③
窓から外の景色を見ると、隣の校舎が視界いっぱいに映る。
まぁ二年生の校舎は一年生と3年生の校舎に囲まれる形で配置されているので外の様子が見られないのは当然っちゃ当然なんだけど、なんだか面白みがないなと思ってしまう。せっかく周りより標高が高いところに学校があるんだから、もう少し工夫して建設してくれてもよかったんじゃないかとどうにもできない文句を頭で思い浮かべる。
「……んー……」
端的に言うと憂鬱だ。
四限目。現代文。
これまでの授業の疲れが蓄積されているのと、あんまり話が面白くないのと、お腹が空いたのと、単純な眠気に耐えるという四重苦が僕に襲いかかってきていた。
まさに四十路の主婦もびっくり。いや、そんなこともないか。
ぐるりと教室内に視界をめぐらせてみると、みんなも僕と同じのようで、かなりの人が頭と机をごっつんこさせていた。
正直負担でしかない。この時間帯でこの授業はちょっと過酷を強いられ過ぎている気がする。
別に物語を読むという行為が嫌いってわけじゃないけど、おばちゃん先生のおっとりとした口調で解説されても、血気盛んな僕たち高校生にはあんまり刺さらなかった。
じゃあどうして僕がこうして起きているのかと言うと、なんとなく可哀想だなと思ってしまったからだ。
先生だってこの時間の授業中はキツいものもあるだろう。加えて生徒がこんなに寝てれば授業をするのだって辛くなっちゃいそうだと思う。
だから、せめて僕だけは――という思いで起きていた。
ぶっちゃけると、ここで起きてたら少し配慮して内申点上げてくれないかなぁどうかなぁとの邪な思いもあるんだけど。
ふいに、眠気の波が押し寄せてくる。さっきよりも強いもので、無意識に瞳を閉じてしまう。
「……う」
ちょっとだけ首は沈んじゃったけどなんとか持ちこたえて、僕は黒板に集中しようと努める。
眠い眠い眠いねむいねむいねむい……。
頭がどうにかなりそうになって、やっぱり寝ちゃおうかなって思考がシフトチェンジし始めたところで。
ツンツンと、背中をつつかれる。
「ん……?」
僕はなんだろうと思って、後ろを振り返る。
そしたら――一瞬で眠気が吹き飛んでしまった。
「眠いんだ?」
肩肘を付いてニヤッと意地悪に笑って、こがね色の髪の毛を揺らす彼女。
腕につかれた頬がふにゃりと歪んでいて、わぁ柔らかそう!僕も触りたい!なんて雑念は一度横に仕舞っておくとして。
僕に話しかけた彼女は――有田こがね、その人だった。
「え、ええと。あ、有田さんっ?」
突然のことで困惑してしまって言葉が詰まってしまう。それがめちゃくちゃ恥ずかしくてきっと今の僕は赤面してるに違いない。
「大丈夫? 首かっくんかっくんなってたけど」
あくまで授業中なので小さな声で、でも明らかに僕を茶化すように彼女は言う。
左の耳の鼓膜が甘い声色に揺らされて、だんだんと溶けていってしまいそうだ。
「い、一応大丈夫。うん、大丈夫」
「あはは。すごい大丈夫なんだ?」
「そっ、そうだね」
クスクスと彼女は笑う。明らかに強がっている様子の僕がおかしくって有田さんは目を細める。
あはあはと僕は苦笑う。明らかに弄ばれている僕自身がカッコ悪くって呼吸を細める。
まったく、心臓に悪い。急になんなんだこの子。可愛すぎて辛い。
「そういう有田さんは大丈夫なの?」
「んー、眠いよ? 私だって気抜いたら寝ちゃうかもね」
片目を閉じながらふわぁと口を開けてあくびのフリをする有田さん。
「でも……ならよく寝ないね」
「だって寝ちゃったらノート誰かにみせて貰わないとじゃん? なんか二度手間だなぁって」
「あぁ確かに」
僕はなるほどなって納得して、彼女に肯定の意を示す。
そしたら彼女は「あっでも」と、突然ニヤリと笑う。だから僕は不思議に思って、有田さんの次の言葉を待った。
「もし私が寝ちゃったらさ」
僕の耳元に手をそっと添えて、まるで僕だけにしか訊かせないようにして。
「――信楽くんのノート見せてよっ」
囁くように、彼女はそう言った。
言葉と思考を失って、僕はただただ呆然とするしかなかった。
そんな僕のことなんて露知らず有田さんは追い打ちをかけてくる。
少し距離を取って僕を覗いてくる瞳は綺麗なまん丸なこがね色に光って、僕を見つめて離さない。
構図的に上目遣いをされているみたいに、甘く強請られているみたいになっちゃって、あぁなんだろう、今僕もしかして彼氏目線を味わえているんじゃなかろうかと思った。
もう心臓の鼓動が、もうどうにかなってしまいそうなほどに素早く脈打っている。バクバクと大きくタンギングして、苦しい。
なのに僕は目を逸らせられない。ずっとずっと見てしまっていて。
――このままじゃ、僕死ぬんじゃない?
そんな未来の光景が一瞬垣間見えたところで、壇上の方からゆったりとした声が飛んでくる。
「どうかしましたか、信楽くん」
多分ずっと後ろを向いていた僕に何かを感じたのだろう、おばちゃん先生は僕にまっすぐな視線を寄越してきていた。
「あっ、なんでもないです」
少し萎縮しながら、僕は前に向き直る。そしたら授業は再開されて、また眠ったくなる声で朗読が始まる。
……助かった。
やっと一息つけるかなとふぅと深く息を吐き出して、体から力が抜く。
まったく、とんでもない人だ。意地悪にも程がある。
こんなことされたら本当に心臓がいくつあっても足りない――
「……ちゃんと起きてなよ?」
そっと後ろから声がかかって、無意識にまた力がこもってしまう。
……こういうところがズルい。
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