5-2 白猫とガンアクション
日曜朝。待ち合わせ二十分前。さすがにまだ誰も来ていない。
どうにも俺は待ち合わせや約束事をすると、早すぎる時間に来てしまう傾向がある。こんな早くに来ても退屈になるのは分かり切っているのに、だ。
待ち合わせ一二分前。最初に姿を現したのは黒い帽子に迷彩柄のズボンを履いた
「おはよう、町成」
「おはようございます」
「痣、ほとんど消えてるみたいだな」
「はい」
いつも通り町成は小声かつ淡々とした受け応えだ。常に騒がしい
助かるのだが、会話が全くと言っていいほど続かない。
「天気が良くて助かったな」
「はい」
そう、ここから先の会話が全然発展しないのである。
時期的に文化祭の話題を振るのが最適だと思うが、この話題は部活内ですでに出尽くしてしまって今さら話すことがない。おかげで今や部員全員の出し物と担当する作業も把握済みだ。
そうこう考えている内に、待ち合わせ七分前になり、ようやく
「あれ? 大将まだ来てないの? 珍しいな」
「本当だ。いつも早めに来る感じなのに」
大将は生真面目な性格なので、当然待ち合わせの時間もきっちり守るタイプだ。部活だって特別な事情がない限り遅刻することもない。
まさか、何かあったのだろうか。
などと考えていると、約束の時間ちょうどに背後から「待たせてすまない」と声がした。
「もー、大将。いつもより遅いから何があったのかと」
いち早く振り向いた道ノ倉の顔が引きつった。俺もつられてそちらを見る。
「いっ?」
一瞬で道ノ倉の心情が理解できた気がした。
「着替えに時間を喰ってな。何せこういう服を着たのは初め」
「ねーよ! いくら何でもその服はない!」
大将の言葉は道ノ倉の叫びによってかき消された。
それもそのはず、大将の服装は全身派手な黄色だった。
しかも、傍から見るとお笑い芸人がコントで着用しているような全身タイツ。いや、素材からしてこれはライダースーツか? バイク乗りが着るようなやつ。なんだか体型がくっきり表れるので艶めかしく見えるのだが。……って、何考えてるんだ俺は!
「ちょ、ヤマさん! いきなりビル壁にヘドバンかますのはやめて!」
「何でもない。ちょっと雑念を振り払っただけだ」
「いきなりやられると怖いから! それはともかく!」
道ノ倉は平静な態度を強引に取り戻そうとしながら大将の方を向いた。
「で、大将。その服はどういったコンセプトで?」
「コンセプトも何も、言っただろう? 従兄にもらった服だと」
「何者なんだよ、大将の従兄さん!」
「バイク関係のスタントマンと聞いている」
何でも聞くことによると、大将のその衣装はバイクのショーでコンパニオンさんが着ていたものなのらしい。
「だからって、そんなバナナみたいなやつ着るか!?」
「着て来いと言ったのはミチだよな?」
「う」
なんだかとてつもない屁理屈と言いくるめだと思うが、大将の睨みの前ではヘタレな道ノ倉に勝ち目はない。
「で、でも
状況に見かねた甲府が助け舟を出してきた。
「む。確かにここへ来るときやたらと注目されていたとは思ったが」
いや、その時点で気付かないことの方に俺は疑問を感じるのだが。
「だが、家に帰って戻ってる時間はないな」
「大丈夫。ここは私に任せて。今のファッションを生かした、簡単で値段もお手頃な方法を使おう。ね?」
そう言って甲府は、得意げににんまりと笑った。
女性陣が待ち合わせの場所の裏手にある古着屋へ入って十分。
「じゃーん。これなら全身バナナ色にはならないでしょ」
にこにこしている甲府の背後で、大将が居心地悪そうにそわそわしている。
大将はあの派手なライダースーツの上に薄手のジャケットとデニム製の四角い形のスカート(ボックススカートと言うのらしい)をはいていた。
「ワゴンセールだからめっちゃ安いの! 一枚五十円だよ五十円!」
なるほど他の色を組み合わせることによって全身の派手さを緩和することができるという訳か。単純だがいいアイデアだ。
「だがこのスカート、歩幅がかなり制限されてて動きにくいのだが」
「たまにはいいでしょ。だいたい喜衣乃ちゃんは普段から大股で歩きすぎ」
「う」
一瞬で大将を黙らせる甲府の話術が恐ろしい。
「じゃ、映画館行こっか」
そしてこの切り替えの早さである。
映画館はほどほどの込み具合だった。
「んーと、何見る? 今からだと三本やってるみたいだけど」
甲府が上映時間の表示された電光掲示板を見ながら言った。
うちの部の情けない所だが、こうしてみんなで遊びに行く際、「遊びに行く」と言う約束を取り付けても具体的に何をして遊ぶのかを全く決めていない。
今回の場合、映画館へ行くという目的はあっても何の映画を見るのかは全く決めていないし、そもそも今何を上映しているのかも知らない。つまり行き当たりばったり。
「今からの時間帯だと、『白猫館のラブレター』と『ミスターデンジャー』、あと『人狼塔からの脱出』の三本だね。どうしようかなー」
映画に行くという企画を立てた甲府ですらこれである。
「白猫館のラブレターって、どんな話?」
「猫カフェを舞台にしたラブコメ。原作は大ヒットした恋愛小説で、読んだことあるけど面白かったよ」
一年女子二人がポスターを見ながらあれこれと話している。
まあラブコメは個人的にパス、か。あまり興味のないジャンルだし、ポスターのデザインもどちらかと言うと女性好みな感じだし。
「うーん、ラブコメは今気分じゃないなー」
隣にいた道ノ倉も同意見のようだった。
「えー、ミッチー先輩はラブコメ否定派ですか?」
一年女子の一人、
「いや、否定ってわけじゃないけど、女性陣はみんなそっちに行きそうだから僕が行くと浮きそうだし。それに」
そう言って道ノ倉は一瞬だけもう一人の一年女子である
「……映画の出来が悪かった場合、藍ちゃんが「原作と違う」と色々文句言いそうで怖いんだよなあ」
「ああ、藍ってそういうの気にするタイプだから。わたしは平気だからフツーに観ますけど」
「え!? ちょっと、私そんなにめんどくさいですか!?」
ともあれ、残る選択肢は二つ。
「……ミスターデンジャーというのは? 道ノ倉、知ってるか?」
「ハリウッドお決まりのガンアクションだな。もうそろそろ公開終了のはずだから見るなら今かも。ただ」
「ただ?」
「僕、この映画、先月も見たんだよなあ」
「悪いが道ノ倉、お前の事情はどうでもいい」
まあ、アクション映画なら退屈せずに済むだろう。
「えー、ヤマさん冷たいー」
「子どもか。お前はあともう一つのやつを見ればいいだろ」
「もう一つのやつって、人狼ナントカってやつか」
そう言いながら脇に張ってあるポスターを見る。なんか、ヨーロッパにありそうな石造りの建物の脇に統一感のない老若男女の顔が十人ほど浮かび上がっている。キャッチコピーは『疑心暗鬼遊戯の最高峰』。どう見てもホラーである。道ノ倉の顔から一気に血の気が引いていた。
「無理! 絶対無理!」
「一応対象年齢十五歳以上ってなってるな。……あらすじは、殺人鬼のいる塔に閉じ込められた男女十人が命がけの脱出ゲームに」
「あらすじ言うのやめて! それだけで夜眠れなくなっちゃうから!」
「ミチ、うるさい」
横から大将がたしなめる。
結局、甲府と一年女子二人が白猫館、俺と道ノ倉と大将がミスターデンジャーを見ることになった。
「って、ナリ君は? いつの間にかいないんだけど!」
志村の声でようやく気付いたが、周囲を見ても町成の姿がどこにもいない。
「どこ行っちゃったんだろう? まさかはぐれたとか?」
「子どもじゃあるまいし。いや、でもナリ君って小動物っぽいしなー。うっかり悪い人に絡まれてるとか」
「沙輝ちゃん、縁起悪いことを言わないの!」
とはいえ、探しに行くにも上映時間まであまり余裕はないようだ。下手に動こうとすると行き違いになる恐れもある。
「電話は?」
「映画に行くって時点で切っちゃってるみたい。とりあえずチケットだけでも買っておく?」
が、町成がどっちの映画を見るのかがさっぱり分からない。騒がしそうなのが苦手な感じがするから白猫館の方が好みそうな気がするが、かといってラブコメをすすんで観るタイプにも見えない。
仕方なく、町成の分は本人が来てから自分で買わすことにし、俺たちは俺たちでチケットを買うことにした。一人だけ席がバラバラになってしまうが、まあ、厳しいことを言えばいない奴が悪い。
俺たちの席は比較的中央寄りのいい席が取れた。まあ、公開終了の誓い映画で人が少ないのだろう。白猫館組は隅っこの方の席しか取れずに気の毒だったが。
「あ! ナリ君! ナリ君戻ってきた!」
上映時間間近になってようやく、彼が姿を現した。
「ナリ君、どこ行ってたの!」
「ストラップの金具落として、探してて」
志村のヒステリックな剣幕にたじろぎながら町成が事情を説明する。
「まあそれは後! もう時間内から先行っちゃうよ。ナリ君も見たい映画のチケット買いに行きなよ。席、バラバラになっちゃうけど。はい、これナリ君の割引券」
「あんまり時間ないから早くねー」
町成は頷いてから上映時間の表示された電光掲示板を見る。
それから彼がチケット売り場の列に並ぶのを見届けてから、俺たちは指定の席へ着いた。
映画はまあ、道ノ倉の言ったまんまのハリウッドお決まりのガンアクションだった。
劇的に面白いという訳でもなく、まあ暇つぶしにはなるかと言えるくらいの。ラストで大爆発が起きるのもお約束だったし。
スタッフロールを見終え、三人で外に出るとロビーのソファにはすでに町成がいた。心なしかとても機嫌がよさそうに見えた気がしたが、俺たちの姿を見るとすぐにいつもの無表情に戻った。
「あれ? ナリ君一人? 他の女子は?」
道ノ倉の問いに町成は首を横に振りながら「まだです」と答えた。
「てか早いね?」
「スタッフロールは見ても分からないので」
ああ、たまにいるな。映画のスタッフロールは見ないタイプ。まあそれをとやかく言う事でもないが。
さらに五分ほどして、残りの女子が戻ってきた。
少し夢見がちな表情の甲府に、号泣している志村、そしてそれをなだめる市原。
「ラストの空き地のシーンが! ほんと、マジ、奇跡で、もう!」
「原作だと公園なんだけどね。とりあえず泣き止もう? ね?」
本当に後輩女子二人は性格が対照的だ。
「なんかああいうの見てるとものすごく面白かったように見えるよなー」
「何だミチ、やっぱり猫の方が見たかったのか? なら一人だけ映画館に残って次の上映時間を待つか?」
「ちょ、大将、何気に酷くね?」
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