第16話 オロギラス 一匹目6

 エミリオが同情的な目をしながらも私に向けて放ってきたこれは多分前に食らったビリってやつだ。エミリオの使える魔術は得意の土だけだが、今使ってるこれは一時的に動けなくするわりとポピュラーな捕縛用の魔術具だ。

 

 当たってたまるか!

 

 坂を駆け上がりながら脇へ飛ぶと攻撃を避けながらエミリオの上を飛び越えた。兎に角逃げなきゃ痛くされる。必死に走って登り切るとさっきまでオロギラスと戦っていた場所に出た。

 黒焦げの地面からまだ薄っすらと湯気が立ちのぼって蒸し蒸しとしていたが洞窟の出口を探しキョロキョロとした。

 明かりの魔石がある方へ行けばいいはずだから、そちらへ向かって行こうとすると急に足が動かなくなった。足元を見下ろすと土で固められている。

 

「姫様、ご辛抱下さい!」

 

 エミリオが坂から上がった所で息を切らしながら叫んでいる。

 

 嫌だから逃げてるのがわからないの?!

 

 飛びかかろうにも固められた足では無理なので急いでそれを砕こうと手でバンバン殴ったが中々壊れない。外して欲しくて「ギャー」と叫びエミリオを睨みると彼は体をビクリとさせ目をそらした。

 

 なんでこんな目に合わなきゃいけないのよ!!

 

 どんどん腹が立ってきて怒りが頂点に達しようかという時、いきなり後頭部を強く殴られグラリと倒れた。ズキズキと痛み目の前が赤く染まる。どうやら出血しているらしく意識が遠ざかりそうだ。

 

「やっと倒れたか。下手すりゃコッチのほうが強敵だぞ、殺せないんだからな」

 

「物騒なことを口にしないでください。姫様なのだから当たり前でしょう」

 

 ゴドウィンがうまく私に隠れて後ろから回り込み殴ったらしい。二人共私の顔の前まで来るとのぞきこんできた。

 

「目が開いてるぞ」

 

「あぁ、出血が酷いですね」

 

 エミリオがポーションを取り出し私にかけようとしたがその手をゴドウィンが掴んだ。

 

「待て、まだだ。まだもとに戻ってない」

 

「何言ってるんです、早く手当しないと……」

 

 二人が言い合っているすきを見て必死に手を動かし払いのけた、つもりだったがあっさりと避けられた。チッ、優秀だな。

 

「見ろ、まだ気絶してない。エミリオ早く!」

 

 ゴドウィンの指示が出る前にエミリオがまた魔術攻撃をしようとしたので何とか体を起こし避けた。思いっきり力を込めると固められていた足の石を砕き自由になった。すぐに手を振り回し二人を近寄らせ無いようにしていたが何度か攻撃を躱したところでゴドウィンがまた突っ込んできた。

 

 させるか!

 

 ガッチリ掴んでグッと両手で握りしめた。前は逃げられたからもう油断しないからね。

 

「一体何のために俺達が苦労してこんな事してるか早く思い出してほしいもんだ」

 

 手の中のゴドウィンが苦しげにそう言った。

 

 なんのため……だったっけ?

 

 一瞬考えてしまい油断したのがいけなかった。ゴドウィンを掴んだ手がビリっとして離してしまうと腕を足場に飛び上がってきた奴に今度こそ気絶するほど殴られまた坂を転がり落ちながら意識を失った。

 

 

 

 

 

 ひと仕事終えて満足気に高笑いするゴドウィンの声で意識が戻り身体を隠すようにかけられたマントの下の自分を確認するとやっぱり裸だ。男の体とはいえ何故こんな羞恥に耐えなきゃいけないんだ。それもこれもあれもどれも何もかもあの女魔術師のせいだ!


 キィーー!ムカつく!!

 

「姫様、どうぞ」

 

 エミリオが引っ掛ける金具が付いた小さな籠に赤い魔石を一つ入れて渡してくれ少しホッとした。

 

「まずは一つ目ですね」

 

 既に傷はポーションで治されているようだが身体はミシミシ音を立てそうなほど痛い。大猿に変身してしまう事で相当な負担がかかっているんだろう。

 

「じゃあ帰ろうか、近くの街までどれくらいだっけ?」

 

「四日ほどですね……最短で」

 

 うんざりしている私をよそにゴドウィンがご機嫌な様子でオロギラスの牙を折りマントで包むとそれを背負って片手で私を支え歩き出した。反対側をエミリオに支えられながら洞窟を出ると日が傾きかけていた。

 

 大きく呼吸して緊張感を解いた。繋いであった馬も無事で今夜はここで野営することになった。オロギラスの棲家だった所だから奴がいなくなった今はここら辺で一番安全な所と言えるだろう。

 

 疲れているだろうがエミリオに魔術具で水を出しもらい、血だらけで泥まみれの身体を洗った。二人もそうしてサッパリとすると簡単に食事を取った。

 

「姫様、ちょっと聞きたいんだがオロギラスを倒した後意識的に逃げ回ってたんですか?」

 

 ゴドウィンが軽く睨みながら言った。

 

「う〜ん、そうね。そうかも、だって殺されそうになったし殴るとかいうし、逃げるでしょ普通」

 

 二人共ガックリと肩を落とした。

 

「正直、オロギラスより姫様を倒す方が厄介です」

 

「ゴドウィン、口が過ぎますよ」

 

 エミリオが口では窘めているが自分もそう思っている事がありありとわかる。

 

「そうよね、だけどあの・・状態になってる時って自制心がきかないっていうか、頭が単純化してる感じで深く考えられないのよね」

 

 自分の事だが夢の中の行動を咎められているようでまるで実感がない。他人事のように話す私にゴドウィンが多少苛ついているがそれも気にならない。まぁまぁ気にするなって感じだ。

 

「だけど何だか学習してる感じがします。前回より倒しにくい」

 

「そうね、それは私もわかるわ。そういう思考は働くみたい、殴られそうになったとき前の事を思い出したの。エミリオの魔術で動けなくなったなぁとか」

 

「余計にまずいじゃないですか。これが後三回あるんですよ」

 

 そう、オロギラスはあと三種類倒さなければいけない。段々と学習して強くなる私を出来るだけ最小限の傷で気絶させないといけない二人の難易度は上がる一方だ。なにせ王女なもんで。

 

「騎士コースではここまで学習能力が高くなかったのに」

 

 ぼそっと失礼なことを言うゴドウィンを睨んでやった。

 

 そんな訳ないでしょ!私は猿以下か!

 

 

 

 

 

 夜明けと共に洞窟の前を出発した。

 疲れた帰りだからってデコボコの道がなだらかになったり歩きやすくなったりするわけは無いし一つ心配事が出てきた。

 ここへ来るまでは殆どどんな生き物にも遭遇しなかったがオロギラスがいなくなったことでその状況は変わったようだ。魔物や動物はそういう変化に敏感なようで鳥やネズミなどチョロリと行く先を横切ったりする。

 

「なんだか心配なのは気の所為かしら?」

 

「私も嫌な予感がします。姫様は目を閉じておいたほうがいいのでは?」

 

 優しいエミリオの物言いゴドウィンが嫌そうに被せてくる。

 

「閉じておくなんて生温いこと言ってないで直ぐに目隠ししといたほうがいい。うっかり驚いて目を開けて蛇を見たらどうなるかわからんぞ」

 

 もちろん私だってそんな事は望んでいない。仕方なく目隠しをされ、馬に荷物のように乗せられて岩石地帯を抜けた。

 森へ近づき馬で移動出来るところまで来るとちゃんと騎乗することは出来たが目隠しは殆ど取ることなくエミリオの馬に私の乗った馬を繋げて引かれながら移動し四日後、やっとのことで森から脱出した。

 時々辺りに蛇がいないことを確認して目隠しを取る時間はあったがかなり辛かった。やっぱり大猿の呪いも解かなきゃいけないようだ。

 

 街道へ出ると流石に目隠しは怪しすぎると取ったがフードを目深に被り出来るだけどこも見ないように街まで戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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