第3話 岩戸に籠もった姫君
「母様、レティはいったいどうしてしまったのでしょうか?」
「そうね……よっぽど怖かったのかしら…………お医者さんは特に異常は見られないと仰ってはいたのだけど。もう一度診てもらおうかしらね?」
先程目が覚めたという知らせを聞いてレティシアの部屋に行ってきたのだが、どうにも様子がおかしい。
どこか痛むのか?と聞いたのだが、そういう訳ではないらしい。
では、何故泣いているのかと聞いても一向に要領を得ず……
一人にしておくのも躊躇われたのだが、結局のところ落ち着くまでは待とうということで引き上げてきたのだった。
「明日はアンリが帰ってくるはずだし、少しは元気になってくれると思うのだけど」
レティシアは、普段留守がちなアンリが帰ってくるのをいつも心待ちにしている。
ちょうど彼が帰ってくれば機嫌も良くなるだろうと思うのだった。
(二人には悪いことをしてしまったな…………でも、そんなに直ぐに割り切れないよ…………)
レティシアにとっては実の母と兄…………だが、記憶を取り戻したばかりの『彼』にとっては、直ぐにそう思えるものではない。
もちろん、レティシアとしてこれまで生きてきた記憶もあるのだから、あの二人が家族だと言う認識はある。
だが、あまりにも突然に訪れたの前世の家族との別れに、今も『彼』の心は千千に引き裂かれるような痛みを感じるのだった。
(なんでこんなことに…………あんな奴らは無視してただ通報すれば良かったんだ。結局、変な正義感に自分自身酔っていただけじゃないか。それで死んでしまうなんて……馬鹿馬鹿しい!)
哀しみ、嘆き、怒り、諦め…………様々な負の感情が彼女……『彼』の心の中に渦巻く。
考えれば考えるほど嵌まり込む負のスパイラル。
(だめだ…………今日はもう休ませてもらおう……具合が悪いと言えば、そうそう詮索されることもないだろう。とにかく、いまは整理する時間が欲しい…………それで、何かが解決するわけじゃないのだけど……)
そうして……彼女は部屋に閉じ籠もる。
メイドが食事の時間に知らせに来てくれたが、まだ具合が悪いと言って今日一日をベッドの上で過ごすのであった。
レティシアが部屋に閉じ籠もってから、何度か母と兄が様子を見に来てくれた。
だが、未だ心の整理がつかないレティシアは、心配してくれる気持ちは有り難いと思いつつも、放っておいて欲しいと家族を突き放してしまう。
そんな様子に、母と兄の心配はますます募るのだが、それを慮る余裕は今のレティシアには無い。
結局のところその日は最後までレティシアの気分が晴れることはなく、一日が終わってしまうのだった。
そしてその翌日。
やはりレティシアの機嫌が治らないまま時間は過ぎ去り、昼頃にモーリス家の主である父、アンリが帰宅した。
いつもは真っ先に迎えてくれる筈の幼い娘がいない事を訝しんだアンリは、妻のアデリーヌに聞く。
「レティシアはどうしたんだい?」
「それが……」
問われた妻は、夫に事情を説明する。
「……それは心配だね。身体の方は大丈夫なんだろ?」
「ええ、それは。もう一度先生に診てもらったのだけど、やっぱり異常は無いって。あと考えられるのは精神的なものだけど……先生は専門外だからそれ以上の事は分からないですって」
「そうか…………とにかく、僕もレティシアに会ってみるよ」
「お願いね…………ずっと泣いてるみたいで……本当にどうしたら良いのか……」
不安そうにそう言う妻に対して、安心させるように微笑みながらアンリは言う。
「まだ5歳の娘だから……いろいろ不安定な面もあるかもしれないね。もしかしたら、成長の証なのかもしれない」
「でも、リュシアンはこんなこと無かったわ」
「男の子と女の子では、成長の仕方も違うってことだろう。とにかく、様子を見てくるよ」
そう言ってレティシアの部屋に向かう夫を、頼もしそうな目で見送る妻であった。
「……うう、『一人にしてください』って…………これは心にクルね……」
どうやらあっさり撃沈されたらしい。
「ふう……どうしたものかしらね…………」
「…………母様、もう一度、僕が話をしてみます」
「……そうよね。やっぱり根気よく話しかけていくしかないわよね。お願いね、リュシアン。この人はしばらく役に立ちそうに無いから」
「ぐふっ!?」
娘に追い出されたことでダメージを受けたアンリの心に、妻の鋭い言葉が更に追い打ちをかける。
そんな夫はまるっと無視して、リュシアンに希望を託すのだった。
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