第12話 オロギラス 一匹目2

 親子連れによるとここから南下したところにある森の入口で数日前にオロギラスが目撃され、若い冒険者たちが名をあげようと五人で挑んだが這々の体で逃げ帰ってきたらしい。

 

 オロギラスは森の奥へと入り込んで行ったようだがまだ油断が出来ないだろうとのこと。南へ向かうには森沿いの街道を進まなければいけないため旅人達は大事をとって数日はカシュナに滞在するようだ。

 

 とにかくもっと詳しい情報を手に入れるためにも街へ向かった。

 カシュナは環状囲壁に守られたバルバロディア領内でも大きな街だ。街中へ入るには検問があり身分証を提示し保証金を払わなければ入れない。

 

 オロギラスが出たせいで大勢の旅人や商人が詰めかけ検問には長い列が作られていたが、私達はフィンレー伯父から特別に通行許可証を発行してもらっていたので列には並ばず直ぐに検問を通過した。

 この街で緊急連絡装置を使ってオロギラスの居場所の手がかりをフィンレー伯父に尋ねるつもりだったがどうやら情報は直ぐに手に入りそうだ。

 

 ゴドウィンが慣れた感じで街の通りを進みそれについて行く。大通りに面して並んでいる店は賑わい大勢の人で混雑していた。ここは門から入ってすぐの庶民的な場所らしく平民たちが楽しそうに買い物をしたり食事を楽しんだりしている。チラホラ貴族らしき風体の者が目に入りフードを深く被り直した。王女だと知れたら大変だもんね。

 

 そのままゆっくりと馬を進めると大通りから一本横にそれた少し静かな通りに入って行った。それでも人通りは多く慎重に進んでいくと一軒の店の前で止まった。

 

「ここならゆっくり出来るし情報も入る」

 

 そこは宿屋で食堂も兼ねているところらしく、馬から降りるとゴドウィンが店に入ろうとして振り返った。

 

「ここじゃ身分はあかせないから姫様とは呼ばないほうがいいだろう。勿論男として振る舞ってくれなきゃ駄目です」

 

「確かに、その方が安全でしょうね」

 

 エミリオも頷くとゴドウィンが更に続ける。

 

「なので、今からはそうだな……リックって呼ぶのでそのつもりで」

 

 エミリオと二人で渋い顔をしながら仕方なく承知した。

 いくら男の格好だとはいえ、何度か領地へ来ているしそれなりの者には知られているから出来るだけ部屋から出ないほうがいいだろう。

 

 ゴドウィンが慣れた感じで扉を開け中にいる宿の従業員に声をかけて馬を預けた。ドアの向こうは直ぐに食堂で数人の客がいて左側にカウンターがあり、そこで宿の受付をしているようだ。

 

「アンバー、三部屋頼む」

 

 カウンターにいた妙齢の女性が驚いて振り返ると呆れたようにゴドウィンを見ている。

 

「随分久しぶりね、ゴドウィン」

 

 どうやら二人は知り合いのようで、宿の主人らしいアンバーと呼ばれた女性が部屋の鍵を二つ取り出すと私とエミリオに手渡した。

 

「今日は満室で二部屋しか空いてない」

 

 オロギラスのせいで足止めを食らっている旅人がいつもより多く宿泊しているせいで宿は儲けているようだ。

 アンバーはちょっと意味ありげな視線をゴドウィン送る。

 

「俺はお前のとこでいいよ」

 

 ゴドウィンがさも当たり前のようにいう。それを見たエミリオが私の前に入って視界を遮ると怒りを抑えた声を出しながらゴドウィンを詰める。

 

「姫……リックはまだ子供なんですよ。少しはわきまえなさい」

 

 ゴドウィンはそれを手で押えながらエミリオを睨む。

 

「もうすぐ成人だろ、何だったら折角だから他の女をお前の部屋にも呼んでやろうか?」

 

 一瞬エミリオがビクリと体を震わせた。全く仕方のない奴らだ。

 

「エミリオ、私は大丈夫だ。それより早く話を進めよう」

 

 このまま言い合いが続いても時間の無駄だ。それにしてもゴドウィンって本当にモテモテなのね。アンバーってゴドウィンより年上っぽい感じだな。

 

 ゴドウィンの案内で宿のニ階へあがると廊下を進み一番奥の部屋へ向かった。鍵を開けて中へ入るとベッドの横に大きなテーブルがあり思っていたより広く清潔そうだった。

 

「街の宿ってこんな感じなのね」

 

 これまで平民の泊まる宿屋に入ったことは無かった。九番目とはいえ王女なので旅をしても安全面を考えて行く先々の貴族の屋敷に招待され宿泊するのが当たり前だ。

 

「この部屋はここで一番上等で、向こうに専用の浴室もある。世間知らずのリックはまずここから慣れるといいだろう」

 

 エミリオが泊まる部屋は隣だがここと違いベッドだけで浴室は無く共同シャワーらしい。ゴドウィンは慣れてそうだけどエミリオは普通の貴族だから少し不便なんじゃないだろうか?

 

「一緒に使う?」

 

 私の提案にエミリオは一瞬笑顔を固まらせて丁寧に断られた。

 

「万が一にでもアーネスト様に知られたら命が危ういですからご遠慮致します」

 

「アーネストは別にそんな事気にしないと思うけど」

 

 細かく注意されることはあっても特別に大事にされている気はしない。

 

「姫様がアーネスト様の事を色々と過小評価していることは常々感じていますが、普通に考えても婚約者の浴室を他の男性が使うことは気持ちのいいものでは無いとわかりませんか?」

 

 エミリオが困った子を見るような顔をしている。私だってそれくらい何となくわかるけど奴はそんな風に私のことを見ていないと思う、それに。

 

「アーネストだって他の女性の浴室も寝室も使っていると思うけど」

 

 これまで奴に他の女の噂が無かった訳じゃない。私が成人になるのは数日後だけどだからって男女の営みの事を知らないほど子供ではない。

 あれだけの容姿に大領地の息子という地位もあり引く手あまたのアーネストが数々の御令嬢と噂されるのはいくら行動が制限されている身でも耳に入る。私の言葉に二人共顔を強張らせた。

 

「それは、噂ですよ。ただの噂です、アーネスト様はリアーナ王女殿下の婚約者なのですから」

 

「姫様、そこは大目に見てやらないと。アーネスト様だって若い男なんだから、言い寄られたらつい魔が差す事もあるだろう」

 

 そんな正反対のことを言われても何も響かないよ。

 

 エミリオがゴドウィンを睨みつけているが別にもういい、それより今はオロギラスの方が大事だ。

 

 私を部屋に残しゴドウィンは護衛も兼ねて下にある食堂で情報収集、エミリオはこの先の準備のため買い物に出ていった。

 

 ひとり残されて何もすることは無いし今のうちに浴室を使う事にした。一応それなりに平民の生活の知識はある。

 普段は王女だから湯浴みには側仕えがつくが平民は大体ひとりで入るもので、貴族の中でもひとりで入る者もいると聞いて私もそうしたいとローラに言ったが断固拒否されてしまったことがある。

 仕方なくローラひとりだけを残していまだに髪を洗ってもらっている。私の髪はアーネストと違い少しピンクがかった茶色のなんてことない物だ。ローラが頑張って丁寧に仕上げてくれているからキレイだとは思うがアーネストの髪には敵わない。銀髪なんてズルい、はぁ……

 

 湯浴みを終えてスッキリとし部屋でひとり髪を乾かしているとドアをノックする音が聞こえた。もう情報が集まったのか、そんなに時間が経ってはいないからエミリオが買い物から帰ってきたのかと思いドアを開けるとさっき下のカウンターでゴドウィンと親しげだったアンバーがそこにいた。

 

「昼食よ、ゴドウィンに頼まれて持って来たの」

 

「えっ?あ、ありがとうございます」

 

 食堂でフードを被って食事は出来ないだろうと気遣ってくれたのか?

 

 両手でお盆持っているアンバーを部屋の中へ入れるとテーブルの上に置いてもらった。そういえば今日はまだ何も食べてなかった。

 

「いい匂い」

 

 思わずこぼすとアンバーはフフッと笑い私を見ていた。

 

「何か事情があるみたいね、ゴドウィンから私以外の誰も部屋に入れるなって言われたわ、よっぽどあなたが大切なのね」

 

「私、いや俺は、その……」

 

 湯上がりで髪をおろしたままだがシャツにズボン姿の私はどう見ても男に見えるだろうけど話しかけられてちょっと動揺してあたふたしてしまう。

 

「慌てなくても大丈夫よ。私は何も聞いて無いんだからあなたが何者であろうとただの若い男の子としか扱わないからそのつもりでね」

 

 きっとどこかの貴族の子とでも思っているのだろう。ゴドウィンだって貴族だからそれが気づかっているってことで大体の察しがつくというところだろう。

 

 

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