい、あれって拳闘姫けんとうきじゃねぇか?」


「はぁ?拳闘姫って確か西の方に行ってなかったか?」


「知らねぇよ。けど新しく来た奴に用があるってことは、あいつが今回の元凶なんじゃ。」


 へぇ、拳闘姫って言われてるのね。名前は分からないけど、なんで私を探してるのかしら?


「ねぇ、ヒサメって人がいるって聞いたんだけど誰か分かる?」


「ヒサメですか?厄介事を持ち込んだヒサメという冒険者ならそこにいますが。」


 厄介事を持ち込んだねぇ、まぁタイミングからしてそう思われても仕方ないわね。


「ねぇ、それ本気で言ってる?私がそういうの嫌いだって知ってやってるなら大間違いだよ?」


 彼女から殺気がではじめたタイミングで私は声をかけた。


「ヒサメは私だけど何か用かしら?」


 彼女は殺気を収め、何故か期待に満ちた眼差しでこちらに向かってきた。


「ごめんけど、ちょっと腕見せてもらえる?」


「いいけど。」


 そういって袖をまくって腕を見せた。


「このブレスレット・・・本当に。」


「どうしたの?」


「ねぇこのブレスレットどうしたの?」


「これは渡せないわよ。私に対する戒めみたいなものだから。」


 あの子たちを守れずに1人生き残ってしまった、私自信に対する呪い。私はそれを永遠に抱えて生きていくと誓ったのだから。


「ねぇ、宿は取ってるの?」


 唐突にそんなことを聞いてきた。


「今からとる予定よ。それがどうしたの?」


「良かったらさ、私の家に来ない?もっと詳しく聞きたいし。」


 ――宿を取るのが現状では難しいと思い、拳闘姫と呼ばれている女性の家に泊まることになった。


 すると、


「ねぇ、ヒサメさんって血の繋がってない妹とかいた?」


 彼女の家に入るなり、そんなことを聞かれた。


「いたわよ。」


 何故そんなことを聞くのか、分からずにいると、


「こおり」


「ッ!」


 氷では無い。明らかに過去の私の名前を口に出した。


 無意識のうちに私は戦闘態勢に入っていた。


「お姉ちゃん!」


 いきなり、抱きついてきた。


「何!?どうしたの!?アリア!」


 2階から今度は角が生えた女性が飛び出してきた。


「あっ!ミズキお姉ちゃん!聞いて聞いて!お姉ちゃんが見つかったんだよ!」


 アリアと呼ばれた女性はミズキと言う女性に興奮して話していた。


「ちょっと落ち着いて。誰が見つかったの?」


「お姉ちゃんだよ!こおりお姉ちゃんが見つかったんだよ!」


「えっ!こおりが!?どこに!?」


「この人だよ!だいぶ容姿が変わっちゃてるけど間違いないよ!」


 それを聞くと、アリアはこちらに近づきながら、


「ほんとに?ほんとにこおりなの?」


「確かに昔はそういうの名前だったけど、どうしたの?」


 確かにこおりという名は、昔付いていた名前だ。だがあの件以降、その名前は使ってない。


 だから知っているはずがないのだ。その名前は部下にすら教えていないのだから。それを知っているとしたら、


「私だよ?さくらだよ!」


 もう会えないと思っていた、あの子たちだけなのだから。


「え?さく、ら?」


「そうだよ!ちょっと色々と変わっちゃったけど、あの場所に一緒にいたさくらだよ!」


 そう言ってこっちに近づいて来るが、


「来ないで!」


 けど、私に、今の私に彼女たちとふれ合う資格はない。


「え?どう、して?どうしてそんなこと言うの?また会えたんだよ?こおりは嬉しくないの?」


 悲しそうな顔をしながら聞いてくる。


「違うわ。嬉しいわよ。二度と会えないと思っていたのだから。」


「だったら――」


「けど、今の私にその資格はないの。」


 私の手は汚れてしまっている。目の前の彼女達とは違い、何百もの人を殺めているのだから。この世界で生きてる、それだけでも十分だった。これ以上は求める訳にはいかない。


「ごめんなさい、少し1人になってくるわ。」


 私は家を出た。


「こおり・・・」


「お姉ちゃん・・・」


 残された2人の言葉が虚しく響く。


 ――家を出たあとはとにかく1人になりたかった。人のいない場所で考えたかった。


『ヒサメ、どうしたの?』


 アイリスが聞いてくる。この子は、私たちの関係のことを知らない。


「なんでもない。ちょっと心の整理がついてないだけ。」


『あのお姉ちゃん達ヒサメにあえて嬉しそうだったよ?』


「私だけ長い間離れちゃったからね。」


『ヒサメは嬉しくなかったの?』


 この子はどうして的確に聞いてくるのだろうか?


「嬉しかったわよ。二度と会えないはずだったから。」


 嬉しくないはずがない。だって守ろうとして守れなかった子達なのだ。けど――


「けど、離れている間に私は一緒に入れなくなったの。」


『どうして?』


「たくさん、本当に数え切れないほどたくさんの人を殺しちゃったから。あの子達といるには汚れすぎたのよ。」


『でもヒサメは綺麗だよ?それにヒサメは意味無く誰かを殺したりしないよ。』


 違う、私は――


『私は、あの人達と一緒にいたいと思ったよ。ヒサメは違うの?』


 違わない、今度こそ守るのだ。これまでそのために力を求めてきた。守るために、奪われないように!それに、二度とあんな思いはしたくない。誰かに選択肢を握られるのはお断りだ。


「ううん、違わないわ。ありがとうアイリス。おかげで決心がついたわ。私はもう失うのも、誰かに選択肢を握られるのもお断りよ!嫌われたっていい、私はあの子達に幸せになってほしいのだから!」


『よく分からないけど、ヒサメが元気になったのなら良かった!』


「戻ろうか、あの子達のところに。」


『うん!』


 ――と意気込んだのは良かったが、いざ戻ると躊躇ちゅうちょしてしまう。


『どうしたの?』


 心配なのかアイリスが聞いてくる。


「いや、いざ行くとなると、どうすればいいか分からなくて・・・」


 そうやって考えていると、扉が開いて誰かが出てきた。


「あっ」


 出てきたのはさくらだった。


「こおり・・・」


「えっと、ただいま?」


 これしか言葉が出てこなかった。けど――


「〜〜ッ!おかえりっ!」


涙を浮かべながら、迎えてくれた。

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