第2話 転生
「さて……これは一体どう言う状況なんだ?」
一人になって改めて考えてみる。
先程エリーシャと自然な会話ができたように、本来のレティシアとしての記憶は問題なさそうだ。
もう一つの記憶。
複雑に絡み合った紐のようなそれを、解きほぐしていく。
自我はあくまでも一つ。
だが、二人の人物の記憶があり、それが混乱の元になっている。
(もう一つの記憶。『俺』……黒須鉄路の記憶。確かに、思い出せる…………最後の記憶は……?)
それを思い出そうとしたとき、突如として頭の中でその光景がフラッシュバックする。
「う、うわぁっ!?」
衝撃的な光景に思わず声を上げる。
幸いにも側付きのエリーシャは不在なので、それを聞く者はいなかった。
(お、思い出した!あの時、ホームから落ちて………………あの光。多分、列車が入ってきてたんだ。そして…………)
認め難い事ではあったが、状況的に導き出される答えは一つしか無かった。
「あの時轢かれて死んだ…………って事なんだろうな……」
未だ実感は湧いてこないが、そういう事なのだろう、と納得するしかなかった。
「それで、今の
この状況を説明できる事象は、彼?彼女?には、それしか思いつかなかった。
物語としてはありふれたものであり、小説やマンガで読む分には面白いテーマなのだろう。
だが、自分自身の身に降りかかるとなれば面白いなどと言ってられない。
幼いレティシアの知識でも、この国の名がイスパルだと言うことは知っている。
だが、『彼』の記憶の中にそんな名前の国は無い。
もしかしたら自分が知らないだけなのかもしれない、とも思ったが…………決定的なのは『魔法』の存在だ。
これも、レティシアはその存在を認識していた。
ここは地球ですらない。
即ち、異世界転生。
「………………父さん、母さん、兄貴…………もう、会えないのか?」
世界すら違うのであれば、もはやかつての家族と再会するのは絶望的だろう。
何かしら、世界を行き来する手段があったとしても……
もはや『彼』は死んだのだ。
もう取り返しのつかない状況に絶望し、目の前が真っ暗になる。
治まったはずの頭痛がぶり返す。
(父さんは厳格でほとんど笑うこともなく言葉少なだったけど、正しい心を持つ尊敬できる人だった。そんな父さんも、俺が成人した日には……『お前と酒を酌み交わす日が来るのを楽しみにしていた』と照れくさそうに笑っていたっけ……)
(母さんは逆にお喋りで、家族のムードメーカーだった。あの日も、『あんたも好きよねぇ……』なんて少し呆れながらも、笑って見送ってくれた。…………ゴメン、帰れなくて……)
(兄貴は、小さい頃は良く喧嘩もしたけど……一番身近な理解者だった。就職が決まったときは一番喜んでくれてたな……)
記憶を取り戻したばかりの『彼』にとっては、つい昨日の事のような感覚だ。
家族や友人たちのことも鮮明に思い出すことができる。
それがかえって『彼』を苦しめる。
いっそ何も思い出さないままでいられれば、その方が幸せだったのかもしれない。
だが、『彼』は思い出してしまった。
もう二度と会えないであろう人たちを思い出し……そして、自分が死んでしまったことでその人達を悲しませたであろうという事も、『彼』を苛むのだ。
「うっ……うっ…………」
こらえきれず嗚咽とともに涙が溢れ出る。
そんな、間の悪いタイミングでレティシアの部屋の扉が開かれて、今の彼女の母と兄が入ってきてしまった。
「レティ〜、大丈夫かしら?……ど、どうしたの!?」
「レティ!!」
「あ…………」
それ以上の言葉が出てこなかった。
この二人はレティシアの母と兄だ。
確かにその記憶がある。
だが、記憶を取り戻したばかりの『彼』にとっては……
咄嗟にどう接すれば良いのか逡巡する。
泣いていたところを見られた事も何だか気まずい。
「レティ、どこか痛むのかい?」
「もう一度お医者さんに見てもらう?」
二人はベッドの側に近寄って、心底心配そうな様子で優しくレティシアに問いかける。
(だけど、その眼差しは『俺』に向けられて良いものなのか?『俺』はどうすれば良い……?)
まだ心の整理もつかないまま……どう反応すればよいのかわからないまま、レティシアはただ呆然とするだけだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます