第17話 オロギラス 一匹目7

 街へ入る検問を受けるためにまた行列が出来ていた。もちろん私達はその横を通り過ぎ、列のない検問を前にゴドウィンがゆっくりと馬から降りるとくくり付けてあった包を解き中からオロギラスの牙を一本取り出し門番の兵に自慢気に見せて言った。

 

「オロギラスは殺った。これで安心して街道を使えるぞ」

 

 一瞬信じられない物を見たという感じで兵がポカンと口を開けた。

 

「うわっ!!それってオロギラスの牙か!?デカイ!!」

 

「もしかしてあの森の炎蛇えんだか!」

 

「スゲー!アンタが殺ったのか?」

 

 最初に反応したのは横で列に並んでいる商人らしき男だった。オロギラスの牙は良い値で売れる掘り出し物だ。続いて冒険者や旅人が騒ぎ出しいつの間にかゴドウィンは大勢の人に囲まれていた。

 

 私とエミリオは目立つわけにいかないのでコッソリと先に検問を抜けるとアンバーの宿屋へ向かった。

 別に手柄が欲しいわけでも無いエミリオと、私の実力の証明となるわけでもない今回の事はただの通過点にすぎない。まだ三種類残ってるし。

 

 アンバーは前金を渡してあった為部屋を確保してくれていた。二部屋だけど。部屋に入るとマントを脱ぎ捨て狭いとはいえ自由に振る舞える空間に開放感を感じてベッドに飛び込んだ。

 

「あぁーウザかった。フードなんて金輪際被りたくない!」

 

「大分お疲れですね姫様。少しの間ゆっくりとお休みください。私は街の緊急連絡装置を使ってフィンレー様にお知らせしてきます」

 

「そうね、先ずは一匹倒した事と次のオロギラスの情報がないか聞いてきて」

 

 エミリオは爽やかに微笑むと護衛もいないのだから部屋から出ないよう何度も念を押し出掛けていった。小さい子供じゃないんだからちゃんとここで待ってるのに心配性だな。

 

 道中蛇を見ないようにとか誰かに王女だと気づかれないようにだとか気を張っていたせいですっかり疲れていた。たった一匹倒すだけでこの疲れようだ、しかも今回はまだ身内のいる慣れたバルバロス領内だったから良かったがきっと他の領地へも行かなくてはいけないだろう。

 小領地なら何とかなる可能性があるが中領地、大領地となると正規のルートで入るには大変な手続きが必要となる。

 

 国への申請と向かう先の領地への入領許可申請、入ってからの予定と滞在先の申告。きっと手続きだけで王位継承の儀式には間に合わないだろう。場所によっては非合法な手を使うことになるかもしれない。

 

 はぁ……

 

 慣れぬ旅先で疲れきった身体にベッドの上。考え事をしているうちにいつの間にか眠ってしまった。

 

 

 

 

 

「まだ起きないのかぁ?」

 

「お疲れなのでしょう。もう少し寝かせておきましょう」

 

 ゴドウィンとエミリオの声が聞こえ目を開いた。

 

「帰ってたの?」

 

 むくりと起き上がるとぐっと伸びをしてた。

 エミリオが食事を持って来てくれたらしくテーブルに久しぶりに携帯食じゃない食事が並べられているのを見て急にお腹が減ってきた。

 

 顔を洗い早速テーブルにつくと三人で食事を始めた。窓の外はすっかり暗くなっていてどうやら眠りすぎたようだとわかった。

 二人もお腹が空いていたようで黙々と食事を食べやっとお腹一杯になるとこれからのことを話し始めた。

 

「まずフィンレー様にご報告した件ですが、姫様の無事と一匹目のオロギラス討伐を大変喜んでおいででした。領地的にも大々的に討伐部隊を送り込まなくてはいけない事態を避けることが出来て助かったと仰ってました」

 

 エミリオが美味しいお茶をいれてくれながら言った。

 

「街の責任者からも随分感謝されましたよ。この格好だから冒険者と間違えられそうになったけど上の者にはコッソリと姫様付きの護衛で箔をつけるためにやったことだと言っておきましたから、一応俺があれだけの巨大なオロギラスを倒したと公式に記録されます」

 

 私自身が巨大化していたためオロギラスの大きさがイマイチ把握出来ていなかったが通常の成体よりかなり大きかったようで、ゴドウィンが満足そうに胸を張った。

 

「手柄を独り占めですか?」

 

 エミリオはこの手の事に興味は無いだろうがなんとなく気に食わなかったのか呆れた顔でゴドウィンを見た。

 

「俺も流石にそこまでせこくないぞ。ちゃんと三人で挑んだって言ったしエミリオの名は出したがあまり広めるなって注意して、もうひとりは訳あって今は名を伏せるがそのうち正式に届け出るかも知れんと言っておいた」

 

 ゴドウィンにしては慎重かつ丁寧な対応に驚いてエミリオと顔を見合わせた。

 

「貴方にしては上出来、でも結局手柄は独り占めね。私は名乗れないしエミリオは興味ないし、まぁ別にいいけど」

 

 ちょっと拗ねた子供のような気持ちがする。私だって自慢したかった。

 

「呪いが解ければ発表しても良いんじゃないですか?騎士だったら箔は必要ですよ、『オロギラスを倒した王女』とかどうです?」

 

「……それもいいわね」

 

 楽しそうなゴドウィンの顔を見ていると何だかそれもいい気がしてきた。そう考えればこの呪いから解放された時に私はかなりの実力の持ち主となるのかも。

 

「ですが姫様、どうやって倒したのか話を聞きたがる輩にどう説明するのですか?まさか大猿になってとは……」

 

「言えないか」

 

 エミリオに現実に引き戻されガックリ項垂れた。せっかく少しでも楽しみを見つけようとしたのに。

 

「それにアーネスト様がどう仰るか」

 

 うげっ、奴の事を忘れてた。だけどね。

 

「ア、アーネストは関係無い。駄目なら婚約破棄になるだけよ」

 

「はぁ!?何を仰るのです!」

 

「本気か姫様?ついにキレたか」

 

 そもそも私が王女とはいえこの婚約でアーネストに何か有益な事があるだろうか?大領地の三男だが見目麗しく優秀な奴に今もって他の領地からの縁談は後を絶たないし、外国からも申し込みがあるという。結婚してバルバロディア領主の夫となるとはいえそこは中領地で、今は母上の力でそこそこ栄えているとはいえもっと他に条件のいいお相手がいるだろう。それに色々と噂も聞くことだし。

 

「その、今はこのような事態で動揺なさっていらっしゃるでしょうからその件はまた後でゆっくりと話しましょう」

 

 何かマズイと思ったのかエミリオは話を変えてきた。

 

「それより新しいオロギラスの情報が入りました。残念ながら他領ですがどうやら風蛇ふうだのようです」

 

 たとえ情報があっても炎蛇えんだなら無駄足だ。魔石は四種類揃えなければいけないのだから。

 

「そう、やっぱりバルバロディアではないのね。それでどこなの?」

 

「カリミナリ領です」

 

「五番目の王妃ジョルジャ殿下の里だな」

 

 五番目の王妃の娘、王女コレットはいま王族が罪を犯したときに収容される白の塔に監禁されている。三番目の王妃の息子、王子デミアンを刺殺した疑いがかけられているからだ。

 

「マズイわね、そんな取り込んでる最中に領地へ入れろなんて言えないわ」

 

 バルバロディア領と同じ中領地のカリミナリ相手じゃ圧力をかけることも出来ない。これは一旦王都に戻って母上と作戦を立てなければいけないだろう。

 

「フィンレー様が今後も他のオロギラスの情報は集めてくださるそうです」

 

「そう、商売関係で下手すれば王都にいる私達よりそういう情報が入りやすいでしょうね」

 

 魔物の出現は領地では大問題だ。王都やその周辺と違い広大な領地の管理は莫大な費用がかかるため、隣り合う領地同士で魔物やその他の災害の情報交換は日常的に行われて互いに危険に備えるようにしている。

 

 

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