第50話:ケットシー

 昼間の間にゴブリンの巣穴を探し出し、夜は松明で明々と照らしてゴブリンを逃がさないように見張った。

 ゴブリンキングを倒した俺たちが入口を見張っているからか、あいつら、まったく出てこようとしない。

 奴らの活動時間である夜の間も、巣穴の中は静かなもの。

 そして朝を迎え、昼を過ぎた頃──


「ここがゴブリンの巣穴か?」


 町からゴブリン退治の冒険者がやって来た。

 人数は二〇人ぐらいか。


「村の方で話は聞いた。ゴブリンキングを倒したんだって?」

「あ、あぁ」

「ってことは残ってるのは雑魚だけかぁ。気合入らないなぁ」

「雑魚だからって残しておくと、確実に、今度は村人を襲うことになるんだぞ」

「あー……それはマズいよな」


 ゴブリン退治にやって来た冒険者たちは、ここで暫く休憩してから中へと入っていった。

 俺たちは巣穴から一匹も逃がさないようにここで待機だ。


 何匹かが巣穴から逃げ出そうとした。

 でもただのゴブリンだ。

 巣穴から出るよりも先に、ルナの弓矢によって倒れた。


 陽が暮れる直前には、中へ入っていた冒険者たちが出て来て──


「一掃完了、だ」


 ゴブリンの件は、全部片付いた。






「いやっほぉー!!」

「これで夜も安心して眠れます。みなさんのおかげですよ」

「いやいや、俺たちは残り物の処理をした程度だ。それに、ゴブリンの巣穴一掃ってのは、意外と美味しいんだぜ」


 そう。ゴブリンの巣穴を見つけて、一掃するというのはなかなか実入りがいい。

 あいつらは光物が好きで、どこからか拾って来た宝石の原石なんかを溜め込んだりしている。

 鉱石もある。

 金貨や銀貨を貯め込んでいる場合もあった。


 今回の巣穴は、ゴブリンキングにまで進化した奴がいた巣だ。

 中に入った冒険者が出て来た時、結構な戦利品を担いでいた。

 俺たちも一部を貰って、懐がほくほくだ。

 だから中堅、それより一歩手前ぐらいの冒険者なら、ゴブリンの巣穴討伐依頼を喜んで受けてくれる。


 夜遅くまでどんちゃん騒ぎは続いた。

 誰も咎める人はいない。


「これ、明日が大変ね」


 笑顔で呆れたようにルナが言った言葉は、まさにその通りになった。

 翌朝にはあちこち、酔い潰れて眠ってしまった村人、そして冒険者が転がっていた。


「酒くさいにゃあぁぁぁ」

「うぅー……にゃ、にゃびが一匹、にゃびが二匹……どうなってんだ?」

「おいにゃ、影出してないにょに」

「コスタカさん、気をしっかり。ただの二日酔いです」


 コスタカさんまで……。町に戻るのは明日かなぁ。

 

 あんだけべろんべろんになってた冒険者たちは、寝て起きるとピンピンしてソワーズの町へと戻っていった。

 ゴブリンの巣穴の報告もあるから、と。


 その翌日、酔いがすっかり醒めたコスタカさんと一緒に、笑顔で手を振る村の人たちに見送られてポポロの町へと出発した。

 

「お前たち、すぐに行くのか?」


 コポトの故郷ポポロの町へと到着してすぐにそう尋ねられた。

 迷宮都市へは戻るけれど、今すぐじゃなくてもいい。

 にゃびがこの町のことを懐かしんでいるようだし、もうしばらくここにいるかな。


 そう話すと、コスタカさんも喜んだ。


 町へいる間に、コポトの墓を立てた。

 にゃびがどうしても花を植えるんだって言って、それで何故か近くの森へと入った。


「おいにゃとコポトが出会ったの、この森にゃよ」

「ふぅーん。ネコマタって群れで暮らしてないのか?」

「仲間と一緒に暮らしてるにゃよ。けど……おいにゃは里を出たにゃ」

「え、なんで?」


 家出?

 いや、猫が家出とかするもんだろうか?

 おっと、訂正。

 モンスターが家出とかするもんだろうか?


「里を救うため……。おいにゃたちネコマタの里を、本来あるべき場所に戻すためにゃ」

「もど、す? 今は本来とは違う場所にあるってこと?」

「にゃあ~」


 返事だけしてにゃびは歩き出す。

 少し進んだ先で花を見つけると、尻尾を振りながら俺たちの方へと振り返った。


「あの花が欲しいってことかしら?」

「みたいだ。まさか花を植えるって、種のことじゃなくって花そのものなのか」


 スコップはないので、仕方なく短剣でほじくって花を土ごと採取。

 一株にたくさん小さな花をつけている。色は薄い青だ。


「これ、ブルーメモリーっていう花よ」

「へぇ。小さくてかわいい花だな」

「花言葉は『たくさんの思い出』『楽しい思い出』にゃ」


 にゃびが言ったことをルナに通訳すると、彼女は「だからなのね」と呟いた。


 この森で少年コポトと出会い、きっとたくさんの思い出を作ったのだろう。

 外套に花を包んで、それをコポトの墓の周りに植えてやった。

 淡い青色をした小さな花が、立てた十字の周りを彩る。


「おいにゃたちネコビトは、元々こことは違う世界──幻獣の世界で暮らしていたにゃ」


 にゃびはコポトの墓の前で、そう語り始めた。 

 何百年か前に、この世界で大きな戦争があった。

 その時、強い力を持った召喚士が、一度に大量の魔獣を召喚出来るようにと魔法の実験を行い──失敗している。


「おいにゃたちネコビト族の一部が、この世界に召喚されたにゃ」

「じゃあ、本来あるべき場所って……」


 にゃびは頷いた。


「けど召喚士は死んでしまって、幻獣の世界の扉は閉まってしまったにゃ。元の世界に戻るには、ネコマタが進化するしかないのにゃ」


 ネコマタの進化……それは──


「おいにゃ、ケットシーになりたいんにゃ」


 にゃびはそう言って、ニィっと笑った。

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