第33話

「や、やった……やったぞ」

「俺たち、生き延びたんだな」


 プチ・ブレッシングを付与していたとはいえ、みんな疲れ切っている。

 それでも無事に安全地帯までたどり着いたこともあって、その表情は明るかった。


「ロイド、あの女の人……」


 ルナが傍にやって来て、寝かせられたブレンダを見た。

 酷い姿だ……太ももから先は……もう、ない。


「ロイ……ド……」


 呼ばれて、彼女の傍らに膝をつく。


「あいつ、らは? ルイ、ックは?」

「ここにはいない。でも途中で誰のものかもう分からない肉片がたくさん転がっているのを見たよ」


 今思えば、二発目プチ・ファイアストームの時に聞こえた悲鳴は、ライザのものだったのかもしれない。

 ブレンダが喰われている隙に、自分たちだけは逃げた。

 だけどその先にもモンスターはいて、結局三人は……。


「そう。ふふ、ふふふ。ざまぁ、みろってやつ、ね」

「そうだね」

「あんなに、助けてって……言った、のに……わたしたち、が、見捨てた、ロイドだけが……助けてくれた、なんて……」

「別に助けたかっら訳じゃないよ。でも俺、ルイックたちのようにはなりたくなかったから」


 だから助けたんだと話すと、ブレンダは笑っていた。


「この……スタンピード、ね。たぶん、わたしたちの、せい、なの」

「え? どういうことなんだ」


 ブレンダは息も絶え絶えに、それでも必死に話してくれた。

 彼女の痛みが少しでも和らぐよう、そして最後まで話を聞くためにプチ・ヒールを何度も何度も重ね掛けする。


「登録を……んぐ……登録を抹消されてから、わたしたち……ルイックの顔見知りの紹介で、裏ギルドで、仕事を紹介、して貰ったの」

「裏ギルド?」

「あぁ、裏ギルドってのは、冒険者ギルドの規約に違反して登録を抹消されるような、とにかく素行の悪い連中に仕事を紹介してる組織だ。冒険者ギルドでは請け負わないような、ヤバい仕事でも引き受けるって話だよ」

「そう、ですか。ありがとうございます、ジンさん」


 その裏ギルドで、ルイックたちは仕事を依頼された。


「モンスターを……引き寄せる、薬……その新薬が出来たからって。従来品と、新薬……効率は、どれくらい違うのか、検証……だったの」

「モンスターを引き付ける薬? そんなものが……」

「あるわ。数種類の薬草と、モンスターの臭い袋で作るって聞いたことがある」


 隣でルナがそう言い、昔は不猟が続くとそれを使った狩りをしていた時期もあったらしい。


「でも量を少しでも間違うと、集まり過ぎて危険だって。それで私が生まれる少し前には、使用を禁止したのよ」

「裏ギルドではそれを使って狩りをしているのか……」

「そう、みたい……でね……ルイックが……あのバカが、物足りないって言いだして」

「まさか薬の量を増やしたんじゃ!?」


 ルナの言葉に、ブレンダは頷いた。

 そして大量のモンスターが集まって来て、彼らは逃げ出したと。


「ダンジョンに逃げ込めば、着いて来ないと思った、の。でも違った……」

「ダンジョンにって、入口には冒険者や屋台を開いている商人がいただろう!?」

「そう、いた。いたわよ……うっ、うぅ……」


 トレインに巻き込まれたとなれば、きっと……被害が出ているだろう。


「薬によって極度の興奮状態にあった地上のモンスターが、大量にダンジョン内に入ったのね」

「にゃびやリアックが言っていた話に繋がるってことか」

「わたし、たちを……追いかけて、中まで入って来たモンスターを……地面が、まるでスライムみたいに……飲み込んだ、の。その中でモンスターは……混ざり合って。かはっ」

「分かった。もういいよブレンダ。その先は分かってるから」


 混ざり合った地上のモンスターが、ダンジョンモンスターとして湧き始めた。

 本来の秩序に反したこの現象は、スタンピードを引き起こす引き金になったんだ。


「ごめん……ごめんなさい……」

「話してくれてありがとう、ブレンダ。体中が痛むだろう、本当によく話してくれたね」

「もう、もう、それしか……出来ない、から」


 彼女の罪が許される訳じゃない。

 だけどブレンダは死ぬ。俺やミーンさん、安全地帯ここにいる神官職が全員で治癒スキルを使っても、もう助からない。

 

「ね、ロイド……あなたを見捨てた私が、こんなこと……頼んじゃダメだって、分かってる。でも……」

「うん。冒険者の俺に出来ることがあれば言って」

「あなたって、お人好し、よね。でも、本当に、ありが、とう。ギルドに預けてる、わたしのお金……実家に、届けて、ほ、しぃ」

「分かった。届けるよ」


 そう返事をすると、彼女は穏やかな笑みを浮かべた。

 今までブレンダの、こんな笑顔は見たことがない。

 気が強くて、いつも傲慢な態度だった彼女が、こんなに優しく笑えるなんて知らなかった。


「ダスティ……絵本、たくさん……買って……かえ……る」


 ブレンダの瞳にはもう俺は映っていなかった。

 彼女の魂は、古郷へと旅立とうとしているのかな。

「行ってくるね」──彼女はそう言うと、それっきり喋らなくなった。


「逝ったか?」

「はい」

「そうか……まぁ流れからして、ロイド君をモンスターハウスに置き去りにしたパーティー……だよな?」

「はい」


 暫く沈黙が続き、ジンさんはぽつりと「君はいい冒険者になる」と、そう言ってくれた。






 安全地帯にいるのは全部で二十名。

 俺たちは三人パーティーで、ジンさんたちは四人パーティー。

 途中で合流したフロイさんのパーティーは五人で、元々ここにいた四人パーティーが二組。合計二十人だ。


「まず食料の残りを教えてくれ」


 最年長のフロイさんがその場を仕切ることに。


「俺たちは一週間篭るつもりで食料を用意したんだけど、屋台があったから食事はそこで摂ってて。ほぼ丸々残ってます」

「こっちは八階で取れた肉ブロックが二つ。あとは非常用の硬パンを人数分しか」

「我々は六日分だ」

「携帯食二日分。あと八階で肉ブロックを五つ拾ってある」

「俺のところは七日分だ。切り詰めればこの人数でも一週間は持ちそうだな」


 問題は、一週間でモンスターパレードが終わるかどうか。

 それに一週間もあれば、大量のモンスターが地上に溢れ出してしまうだろう。

 そうなるかもしれないってのに、ここでモンスターパレードが収まるのをじっと待つのか?


「モンスターパレードを終わらせるには、その中にいるユニークモンスターを倒せばいいんですよね?」

「そうらしい。だけどどれがユニークなのか、あの状況じゃ分からないだろ」


 分からないなら全部倒せばいい。

 そう言いかけて、言葉を飲み込んだ。


 四方八方から湧き出てくるモンスターを、全て殲滅するなんて出来る訳ない。

 何百、何千を暴走するモンスターの中から、一体だけ存在するユニークを見つけるなんて──ん?


「なぁにゃび。ユニークモンスターって、やっぱりデカいのか?」

「そりゃそうにゃ。ボスモンスターと変わらないにゃよ。あとモンスターパレードのユニークにゃと、たぶん地上のモンスターが合体したような奴にゃと思うにゃ」

「俺……プチ・ロックウォール使った時、なんかデカいの見た気がする」

「「なんだって!?」」


 もしかしてもしかする?

 だけどあいつ、結構先の通路にいたよなぁ。


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