第11話 魔物


 ピクニックへ…とやってきたのは、イスパルナの街を出て馬車で30分くらいの距離、街を見下ろすことのできる小高い丘の上だった。


「どうだい、レティ。こうしてイスパルナの街を眺めるのは初めてだろう?」


「うん!父さん、凄くいい眺めだね!」


 爽やかな優しい風が駆け抜け、柔らかな春の日差しが注ぐ丘は、色とりどりの草花に覆われて絶好のロケーションであった。


(そっか〜、今は春だったんだ。……こんなにも綺麗な世界なのに、図書室に籠もりきりなんて勿体なかったね)


 もともと、『彼』は乗り鉄…こうして四季折々の景色を車窓から眺めるのが好きだったのだ。


(ちょっと生き急いでたかも。私はまだ5歳なんだから……目標に向かって頑張るのは変わらないけど、もっと余裕を持たないと。じゃないと、いつか辛くなってしまうかもしれないからね)


 好きで始めたはずの事でも、原点を見失ってしまえば…いつしか手段が目的になってしまい、苦痛に変わってしまう事は往々にしてあることだ。

 レティシアは、自分が何故この世界で鉄道を作ろうとしているのか…その原点をいつまでも忘れずにいようと思うのだった。










「この辺でいいかしら?」


「そうだね、風も日差しも気持ちがいい。…ああ、公務も忘れてのんびりするのは良いものだなぁ…」


 馬車を降りた一行は暫くは丘の上を散策し、休憩するのに良さそうな場所を見つける。

 同行したエリーシャも含めた使用人たちがテキパキとシートを敷いたり、お弁当を広げて準備をしてくれる。



「ありがとう。あなた達も座って、一緒に食べましょう」


「「「はい。ありがとうございます、奥様」」」


 モーリス公爵家の人々は皆温和で使用人との距離が近く、かなり良好な関係を築いている。


 そうして、皆で一緒にシートに座って昼食をとることに。




(…いいね、こう言うの。無駄に威張り散らすような人たちじゃなくて良かったよ。私は幸運だった…って思うべきだろうね)


 レティシアは、前世の家族のことを思い出して少ししんみりする。

 きっと、これから先も幾度となく折に触れて思い出すことだろう。

 でも、もう蹲ることは無い。

 新たな家族とともに生きていくと、彼女は決めたのだから。












「う〜ん、おいしかった〜」


「料理長、かなり気合入れて作ってくれたみたいだね」



(そうそう、公爵家うちの料理って美味しんだよね〜。死んで転生してメシマズだったら、きっと立ち直れなかったね!)


 先程しんみりとしていたレティシアも、笑顔を見せている。

 美味しい食事は人を幸せにするのだろう。



「さて、お腹も膨れたところで…」


 アンリがそう言いかけたとき…何かを察知したリュシアンが警告を発した。


「父様、何か来ます」


「…魔物かい?ラスティン、どうかな?」


 そうアンリに問われたのは護衛の隊長である


「…申し訳ありません、私にはまだ察知できません。…リュシアン様、種類は分かりますか?」


「ごめん、そこまでは分からないな…でも、それ程強いやつじゃないと思うよ」



(まもの……魔物っ!?………ゲームみたいって思ってたけど、益々それっぽいね。本当にそうだったりして。それにしても……みんな落ち着き払ってるし、特に脅威じゃないのかな?)



「そろそろ来るかな?」


「はい、私にももう分かります。仰る通り大した魔物ではなさそうですね。護衛隊!皆様をお護りするぞ!!」


「「「はっ!!」」」


「僕も戦うよ」


 そう言って、護衛のメンバーとリュシアンは迎え撃つべく飛び出していく。



「リュシアンっ!!」


「まあ、良いじゃないかアデリーヌ。それほどの相手では無いようだし」


「でも…」


「本気で騎士を志すなら、経験を積む機会はあったほうが良いだろう」


「……はぁ。分かったわ」


 夫婦がそんなやり取りをしているうちに、彼らは魔物と接敵したようだった。



(ちょっと遠くて見辛いな……あれは何だ?何匹か、ぴょんぴょん飛び跳ねて…兎かな?)


「レティ、あまり見るものではないわよ」


 魔物とは言え、まだ幼い娘に命を奪う場面を見せるのは憚られるのであろう、アデリーヌはそう言ってレティシアの視界を遮る。


「あ……母さん、あれが魔物なの?何だか兎みたいに見えたけど」


「あれは『プレデター・ラビット』だな。兎に酷似しているが、全くの別種だ。ああ見えて獰猛で肉食だからな」


 母の代わりに父が答えてくれる。


「まあ心配しなくても大丈夫だよ。肉食と言っても魔物の中では最弱の部類だからね。彼らに任せておけば大丈夫だよ」


「兄さんは、強いの?」


「ああ、なかなかのものだよ。あの子は騎士を目指してるからね。うちの護衛連中より強いと思うよ」


「へえ〜…カッコいいね!!」


(母さんの様子を見ると、あまり良くは思ってないみたいだけど…)



 そうこうしているうちに片が付いたようだ。

 レティシアにとっては正しくあっという間の出来事である。



「父様、母様、お待たせしました」


「ああ、お疲れ」


「…怪我はない?」


「ええ、大丈夫ですよ。あの程度の魔物に後れを取ることはありませんよ。もちろん、慢心は禁物ですけどね」


「兄さん、カッコいい!」


 近くで見ていた訳ではないけど、レティシアの素直な感想だ。


「ありがとう。レティにそう言ってもらえるのは、凄く嬉しいよ」


 可愛い妹から褒められて、満面の笑みで喜びを顕にするリュシアンである。










(魔物か……何か対策を考えておかないと、運行上の支障になりかねないかな?)


 そしてレティシアは、あくまでも鉄道の事で頭がいっぱいなのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る