第10話 イスパルナの街
モーリス公爵家一家を乗せた馬車は邸を出発すると、大通りを通り街の外へ向かうべく進んでいく。
(…前に外出した時の記憶からすると、かなり大きな街なんだよね。本でも調べたんだけど…イスパル王国の第二都市イスパルナ。モーリス公爵領領都。およそ300年前までは王都として栄えた古都で、人口は約10万人。この大陸では大都市と言える)
馬車は市街地をゆっくり進む。
まだ朝早い時間だが、多くの人で賑わっている。
馬車には公爵家の紋章が刻まれており、道行く人々はそれに気づいて進路を妨げないように大きく道を開ける。
御者は道を開けてくれた人々に身振りで礼をしながら馬車を進めていく。
(王都はここから東に徒歩で一週間程の距離にあるアクサレナ。人口は約20万人。この国だけでなく、大陸でも随一の大都市だ。都市圏人口ならイスパルナもアクサレナももう少し人口は多いはず)
レティシアは窓から見える街並みをぼんやり眺めながら思考にふける。
「レティ?何だかぼんやりしてるけど…どうしたの?具合でも悪いのかしら?」
「え?…ううん、ちょっと考え事をしてただけだよ、
最近、レティシアは家族のことを『父さん』『母さん』『兄さん』と呼ぶようになった。
前世の『彼』の家族に対する呼び方で、レティシアなりに色々思うところがあってそう呼ぶことにしたらしい。
呼ばれた当人たちは最初こそ訝んだものの、読書の影響だろうとあまり気にしないことにした。
「もし気持ち悪くなったら直ぐに言うんだよ?」
「は〜い。でも大丈夫だよ、父さん」
「あ、ほら、見てごらんレティシア。ディザール様の神殿だよ」
兄が指し示す方には大きな建物が。
イスパル王国の守護神とも言うべき、武神ディザールを祀る神殿だ。
「あの神殿にはね、聖剣が奉納されてるんだって」
「『聖剣』?」
(なにそれ。凄くゲームっぽいな。魔王を倒した剣とか?)
「そう。まだ神々がこの地上にいらした頃、ディザール様が使われていた剣って事らしいよ」
「へえ〜、見てみたいな……」
今は女の子だが、前世男の記憶を持つ身としては興味があるようだ。
実際のところ、前世の記憶に引きずられてなのかレティシアの性格はどちらかと言うと男の子っぽい。
まだ5歳なのであまり性差は無いのかもしれないが…
「大きなお祭りの時には公開されることもあるって聞いたけど、まだ僕も見たことないんだよね…父さんは見たことある?」
「ん?グラルヴァルかい?…いや、私も見たことないね。最後に公開されたのはいつだったかな…」
(誰も見たことないって…草薙の剣みたいなものかな…)
「でも、少なくとも300年前にリディア王女が魔王討伐に持ち出してるんですよね」
「そう言われているな。多大な犠牲を払いながらも遂にはその剣で魔王を倒した…と」
(魔王…たしか、ウチの蔵書にもあったな。伝説の類かと思ったんだけど、実際の出来事なのかな?どうも、歴史書なのか伝承なのかイマイチわかりにくいんだよな〜)
そう思うのは致し方ないところで、どうしても古い過去の歴史に関わる文献は、編者の主観が入ってしまっている。
それは彼の前世の古代史でも同じことだろう。
(ん〜…人口10万人って言うと、前世の日本だと大して大きな都市じゃないけど…すごく賑わっているな〜。この世界基準で大都市と言うのは伊達じゃないね)
市街が集中していると言うのもあるだろうが、定住人口では表せない、交易で訪れる人間なども含めると数字以上の都市規模と言うことであろう。
(…うん!やっぱり鉄道を通すなら、先ずはイスパルナ〜アクサレナ間で開業を目指そう!さらに第三都市のブレゼンタムまでも視野にして……アクサレナからイスパルナを通ってブレゼンタムに至る街道は『黄金街道』って言うんだっけ?……名前はゴールデン・パス・ライン…なんてね。でも、誰も元ネタは分からないか〜)
レティシアは改めて、内心で鉄道建設に向けた野望の心を燃やすのだった。
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