第18話 王族殺害1

 五番目の王妃の子、王女コレットが三番目の王妃の子、王子デミアンを刺殺したという話は王族だけにひっそりと広まった。

 

 勿論目撃した使用人達や侍女、護衛たち数人には箝口令かんこうれいを敷きこの話は城から外へは出ていないはずだ。だけどこの手の話は密かに伝わりやがて公然の秘密となっていく。

 

 噂に疎い私の耳にも流石にそれは伝わってきていた。ローラが仕入れた情報によると、年齢が同じ十六歳というせいもあり普段からお互いにライバル心が強かったが二人が何故かお茶をしている席で侍女達が目を離したすきに事が起こったらしい。

 デミアンの絶叫が聞こえ護衛が部屋へ飛び込むとナイフを手にしたコレットがいてその足元の床に倒れ既に事切れたデミアンがいた。

 勿論その場で事情を聞いたが呆然として何も答えず、しかし現場の状況からコレットがやったのだろうとそのまま白の塔へ連れて行かれた。

 数日は朦朧としていたコレットがある日、我に返り今はデミアンを殺したのは自分ではないと主張しているという。

 

 

 

 バルバロディアの城へ戻りフィンレー伯父とイブリン伯母に礼を言って今後の情報のことも頼むと転移装置で王都へ戻った。

 直ぐに屋敷へ戻ろうと装置のある塔から外へ出るとそこに眉間にシワを寄せたアーネストが待ち構えていた。

 

「やっと戻ってきたのか」

 

 ため息をつくように息を吐くと私を馬車へ連行する。エスコートと呼べないのはアーネストの態度のせいで私の心情のせいではないはずだ。

 ローラとエミリオも一緒に乗り込みゴドウィンは騎乗しついてくる。

 

「随分と遅かったが何をしていた?まさか魔物を倒した現場にいたとか言うんじゃないだろうな」

 

 何をしていたか聞いてるんじゃなくて本当は知っていて確認を取ろうとしているだけだな。チッ、大領地の情報網は侮れないか。この感じじゃオロギラスを倒したのがゴドウィンだということは既に知ってそうだ。

 

「よくご存知ですね。立ち寄った街で偶然魔物が現れたのです」

 

 別にこれは嘘じゃない。

 

「だがゴドウィンが行く事はなかったのではないか?護衛という職務を遂行するのが奴の仕事だろう」

 

「私のめいに従うのがゴドウィンの仕事ですわ。バルバロディア領の民が困惑するさまを放ってはおけなかったのです」

 

 ジッと睨み合う私とアーネストにエミリオが心配そうな顔で見ているがローラは涼しい顔だ。馬車は直ぐに屋敷に到着し空気の重い閉鎖された空間からエミリオが急いで降りていった。ローラも降りると私も立ち上がり外へ出ようとしてアーネストに腕を掴まれた。

 

「君も現場に行ったのか?」

 

 うっ……これは何て答えればいいの?もし三人でオロギラスを倒したというところまでバレているならもう行ったといえばいいのか、でも行ったとハッキリ言えば何を言われるか……

 

「リアーナ殿下、王妃様がお待ちです」

 

 その声を聞いてアーネストが苦々しげに手を離し、急いで彼から逃れて馬車の外へ出ると母上の側近のブレインがいた。

 

 助かったぁ。ブレイン、グッジョブ!

 

 アーネストはそのまま帰るようで馬車から顔をのぞかせ私を不満気な顔で見下ろす。

 

「明日、学院の騎士コースには来るのか?」

 

 騎士コースに出れば大勢の人と激しい訓練に参加しなければいけない。それに数は少ないとはいえ同じコースを取っている女性騎士たちと同じ部屋で着替えもしなければいけない為、身体の変化に気づかれる可能性が高い。

 

「急ぎ済まさなければいけない用もありますし、ゴホンッ、まだ喉の調子も良くありませんので暫くはお休み致します」

 

 ちょっとわざとらしかったかも知れないけれどそう言ってアーネストの視線を痛いほど背中に感じながら屋敷の中へ逃げ込んだ。

 

 ブレインが追いついてきたので振り返ると礼を言った。

 

「いいタイミングだったわ」

 

「いえ、王妃様がお呼びなのは本当のことですので」

 

「直ぐに会えるの?」

 

 帰るタイミングに合わせて会えるということは、フィンレーが教えてくれたオロギラスの次の居所を母上にも話してあると言うことだろう。他領のしかも取り込み中の所へ短期間の内に行くのはかなりの難題だ。

 長い廊下を歩き母上の執務室へ入ると既に人払いがされ私達三人と母上、ブレインの五人だけとなった。

 

「お母様、只今戻りました」

 

 少し機嫌の悪そうな母上に丁寧に挨拶を済ませると応接テーブルを囲み早速本題に入った。嫌な予感がする。

 

炎蛇えんだの事はよくやりました。詳細は省くとして領地的にも助かったとフィンレーからも礼を言われました」

 

「オロギラスの牙は一つは現地の商人に売りましたが宜しかったでしょうか?」

 

 ゴドウィンがオロギラスを倒した証明として持ち帰った二本の牙のうち一本は慣例として地元の現場にいた商人に買い取ってもらったのだ。そうすれば貴重な素材がバルバロディア領に出回りやすい。

 

「勿論です、あなた達三人の手柄なのだから好きにすればいい。問題は次の事です」

 

 厳しい顔の母上がブレインを見上げて話を促した。ブレインは資料を手にしていたがそれを見ることなく話し始めた。

 

「ご存知の通りカリミナリ領は王妃ジョルジャ様の里で後ろ盾ですが現在王女コレット殿下の件により混乱しております。

 フィンレー様より情報が届いた時点で色々と調べましたが、どうやらコレット王女殿下は事情聴取で自分は無実で嵌められたと主張しているようです」

 

 その言葉にエミリオが首を傾げた。

 

「ですが現場を目撃されているのですよね?」

 

「はい、侍女たちは席は外しておりましたがドアは開かれており正にコレット王女殿下がナイフを抜き去る所を見たそうです」

 

「それじゃ言い逃れは出来んだろう」

 

 ゴドウィンも呆れ気味に言う。

 

「コレット姉様は正確にはなんて仰ってるの?」

 

 最初にこの話を聞いたときも思ったが、姉妹としてそこまで親しくしていたわけではないが私が思い浮かべるコレットがいくら腹が立ったからと言ってもデミアンを刺し殺すとは想像できない。しかもデミアンは一応騎士コースを取っていた。

 

「これは極秘情報ですが……」

 

 ブレインはそう前置きして少し声をひそめた。

 

「呪いをかけられた、と仰っているようです」

 

 あぁ……あの女の仕業か。

 

 私はソファに身を預けるとそっと目を閉じ考えた。

 

 あのクソ女魔術師が私をこんなふうにしたのと同じようにコレットにも何か呪いをかけデミアンを殺害させた。こうすればコレットとデミアン両方の王位継承権を退ける事が出来て一石二鳥ってことか。

 こうなってくると長子サムエウが死んだのもあのクソ女魔術師のせいと考えられる。既に四人がアイツの被害にあってるのか。

 

「ブレイン、誰がやったか探れないの?きっとこれまでの王位継承に関わる事件に私が見たクソ……ゴホンッ、女魔術師が関わっているはず」

 

 思わず下品な事を口にし母上に睨まれた。

 

「王妃様に指示され既に探っておりますが……」

 

 どうやら調べは難航しているらしく新しい情報は無いようだ。こんな混乱の最中に領内へ入れてくれるよう頼むのは無理だろう。

 だけど待てよ、これはもしかしたら使える話かもしれない。

 

「お母様、私がコレット姉様と二人きりでお会いすることは出来ないでしょうか?直接会って私の事情も話し協力を願うことが出来るかもしれません」

 

 母上は黙って話を聞いていたが私を見つめると美しく整えられた眉をきゅっと寄せた。

 

「上手くやる自信があるのですか?失敗は許されませんよ」

 

「はい、あちらは無実の罪を晴す手助けが出来ると言われれば乗るしかないでしょう?」

 

 そこからはコレットと会って話す為の作戦を立てていった。

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