第36話 試行錯誤


 魔導モーターの試作第一号が完成してから、モーリス商会研究開発部門のメンバーは日々、改良のために再設計・試作・検証を繰り返していた。



「取り敢えず、大きさを変えていくつかのモーターを試作してみたわけだけど……これを見てくれる?」


 そう言ってレティシアはグラフや表などの書類を広げて見せる。


「ふむ…各々の試作モーターの測定値をプロットしてるのだな」


「良くまとまってる……これはレティが?」


「うん。大きさを変えるとどう特性が変わっていくのか比較しやすいようにね。で、これなんだけど……横軸が魔性体の取り囲む範囲の体積と魔束密度の積、縦軸が起動トルクとしてプロットしたグラフだよ」


「ほぼ直線……正比例になってるな」


 ややバラつきはあるものの、プロットされている点は直線上に並んでいるように見えた。

 リディーの言う通り、それらは比例関係にあると見て良いだろう。


「そう。で、それは見込み通りではあるんだけど……」


「想定より傾きが小さい?」


「うん。最初の試作品がこの点だから……ゼロ点からその点まで引いた直線上に乗ると思ったんだけど、実際はこうだった。で、最終的に必要な出力を考えると……モーターを大きくするにしても限界があるだろうし、出力が不足するかもしれない」


 前世の鉄道を基準とするのなら、数十トンもの車両が何両も連なるのを、静止状態から引き出して牽引出来るだけの出力が必要になる。

 いくらレールと鉄車輪によって転がり抵抗が少いとは言え、馬車を牽くのとは比べ物にならない力が居るのだ。



「機械的な構造を見直したり、魔性体の材質を変えたりして……それでも劇的に改善できる程では無いと思うの。モーターの数を増やせばある程度解決するとおもうけど、それも構造的な制限で限度はある。それよりは……」


「魔力供給を増やすか?」


 電動モーターの場合だと電圧・電流を増やせばその分出力が増えるのと同じ理屈だ。

 現在試作モーターに使用している蓄魔力池は、所謂汎用品なのだが……


「そう。どのみち汎用品だと出力が頭打ちになるのは分かってたけど……莫大な魔力を供給できる鉄道車両用の専用品を開発する必要があるね」



 次の目標が決まった。

 魔導モーターは引き続きブラッシュアップをして更なる効率化・大出力化を追求するのと並行して、魔力供給源となる蓄魔力池を抜本的に見直すことになったのだ。



 そして、また試行錯誤の日々が始まる。

 だが彼らの表情は明るく希望に満ち溢れている。

 まだ誰も見ぬ革新的な物を世に送り出すという喜びが、彼らの原動力になっているのかも知れない。




















「え゛っ!?こ、国王陛下……!?」


「ああ。……ん?レティ自身が、いずれはお目通りしたい……とか言って無かったかい?」


 ある日、レティシアは父アンリの執務室に呼ばれ……驚くべき話を聞かされた。

 近々、イスパル王国の国王夫妻がイスパルナに来訪するから、その時にレティシアを紹介する……そんな話だった。


 確かに彼女は、鉄道の建設を本格的に開始する前に国の許可が必要になるので、そのためには国王にアピールしなければ……とは思っていた。

 だが、それはまだ先の話であり、少なくとも実際に稼働できるプロトタイプ……いきなりフルスケールではハードルが高いので、縮尺数分の一程度の模型を作ってからだと考えていた。


 今見せられる成果物と言えば、既に特許をとって鉱山などでは普及しているトロッコや、最近研究開発が活発になっている魔導力モーターくらいだ。

 最終的なものをイメージするには少し時期尚早なのでは……と思うのだった。



「君がもう少しカタチになってから見せたい、と言う気持ちは分かるけどね。最終的に国を巻き込むつもりなら、それは早いほうが良いと僕は思うよ?モーリス商会くらいの規模なら会長キミの裁量でどうとでも動けるけど、国みたいな大きなモノを動かすとなると、何事も時間がかかるものだよ」


「むむむ……それは確かに……」


 国の要職に就いているだけあって、アンリのその言葉は尤もだとレティシアも思った。

 だが、そうするとなると……


「でも、なるべく私が作ろうとしているもの……鉄道がいかに画期的で有用なものなのか、正確に知って頂きたいんだよね。今あるもので、どうやってそれをお伝えすれば良いか……」


「そんなに難しく考える必要は無いと思うけどね。陛下も王妃様も聡明なお方だ。今ある研究成果と君の説明があれば、きっとご理解くださる……私がそうだったようにね」


 アンリは最初の理解者の一人だ。

 その彼の言葉を聞いて、レティシアもどうやらその気になった様子。


「父さん……そうだね。でも、なるべくイメージが湧いて納得できるように、プレゼンを考えるよ!」


 そう、彼女はやる気をだして宣言するのだった。






 なお、アンリはレティシアには言わなかったが……今回の国王夫妻の訪問は、先方から打診されたものだ。

 アンリから娘と鉄道の話を聞いた彼らが興味を持って……という流れである。


 アンリが娘にそれを言わなかったのは、いたずらに彼女を緊張させないための配慮なのか……それともただの悪戯心だったのか。

 それは誰にも分からないのであった。

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