第30話

「"ツインアロー"!」


 階段したと魔法陣を塞ぐ形で、モンスターが群がっていた。

 女の人の声が切迫しているのを考えると、向こう側にもモンスターがいるのだろう。 


「にゃび、影をっ」

「にゃ!」


 にゃびの影が跳躍し、一気に階下へと飛び降りる。

 モンスターの悲鳴に混じって、人のうめき声も聞こえた。


「大丈夫か!」

「た、助けてっ。聖域セーフティー・ウォールで耐えてるけど、もう消えちゃうっ」

「分かった! すぐ助けるっ。"プチ・ブレッシング"」


 にゃびもフルブーストで階段を駆け下り、跳躍した。

 群がっているモンスターの向こう側に回り込むためだろう。この狭い階段では、人間の俺には出来ない芸当だ。


「うにゃにゃっ。モンスターハウス化しかけてるにゃ!」

「にゃび! 大丈夫かっ」

「にゃ~、こっちは平気にゃよ」


 そうだよな。ここで大丈夫じゃないなんて言ったら、コポトに笑われるもんな。


「"プチ・ファイア"!」


 火の魔法スキルを飛ばして、同時に目の前のモンスターに剣を突き立てる。火の玉は外側のモンスターにぶち上げ、内側と外側から同時に削っていった。

 聖域は結界みたいな魔法だったはずだけど、魔法の衝撃まで防げるのか分からない。だから結界付近では使わない方がいいだろう。


 モンスターの数は二十匹を超えていただろうか。

 だけど箱庭ダンジョンの最下層モンスターと比べると、雑魚に見えるほど。

 あっという間に残り三匹になったところで、聖域の効果が切れた。


 女性神官、それに戦士二人と魔術師のパーティーか。全員怪我をしているし、ひとりの戦士は重傷だ。


「にゃび、あとは頼める?」

「任せるにゃ~」


 重傷の戦士に肩を貸して階段を上らせた。ルナも手伝う。

 真ん中の踊り場まで彼を運ぶと、振り返ってにゃびを呼んだ。

 

「にゃび!」

「にゃ~」

「うわっ」


 すぐ後ろにいたのか! うわぁ、びっくりした。

 けど階段の下は静かになってるな。さすがにゃび。


「ロイド、この神官さん魔力切れで治癒スキルが使えないって」

「分かった。ルナ、にゃび、周りを警戒して。あの数を一気に倒したから、近くで湧いたらまたモンスターハウス化するかもしれない」

「分かったわ」

「にゃ~。影に近くを偵察させるにゃ~」


 その間に重傷戦士に、プチ・ヒールを重ね掛けする。

 俺のプチ・ヒールはレベルが10でも回復力は低い。五回、六回、七回と使用して、やっと彼の傷は塞がった。

 他の人たちの怪我も治癒し終えると、にゃびの影が戻って来た。


「ロイド、なんだかおかしいにゃよ」

「おかしい?」

「にゃ~。あちこちモンスターだらけにゃ。それにあいつにゃ、上にいたモンスターに似てるにゃよ」

「上にいたモンスターに似てる? こんなのいたか?」


 俺がそう言うと、ルナが思い出したように声を上げた。

 

「似てる……そうだわ、森で見たモンスターに似てるわ。でも、首から上と胴は、別々のモンスターよ」

「別々って、どういうこと……」

「首から上はクレイジーディア、胴はポイズンミニベアよ」


 そんなはずはない。

 ダンジョンモンスターは、地上のモンスターの複製品みたいなものだ。

 姿形、その能力もまったく同じ。違うのは死んだらダンジョンに飲み込まれてまた復活するっていうことだけ。


「と、とにかく地上へ出よう。他の冒険者にもモンスターハウス化のことを報告したほうがいいだろう?」

「ミーナとリアックの魔力が戻らないと、こっちはまともに戦えないし」


 神官と魔術師の二人は、しばらく戦えそうにないか。


「俺たちも一度地上に出よう」


 全員で階段を下りて魔法陣の所へ向かう。

 離れた場所でモンスターの声が聞こえるので、すぐにでも魔法陣を──


「あの、早く転移を」

「いやそれが……『一』を踏んでんだけど、反応しないんだ」

「「え?」」


 重傷だった戦士が、足元を何度も何度も踏む動作をした。

 確かに彼は魔法陣の数字を踏んでいる。


「試しに二階は?」

「ダメだ。どこも反応しないっ。どうなってんだ!?」


 代わるがわる別の人も試すが、やっぱり魔法陣は反応しなかった。

 ひとり、魔術師の男性が震えだす。


「リアック、大丈夫か?」

「う、うん。ちょっと思い出したんだ……。魔法学校に通っていた時に読んだ本に、スタンピード発生時には魔法陣が使えなくなる……そう書かれていたのを」

「お、おいリアック。不吉なこと言うなよ」


 スタンピードだって!?

 普段は決してダンジョンから出るどころか、階段すら上らないモンスターが突然地上を目指して暴走する。

 そんなの数十年に一回、どこかのダンジョンで起きるかどうかじゃないか。

 だけどスタンピードが発生してモンスターが地上に出ると、大変なことになる。

 だから町のダンジョンの入り口は、二重の壁で囲んでいるんだ。


「まずい……このダンジョンは出来たばかりだし、壁も扉も何もない」

「町までは半日の距離だが、近くに農村があったはず……くぉっ。外に知らせなきゃならないのに!」

「ここから走って地上に出るのは!?」

「十日は掛かりますよ」

「おい、リアック。本当にスタンピードなのか!?」


 魔術師の若い男の人は、青ざめた顔で頷く。


「ロイド。おいにゃもスタンピードだと思うにゃ。コポトは召喚士の勉強で、モンスターのことを調べていたにゃ」

「コポトが? それとスタンピードの関係は?」

「地上のモンスターにゃ。地上のモンスターは普段、おいにゃみたいな従魔以外はダンジョンに決して入らないにゃよ」


 だけど何かがあってダンジョンに入ってしまい──


「それからは分からにゃいにゃが、とにかくスタンピードの時には普段そのダンジョンにはいにゃい、そのダンジョンの付近に生息する地上のモンスターが混ざっているって」

「お、おい、君。従魔はなんて?

「あ、あぁ。にゃびは──」


 彼らににゃびから聞いた話をすると、「確かに上の森に生息するモンスターも見た」と。

 そんなハズはない。

 俺も上の森ではルイックたちと何度も狩りをしていたから知っている。

 そして五階に生息するモンスターだって、俺はしっかり記憶していた。


「この階層には四種類のモンスターがいるけど、あなた方が見たのは?」

「買った情報では確かに四種類だった。でも……あぁ、そういや変だよな。だいたい普通は一階層に三、四種類のモンスターしか生息していないのに。なんで……」

「情報で買ったモンスター以外にも、五種類以上見た。地上で見た奴らそっくりなのもいたし、あとさっきそっちの弓手が言ったように、二種類のモンスターの特徴のある奴とか」

「変異だ」「変異してるにゃ」


 にゃびと魔術師が同時にそういう。


「ダンジョンそのものに意思がある。そう考える研究者もいます。彼ら曰く、ダンジョンは常に秩序を保っていると」

「今のこの状態は、秩序があるように見えないんだけど」

「えぇ、そうです。外部から秩序を乱されたことで、ダンジョンが変異して暴走を始めるのです」

「その暴走が……スタンピード」


 俺の言葉に全員が息を飲む。


「暴走を止める方法は? あるはずですよね、今まで起こったスタンピードだって、ちゃんと終息しているんだし」

「方法は二つにゃ。自然と暴走が止まるのを待つか、スタンピードのどこかにいるユニークモンスターを倒すかどちらかにゃ」


 リアックもにゃびと同じ答えだった。


 自然に止まるのを待つのは、それだけ被害を拡大させることにもなる。

 くっ。地上に出てギルドにこのことを伝えなきゃいけないってのに。


「ロイド、ここにいたら危険じゃない? スタンピードだと、モンスターは階段も上ってくるんでしょ?」

「そ、そうだ。やっぱり走ってでも地上を目指すべきじゃいか?」

「いや、十日も走り続けられないし、スタンピードはどこから始まるか分からないんだ。危険すぎる。それよりセーフティールームだ」


 冒険者講習で聞いた話を思い出す。


 ──まぁそうそう起きはしないが、もしスタンピードに遭遇したら階段に逃げるのはダメだ。

   唯一生き残れるとしたら、安全地帯セーフティールームだ。


「八階層に上がってわりと近い所に、安全地帯があったはずだ。目指すならそこだろう」

「安全地帯か……そういた冒険者講習でそんな話、聞いたっけか」

「すっかり忘れてたな。ミーナ、リアック、走れるか?」

「走るしかないですよね」

「魔力がまだ戻ってないから……」


 神官にしろ魔術師にしろ、出来れば魔法スキルを使える状態にはしたい。

 俺に出来るのはプチ・ブレッシングとプチ・ヒールしかないし。


 ズボンをくいっと引っ張られ、にゃびが俺を見上げる。にゃびが手招きして耳を貸せと言っているようだ。


「どうした?」

「おいにゃのスキルを取って欲しいにゃ」

「スキル?」

「にゃ~。『肉球もみもみ』にゃぁ」


 それって相手の疲労回復をさせるスキルじゃ?


 あ──

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