第32話 モーリス商会始動
モーリス商会の登記手続が終わり、いよいよ本格的に活動を開始する。
公爵家の出資している商会から何人か移籍してもらったり、販売委託している商材を移管したり……様々な準備に追われている。
もちろんレティシアがいきなり指示を出せるわけもないので、副会長である母アデリーヌが中心となって進めている。
アデリーヌは伯爵家の出なのだが、彼女の母方の祖父(レティシアの曾祖父)が比較的大きな商家であり、アンリと結婚する前は商会の経営に携わっていたので、その時の経験を活かす事が出来た。
そうして準備に時間を費やす事ひと月。
モーリス商会は曲がりなりにも活動を開始するに至ったのである。
「さて、いよいよモーリス商会は活動を開始したのだけど……
「なぁに?
モーリス商会本店の一室で、会長副会長の母娘が話をしている。
「一応、商品ラインナップもある程度充実したじゃない?」
「そうね」
商会の活動開始に伴い、レティシアがこれまで開発した魔道具の数々はモーリス商会を通じて販売される。
そして、商会の商品のラインナップを拡充するべく、魔導具以外の道具も新たに開発した。
レティシアの前世にあった便利道具の数々なのだが……この世界にない物で、比較的簡単に出来そうなものを手当り次第と言った感じだ。
公爵家の料理長に大好評だったピーラーなどの調理器具や、メイド部隊が狂喜した掃除機(こちらは風魔法を応用した魔道具)などである。
「ある程度売れ筋は押さえてると思うんだよね」
「ふふふ…遠慮しないでハッキリ言えば良いのに。鉄道の開発に専念したいんでしょう?」
流石は母親と言うことであろうか……レティシアの言葉の裏にある思いを的確に汲み取ってズバリと言い当てる。
「う……そ、そうなんだけど……名ばかりでも会長としてそれはどうなのかな?って思って……」
「もともと鉄道を建設する為に立ち上げた商会なのだから良いんじゃない?あなたの言った通り、もうある程度の商材はあるのだし。生産と販売は別に会長がいなくても成り立つのだから……もちろん重要な案件はあなたの決裁が必要になるけど、細かいところは私や従業員に任せて良いのよ」
「…うん、ありがとう母さん!よし、だったら本格的に開発部門を立ち上げて……そうだ、リディーさんにも来てもらわないと!」
(リディーさん……ね)
アデリーヌの目が鋭く光ったことに、レティシアは気付かなかった……
「よし、ここを開発室にしよう!」
地下にあるその部屋は、地上の敷地面積いっぱいの広さがある、この建物の中でも最も広い部屋だった。
今は何も無くがらんとしているが、様々な工作道具や機械、製図を行うための机、資料を収める書棚などを運び込めばむしろ手狭に感じるかもしれない。
「……この辺の壁に沿って書棚を配置して……机はこっちで……」
部屋の中をちょこまかと歩き回りながらレイアウトを頭の中に思い浮かべる。
鼻歌も出始めてご機嫌の様子。
……やや調子外れなのはご愛嬌だ。
そんなふうにレティシアがレイアウトプランを練っていると、コンコン……と控えめに扉がノックされる。
「は〜い!どうぞ〜、開いてますよ〜」
入室を促すと、扉を開けて入ってきたのは、エリーシャだった。
彼女はレティシアの邪魔をしないように上階で待機していたのだが……
「お嬢様、お忙しいところ申し訳ありませんが……お客様がいらっしゃいました」
「お客様?」
特に来客の予定は無かったはず……そう思いながら聞き返す。
「モーリス商会の会長に挨拶をしたい……と、隣のランドール商会の会長さんが」
「あ〜そっか〜。こっちから挨拶に伺うべきだったね〜」
その辺は前世の感覚であり、公爵令嬢たるレティシアであれば挨拶を受けるのが当然の立場ではある。
「応接室?」
「はい。そちらでお待ちいただいております」
「分かった。じゃあ行こっか」
地下室から上階に上がったレティシアは、そこそこ賑わっている一階の店舗スペースを通り抜け、そのまま二階の応接室へと向う。
扉をノックしてから入室すると、恰幅の良い中年男性がソファに座っていた。
「お待たせして申し訳ありません、私が……」
「おいっ!!キミッ!!どういう事だね!?私は会長に挨拶をしたいと言ったのだぞ!?こんな子供を連れてきて私を馬鹿にしとるのかね!!?」
レティシアが挨拶をしようとするのを遮って、男性が激高してエリーシャに向かって怒鳴りだした。
「お客様、ですからこの方が……」
「ふんっ!!モーリス公爵家直営の商会だというから態々挨拶に来たというのに……子供の遊びにつきあわされるとはな!!まったく……公爵家も地に落ちたものだ……!!??」
その時……ぶわっ!と冷たい何かが一瞬で部屋の中を満たした。
不可視だが圧倒的な力を持ったそれ……魔力の波動の源は、今もにこやかな笑顔を浮かべているレティシアだ。
だが、よく見ればこめかみがピクピクして額には青筋が浮かんでいる。
怒鳴り散らしていた男は腰を抜かしてソファに崩れ落ちて、カタカタと震えだす。
「モーリス公爵家が……何でしょう?……あ、申し遅れました。
明らかにブチ切れ状態なのだが、殊更丁寧な口調で彼女は名乗る。
それがかえって迫力を増し、強大な魔力の波動と相まって幼い少女とは到底思えない威圧感を男に与える。
「お嬢様!!お、落ち着いてください!!」
「あら、何を言ってるのかしらエリーシャ?
「口調がおかしいですぅ〜!!」
「レティシア=セシール=
レティシアが何者なのか、男は今更ながらに理解した。
そして先の自分の言動を思い出し、怒りで赤くなっていた顔を、さぁ〜っと青ざめさせる。
すると、男はソファから立ち上って……そのまま床に手をついて頭も床にぶつけるような勢いで下げて……
「申し訳ありませんでしたぁーーーっ!!!」
と謝罪する。
それを見たレティシアは、と言えば。
「むぅ……何という見事な土下座か。流れるような所作といい、手の角度といい……良いものを見せてもらいました」
などとわけの分からぬ感心をして、その怒りを鎮めるのだった……
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