②
「課題終わりっと……」
僕は右手に持っていたシャーペンを適当に転がして、んんと背を伸ばす。
それからふぁとあくびを一つこぼして、机の上に広げたノートを見る。
見開き1ページ分が真っ黒になっていて、僕は思わず乾いた笑みを浮かべる。
今日の課題は苦労ものだった。
数学の問題集四ページに古典の配布プリント二枚、それからこのノートにやった英文演習――問題集の課題を写して、それから自分でその英文の文法やら単語やらのポイントをまとめるという、何とも時間がかかるものであった。
本気で骨が折れるほど大変で、いや本当に骨が折れているかも気もする。さっきから手が痛い。
普段はもうちょっと量は少ないから、こんな風にドバっと課題を出されてしまうと、僕としては苦しい限りだ。
僕は大体県内でも平均ちょっと上くらいの学力の高校通っている。それでもこの大変さなんだから、もっと上の進学校に通っている人だと、課題をしているだけで一日が終わってしまうんじゃないかと思う。
チラリと時計を見ればちょうど八時だった。四時頃から始めたので、かなりの間課題に時間を費やしたことになる。
「あぁ……」
脇に置いておいたスマホを手に取って、僕はベッドに沈み込む。
普段は夕食の時間帯なんだけど、今日は妹と父の帰りが遅いらしくて、少し時間をズラすねと帰宅した時に母さんに言われた。ウチは可能な限り、家族全員で夕食を囲むのがモットーらしくて、僕も異論はないので分かったと返事をした。
溜め込んだ疲労を吐く息に混ぜて出すと、ぐぅとお腹が鳴る。とっくに出来上がっているルーティンから逸れてしまったのと長時間の集中のタブルパンチで、文字通りお腹と背中がくっつきそうだった。
のそりと寝返って何か食べようかと考えたものの、この時間からお菓子をつまむのもなんだか違う気がして、僕はあと夕食予定の一時間後まで耐えることにした。
「何かあるかなぁ」
気晴らしをしようとスマホを手に取るも、特にいじる必要もなかった。
インスタをあんまりやっていないと言ったが、それは特段ってわけじゃなくて、ツイッターとかフェイスブックとか、SNS全般を僕はあんまりしない。
好きなアニメとかゲームとか、趣味関連のことを調べてたい時は開くけれども、こうやって暇な時に少し覗こーとはならないタチなのである。
試しにツイッターを開けてみるものの、日本のトレンドを何度かスクロールして確認したら、もう飽きてしまってホーム画面に戻ってしまう。
「ゲーム、なぁ」
ソシャゲももちろん入っている。入っているはいいものの、今はしたい気分じゃない。
自分で言うのもなんだけど、結構面倒くさい性格をしているなぁと思う。
ベッドの上で大の字になって、ふと帰りの電車内のやり取りを思い出す。
『相変わらず可愛いな有田さん』
友人――航平の言葉がやけに染み付いていて。
「そういえば……」
有田さんの写真はカフェで撮られたものであるのは分かっている。それに友人と遊びに行ってることも。
なんとなく、もう何枚か写真が追加されているんじゃなかろうかと考えた。
僕はスマホを目の上に持ってきて、滅多に開くことのないインスタを自分から開ける。
右上の吹き出しの端に赤く「3」の数字が表示されているけれど、僕は一旦無視して、フォロー欄から有田さんを探す。
それほど時間はかからずに、彼女のアイコンを見つける。くまのぬいぐるみがドアップに写ったやつだ。
そのアイコンの周りには赤い輪がかかっていて、僕は彼女のアイコンをタップする。
そしたらさっき電車内で見た写真が表示されて無意識にぼぉと眺めていた、数秒経った後、別の写真が表示される。
一枚目とは違って、彼女単体での写真であって、でも一枚目の時と同じように、僕はハッ吐息を飲んだ。
ブランコに乗った彼女がスマホを向けて笑顔でピースをしている。
その顔が――まぁなんとも破壊力バツグンであって。
クシャッと歪んだ顔も可愛いなんて反則だろう、僕は思わず腕で目を隠す。
いっぱいの夕日に照らされながら写る彼女は、本当に綺麗で。この写真を撮った友達も、さぞかしトキメイたことであろう。
写真越しで見る僕がここまで瀕死になるほどのダメージを負っているんだ、そうじゃなきゃおかしい。
「可愛すぎ……」
なんだか頬が熱くなってる気がする。
そっと腕を退けて、もう一度写真を見る。
きっと彼氏目線ってやつなんだろう。構図的に彼氏から見た有田さんはこんな感じ!みたく見えてしまう。
「そっか、有田さんの彼氏だったらこんな風に……」
僕は無意識に呟いてしまう。
胸が高鳴る。いいなぁって想像してしまう。
でも僕じゃダメだ。有田さんとなんてとてもじゃないけど吊り合わないし、そもそも有田さんが僕を色眼鏡で見ることなんてあるはずがない。
「盲目だなぁ、僕」
そっと自嘲気味にこぼす。涙は溢れないけど、ため息ならいくらでも溢れてきた。
どうしようもない興奮と葛藤を抱いて、僕はただただ下の階から声がかかるのを待つのみだった。
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