第11話 オロギラス 一匹目1

 気がつけばポントゥスの姿は既に無く、呆然としたまま焚き火の火を見つめていた。

 

「姫様、とにかくこれだけでも食べて下さい」

 

 携帯食のスープが入ったカップを握らされて反射的にそれを口へ運んだが味はしない。

 私が意識を失っている間にポントゥスは私がぶち当たってバラバラにした小屋の残骸から本や資料をあさりまくり調べていたようだがとにかく言い残した話を一つ一つ理解しなければいけない。

 

 少し気持ちが落ち着いてくるとエミリオが静かに話しだした。

 

「まずはオロギラスです。ご存知の通りオロギラスには幾つかの種類がありそれぞれ攻撃魔術の特徴によって種類が分かれています。

 炎蛇えんだは火の攻撃、水蛇すいだは水の攻撃、風蛇ふうだは風の攻撃、そして光蛇こうだはまだよくわかっていない種類で、攻撃も眩しい光を放つということしか情報がありません。

 ポントゥスによればそれらを見つけ出し、姫様自ら現場に足を運び、放出された魔力を浴び魔石を手に入れなければいけないようです。集まった後の解呪の仕方はここに資料があります」

 

 それだけでも大変なことだ。まずオロギラス自体どこにいるかがわからない、しかも四種類も。きっとバルバロディア領だけでは見つからないだろう。

 

「姫様、オロギラスの事は居場所さえ掴めれば問題ないでしょう」

 

 ゴドウィンは寝転び夜空を見上げながら難しい顔をしているが、昔オロギラスを倒した事があると聞いている。だから多少の勝算があるのだろう。

 

「問題は『賢者の石』ですよ」

 

 エミリオがこめかみを押えながら頭痛を堪えているようだ。

 

『賢者の石』

 

 それは魔力が高濃度に詰まった奇跡の石と呼ばれている大変貴重な石で、月のない闇夜のように漆黒なその姿は手に取るとまるで浮いているかのように重さを感じさせず、人の手による加工は不可能とされている。

 不老不死やどんな病気も治すと言われているがその辺りの効果は不明で、いま確実に効果が認められるのは全ての毒物の無毒化と、全ての属性の魔術を無効化出来ることだ。そんな魔術具は他になく、そのため各国の王や、貴族の中でもかなり裕福な者が探し出そうとしているが勿論なかなか見つからない。

 

 だがエルデバレン国にはそれはある。

 

 それほどの価値があるものなのだから当然、国で厳重に監視され保管され、王族ですら触れることは出来ない。触れる事を許されているのは王のみ。

 

『賢者の石』は国王しか入ることが許されない王家の宝物庫の中にあるのだ。

 

 

「姫様、これは本気で王位を狙う必要がありますよ」

 

 ゴドウィンが低く唸るように言う。ポントゥスによれば猿の、大猿の呪いは『賢者の石』でないと解けないだろうとのこと。

 

「オロギラスの呪いさえ解呪できれば何とかなるんじゃない?」

 

 何とかなんてなりはしないと分かっているが口にしてみた。宝物庫に入ることが出来ればオロギラスの呪いも大猿の呪いも一気に解呪出来るだろうけど、そもそも王位継承のための儀式の時点で男の体だとバレれば終わりだからオロギラスを倒して女に戻ってから王位を目指さなければいけない。

 

 はぁ……私が王位なんて狙えるわけない。

 

「蛇を見ないために一生部屋に籠もるとか?」

 

 ゴドウィンが鼻で笑う。小さいヘビなんてそこら中にいるし、食事にだって蛇の肉が出る。

 

「死んでたり切り刻まれているものは大丈夫なのか試して見ないといけませんね」

 

 エミリオが本気か冗談かわからない表情をしている。

 

「確か気絶すると元に戻るんだっけ?どこか人気のない場所で試す?」

 

 ため息をつきつつ返すとゴドウィンが意外そうな顔した。

 

「大猿になっている間、こちらの話を理解してたのか。滅茶苦茶に暴れていると思ってたんだが」

 

「話してる声は聞こえていたわ。でも夢の中のようなハッキリとしない感じだった。それに凄く感情的というか、気持ちが抑えられなかった」

 

 ボンヤリとした記憶を思い起こしながら自分の手を改めて確認した。今はいつもの普通の手だ。私は女性としては平均的な体つきだが手だけは小さい。さっき大猿であったであろう時に見た手は毛むくじゃらでシワシワの灰色の手だった。最悪だ、には絶対に知られたくない。

 

大猿あの状態でも話は通じるなら最初に考えていたよりマシだ。姫様が蛇であるオロギラスを見て大猿になって奴を倒した後に俺が姫様を倒せばいい」

 

 ゴドウィンが嬉しそうに見えるのは突破口が見えてきたせいだと言ってほしい。まさか私をぶん殴るのが楽しいなんてことないだろな。

 コイツは本当に突飛なことが好きなやつだ。バルバロディア領でそこそこの上位貴族のゴドウィンとエミリオはそれぞれある理由で有名だ。

 

 ゴドウィンは貴族でいながら堅苦しいことが嫌いでいつも平民が好んで集まる町の小さな居酒屋などで食事をし酒を飲む。バルバロディアでは貴族と平民の壁はそれほど高くは無いがそれでも気軽に一緒に飲み食いするような関係性は難しい。ゴドウィンはそんな事お構い無しで町で飲み歩き平民の知り合いも多数いるようだ。噂では女性にも大いにモテる悪い男らしい。

 

 エミリオは女性と間違われそうなほど美しい整った顔で貴族らしい優雅な雰囲気を醸し出しておりパーティやお茶会などの護衛に連れて行くと、他のお嬢様方の目を釘付けにしている。

 家柄もよく優秀で礼儀正しく話し方も優しい。このエミリオも実はひと癖あって重度の女性恐怖症だ。子供であれば問題ないが成長するにつれ駄目になっていくらしい。最近では少し軽減され一定の距離をあけての会話は大丈夫だが触れる事は無理らしい。

 一度はどこぞのお嬢様がエミリオをモノにしようとイキナリ抱きついたようだがそのまま気絶した。突き飛ばす訳にもいかず、かといってますます力を込めて抱きしめてくるその状態に堪えきれず神経が限界突破したのだろう。

 だが何故か私にはまだそこまで拒否反応は出ていないため護衛を続けている。私ももうすぐ成人するが色気が足りないから女性扱いされていないのかもしれない。ちょっと複雑な気持ちになってしまうが優秀な護衛なのだからその方がいい。

 

 これからの事を話し合った結果、先ずはここから馬で半日ほどのところにあるカシュナという街へ向かうこととなった。

 カシュナには緊急連絡装置がある為バルバロディアの城にいる伯父のフィンレーへ連絡を取ることが出来るからとにかくオロギラスのいそうな場所を尋ねることにした。

 

 オロギラスはそもそも人里離れた場所に棲息していることが殆どで見つけるのは難しい。カシュナで探りを入れるつもりだがポーションや食料も追加しなくてはいけない。

 今回の戦闘は極秘に行わなければいけないため私達三人以外の者は連れていけない。そうなるとエミリオとゴドウィンの二人にかかる負担は相当な物だからせめて準備だけでも万全にしなければいけないだろう。

 

 夜明けを待って馬を走らせた。街へ向かう為フードを被って顔を見られないようにした。道中蛇を見るわけにもいかず出来るだけ地面を見ないようにした。

 昨日大猿になったせいかポーションを使ったもののダルさが抜けきれず少し辛いが、カシュナへ行けばオロギラスの居場所がわかるまで嫌でも待機しなければいけないだろうからその時に休めるだろう。

 順調に街道を進み思っていたよりも早くカシュナが見えてきた。街が近づくと街道を行き来する馬車や旅人が増えてくるのはいつもの事だが今回は少し様子が違う気がする。

 街道が混み合うため馬の速度を緩めながら人々を見ると焦りながらカシュナを目指しているようだ。

 

「何かあったのか?」

 

 ゴドウィンが荷馬車に乗った親子連れに声をかけた。

 

「南の森に魔物が出たらしいんだがどうやらオロギラスらしい」

 

 私達はお互いに顔を見合わせた。

 

 こんなにいいタイミングでオロギラスの目撃情報とか出来すぎじゃない?

 

 

 

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