第51話:パン

「また遊びにおいで」

「はい。また来ます」

「にゃー。酒飲み過ぎるにゃよぉ」


 これは……通訳するべきなんだろうか?


「はは。どうせ酒を飲むなとか言ってんだろう」

「あー……似たようなものです」

「ちっ。やっぱりな。コポトもそうだったんだ。帰ってくるたび、酒は控えろって。……ま、俺もそろそろ歳を考えるか」

「そうしてください。長生きしないと、コポトが悲しみますよ」


 ゴブリンキング退治から半月。

 ずるずるとお世話になりっぱなしだと、ここを離れるのが寂しくなるので出発を決意。

 ムジークの町に寄って、それから迷宮都市へと戻ることにした。


 この数日で森を散策し、召喚士として新しく習得したスキルに磨きをかけた。

 従魔同期のスキルは、にゃびの身体能力を俺自身にも宿すという効果がある。

 暗視はもちろん、聴覚もよくなるから、俺自身がそれに慣れてないとビックリしてしまう。


 残念なのは、同期していてもにゃびの攻撃スキルが使える訳じゃないってこと。

 ただにゃびの行動が手に取るように分かるという、十分過ぎるメリットがあるから連携がとりやすい。

 

「じゃ、まずはソワーズの町へ行って、そこから乗合馬車だな」

「馬車って考えると、ちょっと憂鬱ねぇ」

「じゃあ歩いて移動する? 俺はそれでもいいよ」


 そうなるとブレンダの故郷までも、徒歩で十日は掛かってしまう。

 そんな話をしていると「やっぱり馬車」という結論に至る訳だ。


 ソワーズからラッシャまで馬車で移動。

 徒歩でムジークへと到着すると、ブレンダの実家へと足を運んだ。

 

「ん~、いい香りがするわね」

「ほんとだ。もしかして店を開くために、新メニューを考えているとか?」

「ううぅ~んにゃあ~」


 自然と俺たち三人は、鼻で大きく息を吸った。

 焼き立てのパンのニオイ、というのは分かる。


 戸をノックすると、暫くして男の子が出て来た。


「あ、この前の猫のお兄ちゃんたちっ」

「ね、猫のお兄ちゃん?」

「にゃ~」


 にゃびを連れているからなのか、にゃび自体のことなのか。

 

 確かダスティ君だったな。


「お母さんかお父さんは?」

「うん、いるよ! 今ね、新しいパンの開発中なんだ」

「お、やっぱりそうか。凄くいいニオイが外まで漂ってきてるよ」

「でしょ? お母さんのパン、凄く美味しいよ!」


 そう言うと、ダスティは家の奥へと駆けて行った。


「おかぁーさーん。猫のお兄ちゃんたち、来たよぉー」

「まぁ!? まぁまぁっ」


 パタパタと足音がして、ブレンダのお母さんがやってきた。

 手や顔、エプロンのいたるところが白くなり、パン造りの真っ最中なのが分かる。


「まぁまぁ、ようこそ。ここへ寄ったってことは、迷宮都市へ戻られるの?」

「こんにちは、フレアさん。はい、用時も済みましたし、また迷宮都市で腕を磨こうかと」

「おぉ、ロイドくんじゃないか。久しぶりだねぇ」


 ロディさんもやって来て、ブレンダの家族が集合した。

 フレアさんと違い、ロディさんはエプロンをしていないし白くもない。

 だけど袖捲りをし、汗ばんでいるようだ。

 力仕事でもしているのかな?


 怪訝に思ったのが見透かされたのか、ロディさんが頭を掻きながら「実は──」と口を開く。


「大通りの端っこの方なんだけどね、乗合馬車の停留所近くの空き店舗を買うことが出来たんだよ」

「え、じゃあさっそく店を!?」

「まぁ、まだ暫く先だよ。内装の改築が必要だからね。ただ元々そこは小さな食堂で、立派な竈があるんだ」

「じゃあ大々的な改装は──」

「パンを並べるためのカウンターぐらいかしら」


 とフレアさんが答える。

 それだとお店のオープンは、そう先ではなさそうだな。


「でもねぇ、その場所、おっきくて綺麗なお店があるんだ」


 ダスティが少し不安そうに言う。


「もしかして食堂?」


 そういえば小奇麗な建物があったような?

 

「元の食堂も、そのお店に客を取られたとかで辞めちゃったみたいなんですよ」

「それは……」

「でも、停留所の近くでしょ? パンだったら馬車の中でも食べれますし。それに徒歩で町を出る人だって通る場所ですもの」

「大通りといっても町の端──とはいえ、周りに住宅がない訳じゃないからね」


 それはそうだ。

 その場で食べることはもちろん、あとで食べるという点ではパンは最強だ。

 きっと大丈夫。凄く美味しいパンだったから。

 

「そうそう。新メニューを考えたんです。よかったら試食して、感想を聞かせて貰えないかしら?」


 そんなの──


「「もちろんです」」「にゃあ~」






 昨日は試食のパンを食べまくった。

 米粉がメインだったけど、小麦のパンも用意してあった。

 

 最初は十種類ぐらいのパンで店を開こうと思っているそうだ。

 

「二人とも、忘れ物はないか?」

「大丈夫」

「オッケーにゃあ~」

「じゃ、ロディさんの家に行くか」


 今日は町を出発する。その前に、焼き立てのパンを貰うためにブレンダの実家へと寄った。


「おはよう。ちょうど用意できたところだよ」

「おはようございます。朝ごはん抜いてきて正解でした」

「ははは。ここで食べていくかい?」

「はい! お願いしますっ」


 俺たちはブレンダの家で朝食をご馳走になった。

 ダスティも一緒だ。


 ご両親がブレンダの死を知って数日後、二人はダスティにも伝えたそうだ。

 そしてこの町の墓地に、彼女の墓を立てた──と。

 墓を立てるためには、本当のことを伝える必要があったから……。

 最初は泣いていたらしいけど、今は……どうかな。

 泣くのを我慢している様子はない。だからといって吹っ切った訳ではないだろう。

 姉の死を受け入れた。

 ただ、受け入れただけなんだ。


「さぁ、お昼はこれをどうぞ。それとこっちが……」


 パンの入ったバスケットを、フレアさんが用意してくれた。

 それとは別に布で包んだ米粉パンもだ。


「はい。必ず届けます」


 これはブレンダの分。


「ごちそうさまでした。お店、絶対に繁盛しますよ」

「ふふ、ありがとう。近くに寄ったら、また来てね」

「はい、必ず」


 また温かいパンを空間収納袋に入れ、俺たちはムジークの町を出発した。

 目指すは箱庭の迷宮都市フリーンウェイ。

 俺たちにとって始まりの地だ。

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