第4話 家族
「レティシア、入るよ」
未だ部屋に閉じ籠もるレティシア。
父母から希望を託されたリュシアンは、レティシアを刺激しないように静かに部屋の中に入る。
「……」
当のレティシアはベッドの中、布団をすっぽり被って亀のように丸まっている。
声に反応してモゾモゾと動いたので、多分起きているはずだ。
(……これは一筋縄ではいかないかな。まあ、根気よく接するしかないか)
リュシアンにとって歳の離れた妹は可愛くて仕方ない。
そんな妹が塞ぎ込んでいる姿を見るのはリュシアンにとって何よりも辛いことだ。
なので、どうにかして彼女の元気を取り戻してあげたいのだが……
「何度もごめんね。……でも、そのままでいいから聞いて欲しい」
長期戦を覚悟した彼は、先ずは自分たちの気持ちを伝えようと真摯に語りかける。
「レティがそこまで悲しんでる理由は分からないけど……」
最初は階段を転げ落ちた恐怖が余りにも大きかったのだろう、と思っていたが……それでここまで嘆き悲しむのはおかしいと思ったのだ。
きっと他に理由がある。
しかし、レティシア自身がそれを語らなければ、リュシアンたちには知る術が無い。
だが、それを無理に聞き出す必要はないと彼は考えている。
ただ、家族が彼女を大切に想っている……それを伝えたかったのだ。
「皆が心配してるのは、レティだって分かっているだろう?……父様なんかあっさり撃沈されたものだから、ちょっと鬱陶しく…………いや、何でもないよ」
さらりと毒を吐いた。
「とにかく。例え君が『何者であっても』、僕達家族は君の味方だということは覚えておいて欲しいな。家族が悲しんでいれば、支えになる。家族と言うのはそういうものだと、僕は思うよ」
リュシアンは何かを意図して言葉を紡いだわけではない。
ただ純粋な、素直な気持ちを伝えただけだ。
だが、彼の言葉はレティシアの心に楔を打ち込んだ。
「僕の言いたかったことはそれだけ。……ゆっくり休んで、早く元気なレティに戻って。なんせ、君が居ないと邸の中が暗くていけない」
そう言い残してリュシアンは部屋を出ていった。
(『何者であっても』、か…………それは『俺』であってもそう言える?…………いや、そもそも『わたし』と『俺』に区別なんてあるのか?どちらの記憶もあって……多分『自我』のようなものも同一だ……と思う。だったら『わたし』と『俺』に垣根なんか無いのか?)
リュシアンが出ていってしばらく経っても、レティシアの頭の中ではぐるぐると考えが巡っていた。
これまでの答えの出ない自問自答から、もう少しで抜け出せそう……何らかの結論が出せそう。
彼女は、そんな光明を見出したかのような気分になった。
再び頭が痛みだしても、考えることは止めない。
(あの人たちは『家族』だ。『わたし』にとって、それは確かな事実。では『俺』とっては?『わたし』と『俺』に垣根が無いならば、『俺』にとっても『家族』って事で良いの?)
結局のところ、その折り合いをつけるのは彼女自身の心次第だ。
(前世の家族を悲しませてしまった。もう取り返しはつかない。だったらせめて……今の『わたし』の……『俺』の家族に同じ思いをさせちゃ駄目だ)
少しずつ、彼女の瞳に力が戻って来る。
(もう、二度と。家族にあんな悲しい思いはさせない。それが『俺』の償い……いや、違うな。『俺』の家族が償いなんか望むわけない。それは『願い』だ。きっと、そう願ってるはず)
もう完全に彼女の目には力強い光が宿ってる。
前世の家族と別れて二度と会えない悲しみは、そうそう払えるものではない。
だが、ただ蹲って嘆くだけの時間は終わりだ。
新たに生きる道が見えたのだから。
(……わたしがこの世界で天寿を全うし、次に再び出会う時に胸を張って報告できるように。笑顔で前を向いて歩くんだ。そう、きっとまた会えるはず。輪廻はあるんだ。だって、今のわたしがそれを証明してるじゃないか!)
被っていた布団を振り払い、ベッドを降りて自らの足で立つ。
この日、レティシアは本当の意味でこの世界に生まれたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます