第19話:にゃびの決意

「ようやく俺様の跡を継ぐ気になったか、モリー」

「継がんっちゃ!」

「んだとこのバカ娘が! 木工なんざ男のする仕事じゃねえ!」

「わたしは女ばい!!」


 モリーが嫌そうな顔していた理由はこれなのか。

 

 彼女の案内でやって来たのは、この街の職人たちが集まる通りの一角。

 モリーはここまでくる間も、ずっとしかめっ面をしていた。

 親子関係はあんまりよくないようだな。

 たぶん親父さんはモリーに鍛冶職人をやらせたかった、ってことだろう。

 でも彼女がやりたいのは木工職人。

 

 ずぅーっと話が平行線で、親子喧嘩にまで発展したんだろうな。


「あぁ、もう知らんばい! ルナ、ロイド、ごめんね。わたしやっぱり帰るけん、あとは直接交渉して」

「ん、あぁ。ありがとう、モリー」

「鍛冶屋を継がねえなら、二度と帰ってくんな!」

「言われなくても帰らんばい!」


 バンッと音を立て、扉が閉まる。

 この親子はいつから喧嘩をしているんだろうな。


 残された俺たち三人は、どうしたものかと顔を見合わせる。

 それにしても、モリーは俺たちを工房や店に案内したんじゃなく家に連れて来たんだな。

 そりゃー自宅なら親父さんがいても当然なんだけど……でもなんか違和感がある。


 親父さんはどっかと椅子に座ると、木製の大きなコップに何かを注いで一気に仰った。


「ぷはぁー」


 うん、アレ酒だ。ドワーフが酒好きってのはよく聞くけど、でも今ってまだお昼前だぞ。

 そんな時間から飲んでるのか。仕事は?


「まだいるのか、お前ぇら」

「あ、いや、その……」

「この子の武器を造って欲しくて来たの。モリーがあなたならって言ってくれたから」

「モリーのことは言うんじゃねぇや!」

「にゃにゃっ。このドワーフ酒臭いし面倒くさいにゃ」


 まったくだ。

 他の職人を探したい気はするけど、工房の講師も「魔獣の武器を請け負ってくれる職人はなかなかいないだろう」って言われたしな。

 

「にゃびにクロウ系武器を造って貰いたいんです。クロウ系武器の製造が出来る職人は少ないと、モリーさんに聞いて。それで彼女があなたを紹介してくれました」

「にゃびだぁ? そっちの兎人か」

「いえ、こっちのネコマタです」

「ネコマタにゃ。崇め奉るにゃよ酔っ払いドワーフ」


 にゃびのやつ……相手が言葉を理解出来ないからって……。案外こいつ、毒舌なんだよなぁ。


「……は? ネコマタだぁ? 従魔が武器を扱うってのかよ」

「本人が使えると言っているんで」

「はぁー?」


 モリーの親父さんは訝し気ににゃびを見た。

 するとにゃびは突然、俺の腰の短剣を──抜いた!


「お、おいにゃび」

「にゃはっ、にょ。にゃにゃー!」


 お、お? ちゃんと短剣を握れているな。よく見ると、猫の手と違って指が長い。小さな子供ぐらいにはある。

 モリーの親父さんが立ち上がり、にゃびの手を掴んだ。


「握れんのか!? おぉ、毛で気づかねえが、意外と指が長いんだな」

「にゃ~」

「指が長い分、爪も長いってことか。ん? そういや関節があんのに、なんで爪が長いんだ?」

「気合入れると伸びるにゃ」


 そう言ってにゃびが爪を伸ばす。

 それ、気合だったのか……。


「はぁ? にゃんにゃんじゃ分かんねえだろ。おい、通訳しろ」

「あ、あぁ、えっと。気合で伸びるって……」

「はぁ~? 気合で伸びるだぁ? 気合で……伸びる……待てよ」


 何か思いついたのか、親父さんはブツブツ言いながら再び椅子へと座る。

 それからコップにまた酒を注ぎ、一気に飲み干した。


「ぷはぁ。俺ぁな、この街でもちったぁ名の知れた職人だったんだ」


 だった?






「俺の名はモルダン。元鍛冶職人だ」


 モルダン……あ、聞いたことがある。正確には見たことがある、か。

 腕のいい職人が引退すると、その職人が製造した装備は高額取引されるようになる。


【モルダン作の武器 高額買取中】


 そんな張り紙を、武具店で見たことがあった。


「十年ぐれぇ前だが、西の国境沿いにレッサードラゴンが数頭現れて、討伐隊が組まれたんだが知ってるか?」

「噂だけは」

「そのドラゴンの鱗ってのが、やたら硬かったみてぇでな。討伐隊の武器が、次々折れていったらしい」


 そんな中、見事レッサードラゴンを仕留めたのは、モルダンさんが鍛えた剣を持っていた数人の冒険者だったそうだ。


「それからだ。俺が鍛えた武器を求めてやってくる冒険者や貴族が増えたのは」

「貴族まで?」

「あぁ。あいつらはな、お飾りのために俺の武器を買い求めて来やがったんだっ」


 モルダンさんがドンっとテーブルを叩く。


「俺は鍛冶職人だ。装飾職人じゃねえんだよ!」

「引退したのって、それが原因なんですか?」

「まぁ……そうとも言える。元々俺ぁな、個別に製造の依頼を受ける時には、素材を依頼主に用意させんだ。自分の実力に見合う素材をな」


 お飾り目的で依頼してくる貴族が、素材を集めることなんて出来ない。

 だから諦めて帰るだろう──と思ったけど、相手は貴族だ。


「金で解決しやがったんだ! しかもだぞ、バカな冒険者共が嬉々として依頼を受けて素材を持ってきちまうんだ」

「まぁそうなるわよね」

「俺ぁてめーらの命を守るために武器を造ってやってんのに、その仕事をほっぽってでも貴族のためにお飾りを造れってのか! しかもだぞっ。中には以前俺から買った武器を、何十倍もの値段で貴族に売るバカまで現れやがったんだ!!」


 そこでまた酒を仰った。

 職人気質が強ければ強いほど、貴族に、そして冒険者に腹を立てたんだな。

 特に冒険者に対しては、裏切られた気持ちなんだろう。


「おいにゃの武器、造ってくれにゃいのか?」

「にゃびの武器の製造、お願い出来ませんか?」


 他の武器が折れるほど硬いドラゴンの鱗をものともせず、唯一立ち向かえた剣の製作者。

 そんな話を聞いたら、ぜがひでもこの人にお願いしたくなるじゃないか。


 冒険者にとって、武器は命そのものだ。

 魔術師でもなければ、武器がなくなればモンスターを倒せなくなる。

 倒せなければ逃げるか、死ぬしかない。


 死にたくないから。

 死なせたくないから。


「お願いします。にゃびに武器を造ってやってください」

「話は聞いただろう。俺ぁもう冒険者の為なんかにゃ槌は振るわねえ」


 モルダンさんがそっぽを向いて、コップに酒を注ぐ。

 その腕に突然にゃびが飛びついた。


「うにゃあぁっ。ダメにゃっ。おいにゃ武器がいるにゃっ」

「アイタタタタ。おい、この猫をどかせっ。おい!」

「にゃびっ」

「おいにゃ強くならなきゃいけにゃいにゃ! 強くなきゃロイドが死んじゃうにゃっ」


 お、俺が死ぬ?


「おい猫を──」

「おいにゃコポトを守れにゃかった。おいにゃ弱いからコポト守れにゃかったにゃあぁぁ」


 にゃび……そっか。お前、悔しかったんだな。大好きな友達を守れなくて、救ってやれなくて、悲しくて悔しくて。

 あぁ、分かるよ、その気持ち。


 幼かったあの日。村に大量のモンスターが押し寄せてきたあの日。

 俺は両親と弟、それから友だちや知り合いのおじさんおばさん……大勢を失った。

 目の前で弟が死ぬ姿を、俺はただ息を殺して見ていただけなんだ。

 

 冒険者に助けられた後になって、あの時なんで弟を助けに飛び出せなかったのかって悔やんだ。

 何も出来なかった自分が憎くてたまらなかった。


 にゃびの気持ちは分かるよ。


「お願いします! にゃびは強くなろうとしているんだっ。もうこれ以上失いたくないから、こいつは強くなりたいと願っているんですっ」

「にゃああぁぁっ」

「これ以上だと……イテテッ。爪立てんじゃねえ!」

「ちょ、ちょっと二人ともっ。機嫌を損ねたら意味ないじゃないっ」

「にゃあぁぁぁうにゃにゃあぁぁぁっ」

「お願いしますっお願いしますっお願いしますっ」

「二人ともやめなさいってばっ」

「うにゃああぁー」

「あああああぁぁぁーっうるせえぇ!!!!」


 家が揺れたかと思うほどの大音量に、さすがにビックリして尻もちをついてしまう。

 だけどにゃびはしがみ付いたままだ。


「えぇぇいくそっ、離れやがれ猫!」

「いにゃにゃ!!」

「今すぐ離れねぇーと、てめぇに必要な素材がなんなのか教えてやらねえぞ!!!」

「いにゃにゃっ」


 必要な素材!?


「じ、じゃあ、にゃびの武器を!?」


 俺は必死にしがみつくにゃびを抱きかかえて引きはがす。

 爪痕が出来た箇所に『プチ・ヒール』を唱えて治癒しまくった。


「なんでぇ、おめぇ戦士か斥候かと思ったら、神官なのかよ」

「い、いや。実は俺、適正職業なしの基本職の初期スキルを全部使えるんですよ」

「はぁ? なんだそりゃ。まぁとにかくだ……二度と仲間を失いたくねえから、その猫は強くなりてぇってことか」

「そうにゃ!」

「そうだと言ってます」 

「そうか……なら……お前ら、箱庭の十階に下りれるか?」


 にゃびの武器にとって必要な素材が、そこにあるってことか。

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