第37話 国王夫妻来訪


 レティシアが、アンリより国王夫妻来訪の話を聞いてから数週間が経過した。

 具体的な訪問の日取りも決まって、いよいよ本日到着するとの事であった。


 レティシアはその日、朝早くからエリーシャに身嗜みを整えてもらい、マナー講師からは淑女としての礼儀作法の最終チェックを受けていた。




「はい、大変よろしいかと存じます。……お嬢様くらいの年齢でここまでできる方は中々いらっしゃらないですよ」


「本当ですか!?ありがとうございます!」


「ふふ、淑女は大きな声を出してはいけませんよ?」


「あ……えへへ……」


 講師の指摘に思わずと言った風に照れ笑いする。


「まぁ、陛下も王妃様もそこまでマナーに拘る方ではありませんよ。逆に元気があったほうが喜ばれるかもしれません。……それに、マナーというのは形じゃなく、相手を思いやる心が大事なのです。その点、レティシア様は全く問題ありませんね」


 ベタ褒めである。

 実際、講師から見てレティシアは一部の貴族令嬢に見られるような傲慢さは皆無であり、大変好ましく思える。

 そして物覚えも良いので礼儀作法もそれほど苦労せずに身につけることができた。

 時折、生来の天真爛漫さ……もっと言えばお転婆な気質が前面に出てしまうこともあったが、それは寧ろ彼女の魅力だろうと講師は思っていた。









 そんなふうに午前中は来客を迎えるための準備を行い、午後になって直ぐに国王夫妻がモーリス邸に来訪する旨の先触れがあった。




「うぅ……いよいよお越しになる……」


「そんなに緊張しなくても……」


「そうよ。それに、リュシアンも一緒に来るのよ?」



 実はレティシアの兄であるリュシアンは、王都アクサレナにある『学園』に入学している。

 今回の国王夫妻の訪問に合わせて帰省することになっているのだった。

 まだ学園に入学したばかりの彼だが、その実力は学生のレベルを大きく凌駕し、既に騎士団の次期幹部と目されるほどであった。

 今回、国王夫妻に同行するのも……近衛の働きぶりを間近に見る機会だと、国王が配慮してくれた結果である。



「そうだよね!兄さん帰ってくるの楽しみだよ!」


「ふふ、レティはお兄ちゃん子よねぇ……」


「そ、そうかな……?」


「そうよ。リュシアンが王都に行ってから、随分寂しそうにしてたもの。……それで益々鉄道開発にのめり込んだりして」


「う〜ん……そうかも?」


 多少は自覚があるようだ。


 リュシアンはレティシアにとって、大切な言葉をくれた人だ。

 彼女が前世の記憶を思い出して苦しんでいたとき、立ち直るきっかけをくれた。

 それがなくても兄として慕っていただろうが……彼女にとって大切な思い出なのは間違いない。









 そして、国王夫妻を乗せた馬車が邸に到着した。


 モーリス家の面々と、主だった使用人一同が出迎えのため玄関に整列している。


 二頭立ての立派な馬車の扉を御者が開けると、先ず降りてきたのはイスパル王国国王、ユリウスその人である。

 そして彼の手を取って降りてきたのは王妃のカーシャ。

 二人共まだかなり若い。

 そして、仲良さげではあるのだが、どこかぎこちない様子に見える。



 国王夫妻に続いて別の馬車に乗ってきたリュシアンも後ろからやって来た。

 そして、出迎えたレティシアに気が付くと、微笑んで手を振る。


(兄さんだ!全然変わってなくてホッとしたよ。……まぁ、まだ半年くらいしか経って無いんだけど)


 レティシアは国王夫妻の手前、手を振り返す事はしなかったが、微笑み返した。







「ユリウス様、カーシャ様、この度は遠路遥々ようこそおいでくださいました。モーリス家一同、心より歓迎申し上げます」


 臣下の礼を取りながらアンリが歓迎の挨拶を述べ、それに合わせてアデリーヌとレティシア、使用人一同も一斉に臣下の礼を取った。



「……うむ、急な訪問にもかかわらず盛大な歓迎、感謝する」


 少々間をとってから、ユリウスは謝意を述べる。

 ……やはり、どこかぎこちない感じが見受けられた。


「アンリ様、アデリーヌ様、この度はお招きくださいましてありがとうございます。使用人の皆様方も、これよりお世話になりますね」


 王妃のカーシャも優雅に微笑み、使用人に対しても気遣いを見せた。



「ユリウス様、カーシャ様、ご無沙汰しております。お二人を当家にお招き出来ること、まことに光栄の至りでございます。モーリス家一同、こころよりのおもてなしをさせたいただきます。……さ、レティ、ご挨拶なさい」


「はい。……国王陛下、王妃殿下、お初にお目にかかります。私はモーリス公爵家、アンリとアデリーヌの長女でレティシアと申します。この度は、いと尊き方々とお目通り叶ったこと、まことに光栄の至りと存じます。当家にご滞在中、どうかごゆっくりとお寛ぎ下さいませ」


「……(俺よりしっかりしてるじゃねーか)」


「?どうされましたか?何かお気に障ることが……」


「ああ、いや!すまぬ、噂に違わぬ才媛ぶりに驚いておったのだ。心よりの歓迎、重ねて感謝する」


「(くすくす……)本当に、ご立派なお嬢様ですね、アンリ殿」


「いやぁ……私には出来すぎた娘ですよ。少々お転婆なところがあるのが玉に瑕ですけどね」


「ちょっ!父さん!!」


  それまでの堅苦しい挨拶から一転して、アンリが砕けた調子で話すと、レティシアがそれに反応し…

 その場は笑いに包まれ、和やかなムードとなった。




 こうしてモーリス家は国王夫妻を迎え入れるのであった。

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