5-3 論争決闘大追跡

 映画鑑賞後、すでに一時を回っていたので近くのハンバーガー屋で昼食をとることにした。

 食事中は先程観た映画の話で盛り上がったり、大将と道ノ倉みちのくらがテリヤキバーガー対チーズバーガーと言う不毛な討論(と言うほどの物でもない)を始めたり、そこへ甲府こうふが入ってきて何故か最終的に二段アイスのトッピングの組み合わせ談義というよく分からない方向へ話が発展していった。

「だーかーらー。上にはこってり味のアイスを乗せて、下はさっぱりしたシャーベットで締めるのが一番だって」

「えー。シャーベットよりチョコミントだよ。ミッチー分かってない」

「ん? 私は前に上下ともチーズケーキ味にして食べた事があるが?」

「「大将(喜衣乃きいのちゃん)は二段アイスの食べ方を全く分かっていない!」」

「これが噂のダブルツッコミか……」

 大将がうなだれる。ちなみに俺は二段でアイスを食べるという事自体やらない。一個食べたらそれで満足してしまうし。

 一年生三人はと言うと、志村しむら市原いちはらは先程観た映画の感想を語りあっており、町成まちなりはと言うと誰の話の輪に入らず、ほとんど氷水になってしまってるドリンクを退屈そうにすすっていた。元々自分から話の輪に入らないタイプだから、放っておくとすぐ一人になってしまう。

 まあ、本人も特別寂しがりでもなく、構ってほしいという感じでもなさそうなので変に世話を焼かない方がいいんだろうが、部活以外はどう過ごしているんだろうか、町成は。大将とは別の意味で浮いていそうな気がする。




 昼食後はそのまま近くのゲーセンに行くことになった。

 校則的に大丈夫か? と何度も繰り返す大将を、道ノ倉が「流行を追うのも美術やる人間には必要だ」と言う大変訳が分からない理論で説得し、自分はそのまま両替機の方へさっさと行ってしまった。

「ところで山県やまがた

 大将が俺の方を見た。

「どうした、大将」

「遊ぶだけの為に小銭とは言え浪費する感覚がよく分からないのだが」

「すまん、大将。それは俺にもあまり理解できない。なにせこういう機会じゃないとゲーセンに行くこともないし」

 そこへ甲府が乱入してきた。

「あー、もう。難しく考えなくても遊園地で乗り物乗るときにお金払うのと同じと思えばいいじゃない。ね? まあ最近の遊園地は入場パスで乗り放題の所がほとんどだろうけど」

「そういうものなのか?」

「まあ、無駄遣いはよくないという意味なら同意だけどね。ほら、写真でも撮ろっか」

 こういうのを女性らしいというのだろうか。本当に甲府はよく気が回る。さっきの古着屋の事と言い、今も俺が返答に困ったときの助け舟と言い、よくそんなに機転が働くものだと感心する。

 女子たちが写真を撮りに行ったため、必然的に男子だけが取り残された。

 両替から戻ってきた道ノ倉を加え、何かのゲームで勝負してみようという話になり、とりあえずすぐそばにあったエアホッケーの台の方へ移動した。まあこれならゲームに疎い俺でもできそうである。

 じゃんけんで戦う順番を決めた結果、最初の試合は道ノ倉VS町成、俺は審判役(と言う名のただの見学)となった。

「さーどっからでもかかって来ーい、ナリ君」

 無駄にテンション高い道ノ倉に、町成は半分呆れた顔でこくりと頷く。

 そう言えばゲーセンのエアホッケーとは言え、町成が運動するところを見るのはこれが初めてのような気がする。

 と言うより、町成の容姿からスポーツとか運動と言うイメージが一切沸いてこないのである。本人には申し訳ないが。

 まあさすがにサッカーやバスケで突き指する道ノ倉ほどは酷くはないだろうとは思うけど。道ノ倉の運動神経のなさはある意味すごい。

 サーブは町成から。コンという音と共にパックが撃ちだされ、壁に数回バウンドしてから道ノ倉のゴールにあっさりと入る。

「と言うか、いきなりサーブで点取られるなよ!」

「いやー油断しちゃって」

「今の絶対素で取れなかっただろ」

 気を取り直して次は道ノ倉のサーブである。

 一瞬、サーブミスで自殺点というベタな展開が頭によぎったが、さすがにそんなことにはならず、パックは無事に撃ちだされた。

 中央のネットを通り抜け、次は町成のレシーブだ。と思ったとたん、カーンという音と共に、パックが道ノ倉側のゴールに突き刺さった。

 レシーブどころかあまりにも鮮やかなカウンターの炸裂。それを理解するのに俺も道ノ倉もしばらくかかった。

「ちょ、え。ええっ?」

 当の町成は何事もなかったのように平然としている。

 その後試合は一方的に町成の優勢が続き、結局道ノ倉は相手の油断で一点返せただけで終了した。

「てか、ナリ君強すぎ! 実はプロなの?」

 道ノ倉の問いに首を振る町成。

「クラスの友達と何回かやったことがあるくらいで」

「まじかよ!」

 驚く道ノ倉。むしろ俺はどちらかというと町成にクラスの友達がちゃんと存在していたことの方に驚いたのだが、それは黙っておこう。いや、安心はしたけど。

「あとは、こういう動きに慣れてるってのもあると思います。俺、中学の時は卓球部だったんで」

「え、うそ? ナリ君卓球部だったの? 僕てっきり名前からしてサッカー部だと思ってた」

「卓球部です」




 二戦目は俺と町成との試合だった。

 結果はやはり俺の負け。試合内容としては道ノ倉よりはマシに戦えたというレベルか。

 三戦目の俺VS道ノ倉はまあ、特筆すべきところもない。何をやってもさっきの町成のプレイには全く及ばないし、結局三点差で俺の勝利で終わった。

「えー僕が最下位? てかナリ君がこんなに強いとは思わなかった」

「確かにな。動きが半端じゃない」

 しかしこれだけの逸材なのになぜ町成は美術部に入ったのか。大将のように特殊な(本当に、極めてまれな事例)事情があるとも思えない。

 ……あ、よく考えたらうちの学校には卓球部がなかった。それでか。

「なんだか楽しそうだな」

 写真を取りに行っていた大将がいつの間にか戻っていた。

「途中から見ていたが、特に町成の動きは三人の中で群を抜いていたな。まさかここまで動けるとは思わなかった」

「でしょ? 大将もそう思うっしょ? って、大将?」

 道ノ倉の言葉を無視し、大将は町成の前に立った。

 男子の割には小柄な町成と、女子の割には長身な大将が一緒にいると、どうにも奇妙なバランスを感じてしまうのだが、それはさておき、大将は町成を見据えながら、きっぱりはっきりと言った。

「町成。一対一の勝負を申し込む」

「うあ、やっぱりそうくるか!」

 町成の代わりに道ノ倉が反応する。まあ、好戦的な大将の事だ。こう言い出すのは予想の範囲内ではあったが。

「ナ、ナリ君、先輩だからって無理にきく必要はないからね?」

「何を横からごちゃごちゃ言ってるんだ、ミチ」

「いやいや、大将、これは別に邪魔して言ってるんじゃなくて、純粋に心配してるんだよ、僕は」

「私の心配なら無用だ。エアホッケーで何を心配することがある?」

 言うまでもなく、道ノ倉の「心配」は大将の相手をさせられる町成の方をさす。が、道ノ倉にそれを訂正する度胸はないので、結局スルーされた。

「で、どうする? 気がすすまないなら無理強いはしないが」

 町成は大将の顔をじっと見上げると、やがてこくんと頷き、「やります」と答えた。




「……いや、まさかあんなオチになるとは僕は1%も予想できなかったわ」

「むしろ予想できる方がおかしい」

 ゲーセンの片隅に置かれたベンチに座りながら俺と道ノ倉はジュースを飲んでいた。

 大将と町成はゲーセンのスタッフに連れていかれてこの場にいない。

「だってありえないだろ。ナリ君の強力スマッシュをカウンターで打ち返したらパック破壊だぞ? 僕、エアホッケーのパックが真っ二つに割れるの初めて見るわ」

 大将対町成は、意外にも町成が優勢で試合が進んだ。

 と言うより、大将は古着屋で買ったスカートのせいで動きが制限されていた。

 町成の強力な攻撃の連続に、大将はほとんど防御に回り、そこから十分ほどのラリーが続いたのち、町成がとどめとばかりに放ったスマッシュを、大将は超反応レベルの速さで打ち返した。ここまでならば白熱した試合のワンシーンである。

 が、打ち返したパックはそのままコーナーに突き刺さる勢いでぶつかって、何故か宙に舞った。

 そのままパックはクルクルと回転して、落下と同時に真っ二つに割れた。

「しかし大将は本当に見ていて飽きないな。たまに心臓に悪いけど」

「あれでも悪気はないんだ。そう言ってやるな。あ、戻ってきた」

 向こう側から大将と町成がやってきた。

 大将は珍しく、肩を落としてしょげているようだった。

「もしかして、めちゃくちゃ怒られた?」

「いやむしろ怪我はなかったのかと心配されたし、パックも古いやつだったから弁償もしなくていいと言われた」

「店の人親切でよかったじゃん。なんで落ち込むことがあるんだよ」

「せっかくの勝負がうやむやで終わってしまった」

 道ノ倉の顔が引きつった。ある意味大将らしい言い分だが。

「……ところであかりたちは?」

「先に外に出てるって。他の子たちも一緒」

「なら待たせる訳にもいかないな」

 俺らは店員さんにもう一度挨拶をすると、入り口の自動ドアを抜けて外に出た。


 その時だった。




 耳を突き刺すような甲高い悲鳴が、辺りに響いた。

 声のする方向を見ると、うちの部の女子だ! 

 市原が道端でへたり込んでいるのを甲府が気遣っている。

「あかり、どうした!」

「ひったくり! あおいちゃんのバッグ盗られて、沙輝さきちゃんがそれを追いかけちゃった!」

 甲府が指した方向を見ると、走っていく志村の後ろ姿と、更にその先に市原の持っていたバッグを片手に全力疾走している男の姿が見えた。

「あいつか」

 言うや否や走り出す大将。

「え? いや、なんですぐ追いかけちゃうの?」

 そう言って道ノ倉まで追いかけはじめる。

 俺は落ち着くために深呼吸を一つ付くと、携帯から110番をかけた。

 市原の方は甲府が様子を見ている。あまりの突然の事に、相当怖かったのだろう。市原の顔からはすっかり血の気が引いていた。

 警察が来るまで俺はどうしていいものなのか。

 さすがに市原と甲府の女子二人と言う状況の中、放っておくわけにもいかないのだが、かける言葉が思いつかない。うっかり下手なことを言って傷つけてしまうのが怖い。


 って、「女子二人」?


「おい、町成は? あいつどこ行った!」

 思わず大声で言ってしまったため、市原がびくりと肩を震わせた。

「もう、ヤマさんったら」

「す、すまん。でもあいつはいつからいなくなったんだ?」

「私も見落としててごめん。あれ? と言うか、ナリ君いたっけ?」

「一緒にゲーセンから出たのは確かだ。それは間違いない」

 なら、どうしてここに町成はいないのか?

 遠くの方からサイレンの音が聞こえてくる。恐らく通報で駆け付けたパトカーだと思う。

 追いかけて行った連中はまだ帰ってこない。

 大将がいるから大丈夫だと思うが、そもそも窃盗犯の追跡なんて素人が軽々しくやるもんじゃない。犯人もそれを対策しているかもしれないし、武器を持ってる可能性もあるし。

 どのくらい時間がたったのか。恐らく何十分も経ってはないのだが、締め付けられるような緊張はしばらく続き、そろそろ様子を見に行くかどうか迷ったところで。

 犯人を追いかけて行った連中が、戻ってきた。

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