第29話:再会と最後の別れ
こんもりとした丘の下に、ダンジョンの入り口がある。
その入口の周辺には、以前には無かった屋台がいくつも並んでいた。
中に入って斜面を下ると、途中に魔法陣用の部屋が造られていた。
「四階、四階っと」
魔法陣の外周には、数字が二から九まである。
地下九階まで魔法陣が設置されたんだな。
模様は踏んでも消えず、この数字を踏むことで行き先を指定する仕組みだ。
「じゃあ行くよ。念のため気を付けて」
二人が頷いたのを確認してから、数字の『四』を踏む。魔法陣が光り、その中へと入った。
出た先は階段の脇。
「よし。モンスターはいないな。あの場所まで道、覚えてる?」
「一カ月経ってるし、ちょっとうろ覚えかしら」
「おいにゃは覚えてるにゃよ。こっちにゃ」
「にゃびが覚えてるってさ。行こう」
六〇日後に、死んだ仲間が現れる。
という人もいれば、六〇日前後で死んだ仲間が──という人もいて、どっちが正しいのか、そもそも死者の魂は現れないのか、実際には分からない。
にゃびの武器も無事に手に入ったことだし、早めに来て数日篭るつもりでやって来た。
「よし、にゃび。クロウ装備状態で『影』だ!」
「うにゃーっ!」
気合と同時に足元の影が盛り上がり、まさにそれが動き出す。
クロウは装備状態なんだな。
そのまま先に進むと、一時間ほどで目的地へと到着した。
俺たちが出会った場所。
そしてコポトが亡くなった場所。
そこへ到着したが、今回はモンスター一匹いなかった。
「ここも冒険者が増えたわねぇ」
「まぁ町のダンジョンがあの状況だしね」
ネームドモンスター、ボスモンスターが湧くかもしれないタイミング以外は閑古鳥が鳴いた状態だ。
こっちはそこかしこに冒険者がいるかわ、モンスターが湧いてもすぐにどこかの冒険者が狩っていく。
時々近くに湧いたモンスターを相手にする程度で、なんとも平和なもんだ。
冒険者講習では聞いていたけど、ダンジョンモンスターって本当に地面や壁からにゅっと出てくるんだな。
生で見たの初めてだ。ちょっと気持ち悪い。
死んだダンジョンモンスターは地面に吸収され、再び別の場所で復活する。
にゅっと出てくるのはその復活したモンスターで、たまたま偶然、近場で複数のモンスターが復活することがある。
これがモンスターハウスが出来る仕組みだって聞いたけど、あの時のモンスターハウスはまた違う原理なんだろうな。
「今日はまだ来ないみたいにゃねぇ」
「そうだな」
「おにゃか空いたし、お肉じゅーじゅー食べるにゃあ」
「にゃびの腹時計がお昼をお知らせしました。ルナ、上に戻って屋台でご飯にしよう」
「分かったわ」
結局この日、コポトは現れなかった。
本当に出てくるのか分からないけれど、それはにゃびにも分かっていることだ。
あれがただの噂だとしても、にゃびにとってこの数日は大事な日になる。
本当の意味でコポトとさよならするための、大事な数日間なんだ。
夜は階段泊をし、起きている時間はあの場所で待った。
食事のたびに地上へと戻ってきているけれど、にゃび曰く「ご飯の時間ぐらい、コポトは待ってくれるにゃよ」とのこと。
「森がざわざわしてる」
夕食を食べに地上へと戻って来ると、ルナがぽつりとそう漏らす。
「ざわざわ?」
「うん。なんて言うのかしら……動物たちが物凄く怯えているの……何かに追われているような……そんな気配がするわ」
「うにゃぁ。ちょっと変なニオイするにゃね。なんとなくふわぁっと、気になるニオイにゃ」
「うぅん、俺にはさっぱりだ」
兎人とネコマタには分かる、微妙な違いみたいなもの?
翌朝、二人と出会った場所への移動途中で、突然にゃびが走り出した。
「おい、にゃび!」
「急に走り出したけど、どうしたの?」
「分からない。何も言わずに走りだしたから」
だけどその答えは直ぐに分かった。
あの場所へと到着すると、そこには白く光る球体が浮かんでいて、にゃびの下へとふわっと飛んで来た。
「にゃにゃにゃっ。うにゃあぁ~んにゃあ」
あれ? にゃびの言葉が分からなくなった。
「見て、ロイド……信じられない……コポトだわ」
にゃびの傍に寄り添った光が、コポトの姿へと変わる。光に包まれた、コポトだ。
にゃびはしきりと彼に話しかけ、そのたびにコポトは笑顔で頷いていた。
不思議なことにその間、モンスターがまったく湧いてこず、のんびりとした時間が過ぎて行った。
どのくらい二人の会話が続いただろうか。
「ロイド、コポトが呼んでるにゃ」
「え? あ、にゃび」
また言葉が分かるようになった。
もしかして、さっきの時間はにゃびがコポトの従魔に戻った時間だったのかな。
「コポト、冒険者講習で教えて貰った通り、来たよ」
そう話しかけると、彼は笑顔で頷いた。
それから彼の口元が動き、「ありがとう」という言葉が頭に響く。
俺が知っているのは、息も絶え絶えに話す声だけ。でも今聞こえたのは、穏やかで苦しみなんて微塵も感じさえない声だった。
それから彼が手を伸ばし、俺の体に触れた──瞬間、ステータスボードが突然浮かび上がる。
「え?」
「にゃー、コポトが知ってることを、教えてくれるにゃよ」
「知ってること?」
「にゃー。魔法のことにゃ。コポトは召喚士にゃけど、魔術スキルも知ってるにゃ」
それはそうだけど、コポトはステータスボードのことを知らないはず。
それにスキルレベルだって。
スキルのことはレベルではなく、熟練度が低いとか高いとか、そんな表現の仕方をしている訳だし。
にゃびが教えたのかな?
ステータスボードに文字が浮かんだ。
【コポトの知識が贈られてきました】
【それを元にスキルの発生条件を獲得いたします】
スキルの発生条件だって!?
──役に立てばいいけど。
そんな声が聞こえて、コポトを見た。
眉尻を下げて笑みを浮かべる彼は、その姿が光の玉へと戻りつつあった。
「うにゃ~」
にゃびが光の玉に向かって声を掛ける。でもその声は悲しいものではなく、明るい声だった。
「さようなら、コポト。あのパーティーでまともだったのは、あなただけだったわ」
「当たり前にゃ。おいにゃたちも、あいつらと組んだのは初めでだったにゃから」
「即席パーティーだったのか」
「そうにゃ」
光の玉は天井近くまで昇ると、俺たちの頭上をぐるぐると旋回した。
「さようならコポト。もっと早くに出会えていれば、友達になれたのにな。いや……もう友達だよな、俺たちも」
その言葉に応えるかのように、コポトの魂は一度俺の方へと下りて来てぐるりと一周する。
だがその動きが突然止まった。
「どうした、コポト?」
俺が呼びかけると、コポトの魂は突然人の姿を形どり──
──危険。
──ダンジョン内が、危険で満ち溢れる。
彼は苦痛の表情を浮かべた。
「なに言ってんだコポト。ダンジョンはいつだって危険がいっぱいだろ」
俺がそう言うと、彼が苦笑いを浮かべて頷いた。
それから光の玉に戻って、彼はようやく天井へ──天へと昇った。
暫く俺たちは天井を見上げ、それからにゃびが「おやすみにゃ」と呟く。
お別れは済んだようだな。
「それじゃあ、帰るか」
「にゃあ? せっかくにゃ、一番下に行きたいにゃよ」
「戻るの? どうせなら最下層に行ってみたかったけど」
「はは。にゃびも同じこと言ってるよ。じゃあ魔法陣で行ける所までいって、あとは歩いて目指してみる?」
二人が頷き、来た道を引き返して
魔法陣の前でバフスキル『プチ・ブレッシング』を付与して九階へと移動した。
「うげっ。二人とも階段に上がるんだ!」
「うにゃあっ」
「モンスターハウスなの!?」
転移した先には、モンスターが群がっていた。
またこのパターン!?
「た、助けてっ」
そんな声がして慌てて振り向くと、モンスターの壁の向こう側に淡い光が見えた。
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