第20話 来客

 レティシアがマティスより魔法を教えてもらうようになって数日の時が過ぎた。


 そして今日も講義を受けているのだが…




『此処に火精は集いて、小さき火を灯せ[灯火]』


 ポゥ…


 レティシアが詠唱すると、彼女の指先に小さな火が灯る。


「わわっ!?で、出来た!!出来ました!先生!!」


「うむ。見事だ。……僅か数日程度で発動させるに至るとは……」


 ごく初歩的な魔法とは言え、その習得スピードのあまりの速さに驚くマティスである。



(やはり……この娘が天賦の才能を持つのは間違いないな。おそらくは魔法系の強力なスキルを持っている。それに…到底5歳とは思えない聡明さで私の説明を即座に理解する、というのもあるだろう)


 マティスは内心でそのように分析する。


「今の詠唱と、それに伴う魔力の流れを覚えておくと良い。どの魔法の発動プロセスも、基本的には同じだから」


「はい!」


「まだ身体が出来てないから初級魔法数発が限度だろうが、繰り返し使うことでよりスムーズに行使出来るようになる」


「はい!」


 師の言葉に素直に返事をするレティシアだが、初めて使用した魔法にかなり興奮しているようだ。


(出来た!私にも魔法が!!……望まない転生だったんだから、これくらいの余録が無いとね。やっぱり異世界転生したからには魔法が使えないと!)



「よし。今日はここまでにしよう。[灯火]の魔法は小さいながら火の魔法だから、一人では練習しないようにな」


「はい!……[光明]とかなら良いですか?」


「む?そうだな、それなら構わぬが……まあ、予習しておくのは良いことだ」


「ありがとうございます!(よし!練習しまくって完璧にするぞ!)」



 このように、レティシアは順調に魔法を習得していく事になる。















「お客様?」


「ええ。お父様の懇意にしている方で、王都への道すがら我が家に寄っていくそうよ」


 ある日、レティシアはそんな話を聞いた。


 父アンリと親交のある貴族で、公爵邸のあるここイスパルナより西にある領の領主とのこと。

 最近昇爵して侯爵となったらしい。



「何でも小さな娘さんがいるらしくてね。あなたより少し小さいみたいだけど…仲良くしてあげなさいね」


「うん、分かったよ!(そう言えば、私って歳の近い友達っていないなぁ……精神年齢的に微妙だけど、少しくらいは友達がいないと寂しいよね)」


 レティシアはそう思い、来客を楽しみにするのであった。







 そして更に数日が経ち、件のお客様がやって来た。

 アンリも王都より帰宅しており、公爵家総出で迎える。


「よく来てくれたね、アーダッド殿」


「この度はお招きいただきありがとうございます、アンリ殿」


 アンリがにこやかに挨拶を交わすのは、金髪碧眼で熊のような巨躯を持つ男性。

 侯爵位を持つ高位貴族とのことだが…それっぽい服装でなければ、荒くれ者といった風体に見える。


「お、お久しぶりでございます、アンリ様、奥様」


「リファーナさん、お久しぶりですね。…そんなに緊張なさらなくても大丈夫ですよ」


 侯爵の横に立ち、続いて挨拶をしたのは彼の奥方のようだ。

 黒髪黒目は珍しくはないが、貴族には少ない色彩だ。

 だが、淑やかな雰囲気で、夫よりは貴族婦人として違和感がないように見えるだろう。

 かなり緊張した様子だったので、アデリーヌは気遣いを見せる。


「そうそう、私達の仲だ。堅苦しい作法など不要だよ。ところで、そっちの可愛らしいお嬢さんには初めて会うね。紹介してくれるかな?」


「ああ、こいつは俺の娘でルシェーラってんです。ほら、挨拶しな」


「は、はじめまして、ルシェーラともうします!」


 母と同じようにやや緊張の面持ちで、幼いながらもしっかりと挨拶をするのは、母親譲りの黒髪と父親譲りの碧眼を持つ可愛らしい女の子だった。


「はい、はじめまして。しっかり挨拶ができて、偉いね。ルシェーラちゃんは何歳なのかな?」


「はい!わたしは3さいになりました!」


「うん、しっかりしてるね。今回は息子さんは一緒じゃないのかい?」


「それが、出発直前に熱を出しちまいまして…もう治ってるんですが、大事を取って今回は置いてきました」


「そうか、それは残念だったね……そうだ、君たちはリュシアンは知ってると思うが、レティシアは初めてだったかな?レティ、挨拶なさい」


「はい。侯爵閣下、奥様、それにルシェーラさん。初めてお目にかかります。アンリとアデリーヌの長女、レティシアと申します。以後お見知りおきのほどよろしくお願いします」


 カーテシーをしながら、そう挨拶をするレティシア。


「「……」」


 5歳児のものとは思えないしっかりした挨拶に、驚いて思わず絶句する侯爵夫妻。


「…ご丁寧な挨拶、痛み入ります。いや、こいつぁ驚きましたな。ウチのルシェーラも歳の割にはしっかりしてる方だと思ってたんですがね…」


「本当に。流石は公爵家ともなると教育も素晴らしいのですね」


 などと、彼らは感嘆した様子で褒め称えるが、アンリは複雑そうに答える。


「いやぁ……公爵家の教育の賜物というわけでは…」


「そうね…最近はすっかり慣れてきたけど、やっぱりおかしいわよねぇ…」


(そ、そんなに変だったかな……?でも、今更子供っぽく振る舞うのは抵抗があるし…別にいっか)


 少しやらかしたか?と思いながらも、結局はそう開き直るレティシアであった。

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