3-3 エゴに折れる
「……え?」
この状態をどう説明したらいいのか。
床に散乱した何十枚もの紙を、ミッチー先輩とヤマさん先輩が(本名・
と思ったら、私のすぐそばでナリ君が突っ立っていた。何故かシュレッダーのゴミ箱を抱えながら。
「何やってるの、ナリ君?」
「シュレッダー使わせないようにしてる」
「なにそれ」
いや、確かに美術室にあるシュレッダーは専用のごみ箱をきちんとセットしないとスイッチが入らないようになっているのは知っているけど、なんでそうしているのかが分からない。
「で、なんで藍が泣いているわけ?」
わたしは藍にそのまま駆け寄った。
藍は必至で泣き止もうとしているが、まだまともに喋れる状態じゃない。代わりにあかり先輩が答えた。
「私も直接見たわけじゃないんだけど、藍ちゃんが漫画をシュレッダーにかけようとしていたみたい」
「え?……ええ!?」
漫画って文化祭に出す例の漫画? だって藍、一生懸命描いてたじゃん。頭が付いて行かない。
「らって、あだ、じのあんが」
「ごめん藍、何言ってるのか分からない」
どうしよう、更に泣きだしてる気がする。
「これでもさっきよりは落ち着いた方なの、一応。さっきまで自暴自棄で暴れてたんだから」
「は?」
あかり先輩、今とんでもない事をさらりと言わなかった?
いやだって、生真面目な藍がだよ? 暴れるという時点でエイプリルフールレベルのネタだよ?
「あかりちゃんの言う通りなんだよ」
ミッチー先輩が横から声をかけた。すでに床の片づけは終わったみたいだ。
「ご、ごべんだざい」
「あ、いいよ藍ちゃん。僕ら全然気にしてないから。だけど自分が頑張って作った物を捨てようとするのは禁止な」
ミッチー先輩の言葉に藍は更に泣いた。「ごめんなさい、ごめんなさい(と言ってると思う)」を繰り返しながら。
「だけど、一体どうして
そういったのはヤマさん先輩だ。わたしは「でもいくらなんでも」と言いかけて、ふと今朝の事を思い出した。
確か自分の作品に自信がないって言うから、私が「一度友達に見せたら」って返して、それからそれから。
「……もしかして、わたしのせいかも」
「え?」
でも藍を直接泣かしたのは誰? こんな風になるほど酷い事を言うような最低な奴は一体誰?
見つけたらガツンと言ってやらないと。
うん、絶対にこんなのは許しちゃいけない。犯人を探しに行かないと。
「あ、ちょっと
あかり先輩の制止を無視し、私は美術室を飛び出した。
美術室を飛び出したはいいが、一体どこへ行けばいいのか。藍のクラスが何処だったかさっぱり思い出せない。一学年がA~Iまであり、クラスによって校舎がバラバラなので自分以外のクラスがどの校舎にあるのかも全然知らなかったりする。
……うん、ほら、わたしって考えるより前に行動しちゃうタイプだから。
と言い訳しても仕方ない。行動に移ったら次に考えればいいだけの話だし。
あ、と言うかさっき
わたしはそのまま図書室へ向かい、郷田さんを探す。
入り口正面から見える大テーブルにはいない。奥の方を探す。
本棚の死角にある個別スペースに、郷田さんと、名前知らない連れの女子がいた。
二人して何かに集中しているみたいだけど、意を決して話しかける。
「郷田さんだよね?」
「はい?」
郷田さんが振り返る。やっぱり声かけた事が邪魔っぽいのか不機嫌そう。
「てか、誰?」
「一年G組出席番号十四番、
「藍?」
藍の名前を聞いて郷田さんは眉間に皺を寄せた。
「実は美術室で藍が大変な事になっちゃって。どう言う事情か聞かせてくれる? なんか漫画をシュレッダーにかけようとしたり大暴れしたり大泣きしたりで大変だったんだから」
「はあ? それをうちらのせいにされてもマジ困るんだけど!」
「むしろこっちが被害者なんだから。あの子本当に意味わかんない」
横にいた連れの女子も郷田さんに同調する。あれ? なんだこのリアクション。なんか思ってたのと違うんだけど。
「あのさ、別に私は誰が悪いとかじゃなくて、どうして藍がああなったかを知りたいだけなんだけど」
もしかしたらわたしのせいかもしれないし。と、これはややこしくなりそうだから黙っておいた。
「こっちが聞きたいわ。放課後にオリジナルの漫画持ってきて忌憚なき感想聞かせてって言うから、こっちは読んで感想言っただけなのにいきなりキレるし」
「そうだよ。原稿ひったくって怒鳴ったのにはドン引きだったわ。友達としてあれはありえなくない?」
ますます意味が分からないリアクションだ。もしかして、いやもしかしなくても藍がああなった騒動の原因って郷田さんたちとひと悶着あったから……?
大体友達だったらいつもと様子が違ったら普通は心配するもんじゃないの? まるで藍の事を悪く言っているようなのもなんかおかしいし。それともわたし、何か間違ってる?
苛立ちを必死で抑えながら、わたしはひるまず話を続けた。
「原稿って、藍が部活で文化祭用に描いたやつだよね?」
「らしいね。本人そう言ってたし」
「もしかして、ボロカスにけなしてキレられたとかそういうのじゃないの?」
「全然! 藍の絵がうまいのって同じ部活のあんたならわかるでしょ?」
それもそうだ。もちろん批評のプロ(皮肉)である
「じゃあ何て言ったの?」
「萌えが足りない」
「は?」
あまりの意味不明さに思考が止まった。と言うか、モエって何? 美術用語にあったっけ? 国木田先生もそんなこと言ってた覚えないし。
混乱している私をよそに、郷田さんは続けた。
「てかぶっちゃけヒロインがいらないんだよね。いっそ男にして三角関係にすればよかったのに」
「は?」
「そうだよね。正統派で行くなら主人公と従者が鉄板に見えるけどとってつけたかのようにあの女ヒロインが邪魔しているようにしか見えないもん」
あれ? 言っている意味が全然分からないんだけど。
てか、藍の漫画ってそんな話だっけ? 魔法の国の王子が従者と協力してヒロインを助け出す話であって、三角関係なんて話は全然なかったはずだ。大体助けに行くヒロインがいなければ話自体成立しないのに、「ヒロインが好みじゃない」ならまだしも「いらない」とか「男にすれば」という発想が何処から出てくるのか。
「……あの、それ、本当に藍が描いたやつ? 王子が主人公の」
「そうだけど?」
だから何? と言わんばかりに郷田さんはしれっと答えた。
「てか、あんたも美術部なら妄想を理解して当然でしょ。藍だって同類のヲタなんだから。うちらに萌えを提供してなんぼじゃん。どうせ美術部ってそう言ったヲタの集まりでしょ?」
なにそれ。
郷田さんの言っている妄想とかモエとかヲタとか言う単語の意味は分からないけど、ムカついていい事は分かった。
この人の言い分は、例えば山の絵を描いたら「私は海の絵の方が好きだから」とくだらない理由で全否定しているのと同じじゃないか。海の絵を描いてほしいと言われたならともかく、これじゃただの個人的なわがままじゃないか。
それでいて、自分の言い分が正しいのが当たり前のように言ってるんだから腹が立つ。
「あんたたち、最っっ低だ」
「は? 何いきなり喧嘩売ってるわけ?」
「それが分からないならもっと最低だよ!」
怒鳴ると同時に私は彼女らが使っている机を思いっきりぶっ叩いた。手がじんじんするけど、構うもんか。
「ケンカ売ってるのはどっちだ! 藍やうちらが一つの作品作るのにどんだけ苦労してるか考えたこともないだろ!」
どんな作品にしようか考えて、描いては行き詰まり描いては行き詰まりを繰り返して。
特に藍は人一倍頑張っていた。漫画の演出面はミッチー先輩からたくさんアドバイスをもらっていたし、アクションシーンは
そんな努力を知ろうともしないで、自分たちの勝手な要求を押し付けて、それでどうして友達面ができるの?
「アンタらの妄想? そんなの知った事か! うちらを、美術部をナメんなぁ!!」
「ちょ、何よ、こいつ!」
「誰か! 誰か来て!」
郷田さんたちが悲鳴を上げた。
しまった、ここ図書室だった。気づいた時には遅かった。あっという間に図書委員らしき人たちが飛んできて、わたしは取り押さえられると、そのまま引きずられるように連行されて、入り口からぽいと放り出された。
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