第19話 講義

 レティシアが魔法を学ぶことになって数日が経った。


 本日は初めての授業が行われることになっている。


 レティシアの教師となるマティスは、アスティカントの学院で教師を退任した後、出身地であるモーリス領内のとある村に帰って隠居生活を送っていた。

 この度、公爵家が彼を家庭教師として招くにあたっては、領都イスパルナの公爵邸に程近い場所に住居を提供し、そこから通ってもらうことになっている。






「お嬢様、マティス先生がお見えになりましたよ」


「あ、は〜い!入って頂いて〜」


 きっちり時間通りにやって来たマティスをレティシアは自室に招き入れる。

 レティシアの部屋は幼い子供が暮らすには十分すぎるほど広く、応接室や寝室に加えて書斎…と言うか勉強部屋も備えているので、そこで教えてもらう事になる。



「マティス先生!お待ちしておりました!」

 

「今日は、レティシアお嬢様。本日よりよろしくお願いします」


「こちらこそよろしくお願いします!……先生、私のことはどうか、レティ…とお呼びください。敬語も不要です」


「ふむ…?」


「私は教えを請う立場ですし、師弟関係には身分の貴賤など無いと思ってます。アクサレナの学園やアスティカントの学院においても、学問を志すものは皆平等という理念のもと、誰もが勉学に励んでいると聞いてます」


「…素晴らしい心掛けですな。分かりました…いや、分かった。これより私は…君を公爵令嬢ではなく、魔導の真髄を探求する若き同志として導くこととしよう」


「はい!お願いします!」



「(…本当に、5歳の娘とはとても思えない。頭脳も…そして人格もだ。私は将来の傑物の師となる幸運を得たのかもしれないな)……では、早速授業を始めよう」



 こうして、レティシアの初めての魔法の授業が始まった。












「先ず初めに。魔法とは何か?というところからだ。レティは魔法とは何だと考えている?」


「魔法とは何か…ですか?ん〜……」


 漠然とした問に、レティシアは唸りながら考える。

 本を読んで得た知識はあるが、自分なりの解釈を答えたいと考えて頭の中で整理しているのだ。


「ええと……魔力を媒介にして任意の事象を発現させるための手法、だと思います」


「うむ。それも正解の一つだな」


「まだあるのですか?」


「定義の仕方、捉え方は様々だが…『生物が生来持つ能力』と言う定義もある」


「生来持つ能力…」


「そう。あくまでも生物が本来持つ機能だと言う考え方だな。今でこそ魔法というのは言語化・体系化され、あたかも理論的に確立した技法に見えるが、それらは全て後付け。経験則を地道に積み上げて整理されているが、結局のところその原理の本質的なところは未だ解明されていない」


「なるほど…」


「故に。これから具体的な魔法の講義は行うが……それでレティが魔法を実践できるようになるかは未知数だ。生来の資質に拠るところが大きいからな」


「つまり、才能がないと扱えない…ってことですか?」


「そうだ。もちろん、才能の有無など事前に分からないが……」


「でも、例え使えなかったとしても、学んだ知識は無駄にはならないと思います」


「うむ、その通りだ。それが分かっているなら問題はないな」


 マティスはレティシアのその答えに満足そうに頷き、それからいよいよ本格的な講義を始めるのだった。









「では、先ずは魔法を使うのに欠かせない、魔力を感じるところから始めよう」


「はい!お願いします!」


「では、手を出しなさい」


「はい」


 マティスはレティシアが差し出した手を取って、目を瞑って集中するような素振りを見せる。

 すると…


「あ……」


「何を感じた?」


「あ、はい。先生が掴んだ手から、何か…温かいような、冷たいような…何だか不思議なモノが私に流れ込んで来るようでした」


「それが魔力の流れだな。どうやら魔力感知は直ぐに出来そうだ」


「これが魔力……」


「そうだ。今度は、今の感覚を思い浮かべながら…そうだな、頭の中から湧き出して、背中を伝い全身を流れ、最後は手に集まるようにイメージするんだ」


「やってみます」


 そうして、彼女は師がそうしたように目を閉じて神経を集中させる。

 先程の感覚と、教わったイメージを思い浮かべると、確かに存在する何かが身体を巡るように感じた。

 その流れを集めて、師が掴んだ手の方へと流し込むようにする。


「…ほう、いきなり成功させるとは。これは驚いたな…」


「出来てますか?」


「ああ。完璧だ。魔法を扱うための最初の難関なのだがな……」


 マティスは、仮にレティシアに才能があったとしても、この訓練だけで数日はかかるものと見込んでいた。

 想像以上の才能を見せる彼女に、舌を巻く思いだった。

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