第36話:凱旋

「重傷者の手当てを優先させろ!」

「ポーション余ってる奴はいないか!?」

「軽症者は応急手当だけで我慢してっ」


 全てが終わると、魔法陣が使えるようになっていた。

 二十人全員、誰も欠けることなく地上へと出た俺たちの目に飛び込んできたのは、地獄のような惨状だった。


「ルナ、にゃび、休んでいてくれ。俺、怪我人の治療をしてくるから」

「あんただって疲れてるでしょ!?」

「魔力切れ起こすまで、出来るだけのことはやるよ」


 担いでいた荷物・・を下ろして身軽になる。


「おいにゃ、マッサージするにゃ」

「もうっ。応急手当なら私も出来るからっ」


 俺たちはすぐに怪我人の下へと駆け寄り、それぞれやれることをやる。

 魔力切れを起こしそうな神官には、にゃびがマッサージ。もちろん事前に説明しなきゃならない。

 気づけばさっきまで一緒に戦っていた人たちも、怪我人の手当てを手伝ってくれていた。


「お、おいお前たち……そ、その首はもしかして」


 ある冒険者が気づいた。

 毛布で包んだモンスターの首に。

 

「モンスターパレードを率いていたネユニークモンスターの首です」


 俺がそう答えると、信じられないといった様子で彼はフロイさんやジンさんを見た。

 彼らと、共闘した人たちが全員頷く。


 暫く沈黙が流れ、誰かがぽつりと言った。


「やった」


 その一言がきっかけとなって、大歓声が上がった。


「ちょ、治癒が終わるまではしゃがないでくれよ!」

「あっはっは。あぁー、いてぇ。マジいてぇ」

「信じられないわ。モンパレが発生して、たぶん一日も経ってないでしょ?」

「喜ぶよりも先に、治癒おぉぉぉぉーっ」


 俺の叫びは笑いでかき消され、必死にプチ・ヒールをしながらも自然と笑みがこみ上げてきた。


 俺たち……やったんだな。


 その場にいた怪我人の治療が終わった頃、安全地帯に避難していた冒険者が続々とダンジョンから帰還した。

 被害はどのくらい出たのか……それは入り口で屋台を開いていた商人によって判明した。

 ダンジョンに何人入って行ったのか、数えていた人がいたんだ。


「戻って来ていないのは、九八人だ」

「そんなに!?」

「何言ってんだ坊主。この程度で済んだのが奇跡だぞ。二八年前に、東のバルトン迷宮で発生したスタンピードじゃ、迷宮近くの街や集落にも被害が及んだんだ。あんときは千人近くの死者が出たはずだぜ」


 それに比べれば……か。


「今回のスタンピードの先頭は、地下三階にいたそうよ。あと数時間で地上に出ていただろうって」

「あいつにゃ、道を知ってるみたいで真っ直ぐ地上を目指すにゃし、移動速度も速いから厄介にゃよ」

「スタンピードが押し寄せて来てない階層も、普段よりモンスターが各段に増えてたって。さっき帰還した冒険者がいってたな」


 半日程度で食い止められたのは、本当に奇跡だったのかもしれない。


 怪我人の治療、生存者の捜索で、俺たちはここに残った。

 共闘した人たちも一緒だ。

 亡くなった人の遺品も回収し、三日後にようやく箱庭の迷宮都市フリーンウェイへと帰って来た。


 そこで俺たちを出迎えてくれたのは、街の住民に冒険者、そして大歓声だった。


「スタンピードを止めた英雄の凱旋だぞ!」

「よくやったーっ」

「ありがとう! ありがとう!!」


 一歩進むごとに、いろんな人から肩やら頭を叩かれる。撫でる人までいた。

 にゃびは子供たちに大人気だ。本人はしかめっ面で、遂には背の高いジンさんの頭によじ登って避難してしまった。


「ジ、ジンさん、すみません」

「あっはっは。いいよ、別に。だいぶん毛を毟られていたな」

「うにゃあぁぁ」


 そのままもみくちゃにされながら、俺たちは冒険者ギルドの前にある広場へと到着した。

 あれは……お立ち台?


「さぁ上って上って」

「え? え? あの?」

「さぁ早く上がってこいよ」


 広場も中心に造られた大きなお立ち台の上には、ギルドマスターがいた。

 これからいったい、何が起こるんだ?

 全員がお立ち台に


「フリーンウェイの住民、そして冒険者たちよ! 発生から僅か半日でスタンピードを鎮静化したのは、ここにいる二十人の冒険者だ」

「「うおおおおぉぉぉぉぉーっ!!」」


 つまりこれは、俺たちのお披露目式?


「俺が知る限り、これほどまでにスタンピードが早期終息したことはない! ギルド設立以降、この三百年の間で最速記録だろう!!」


 ギルドマスターが声を上げるたびに、歓声が沸き起こる。

 そのたびに、俺たちは凄いことをやり遂げたんだなという自覚が湧いた。


 けれど……


「だが我々は忘れてはいけない。今回のスタンピードで命を落とした冒険者がいたことを──」


 沈黙が訪れる。


 そう。どんなに早く終息しようが、最速記録だろうが、犠牲になった人は確かにいる。

 それを、決して忘れてはいけない。

 だからなのか、ギルドマスターは亡くなった冒険者の名前をひとりひとり読み上げて行った。


 ダンジョンに入る時にはギルドに申請する。

 それはこういう時のためだって、隣でフロイさんが教えてくれた。


 名前が呼ばれたのは九四人。屋台の商人が数えていた人数と合わない?


 いや、そうか……ギルドに申請せずにダンジョンの中に入ったパーティーがいるんだった。

 名前を呼ばれなかったのはルイック、バーリィー、ライザ。そしてブレンダの四人だ。


 死んだことすら誰にも知られることなく、ダンジョンの肥やしになるだけ……。

 俺も冒険の途中で命を落とすかもしれない。

 だけど、誰にも気づかれずに死ぬのは嫌だな。


「彼らの魂が、穏やかでいられるようにみんなで祈ってやって欲しい」


 そうして全員が目を閉じ、彼らが穏やかに眠れるように冥福を祈った。


「さぁ、湿っぽいのはここまでだ! も一度この若き英雄たちを称えようではないか!」

「「おおおぉぉぉぉぉぉぉ!」」


 ギルドマスターの号令と共に、大歓声が湧き上がる。

 その歓声は地鳴りのようにも聞こえ、思わず肩を竦めて苦笑いを浮かべてしまった。

 そこへ突然、後ろから押し出される。


「スタンピード終息への、一番の立役者は彼だ!」


 ぐんっと視線が高くなる。

 

「お、おわっ。フロイさん!?」

「ロイド君。君こそが今回もっとも貢献した者だ。そうだろう、みんな」

「あぁ、そうだ」

「異議なしです」


 俺はみんなに担ぎ上げられ、圧倒的な大歓声を一身に受けることとなった。

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