第10話 変人魔術師ポントゥス3
ブラブラと揺さぶりながら目の前にぶら下げたゴドウィンを見ていた。こうやっていると手も足も出ないだろうから私の勝ちだ。
気分がいいねぇ。
「まだかエミリオ、早くしないと誰か死ぬぞ」
逆さまのゴドウィンが不敵に笑いながらぶら下がっているがその手には鞘から抜いた剣が握られている。
こいつまさか私を斬るつもりなの?
そう思うとまた怒りがこみ上げてきた。持っていたゴドウィンの足を放り投げてやろうと振り上げた。
「気絶させなさい!!意識を奪えばいいようです!!」
エミリオの叫ぶ声が聞こえたかと思うと今まで掴んでいたゴドウィンが急にすっぽ抜けたのか手から逃れて私の頭上から剣を振りかぶり落ちてくる。
斬られる!!
慌てて手で頭を庇いながら体を返した。ゴドウィンが私の頭の側をかすめたかと思うと背中に取り付いた。
嫌だ、怖い!
剣を振りかざされるのが怖くなって手で振り払おうとしているがなかなか手が届かない。このままじゃ後ろから斬られてしまうと思い地面に寝転ぶと背中を押し付けてやった。これで流石に大人しくなったかと思ったが確認するとどこにもいない。
どこに行った?
起き上がりキョロキョロしていると突然体にバチッと痺れが走り動けなるとバタリと倒れた。
「今ですゴドウィン!」
「言われなくても!!」
動けなくなった私めがけてゴドウィンが剣を振り下ろしてきた……ところまでは朧気に覚えている。
夢を見ていたのか……目を開けると満天の星空が美しく輝いていた。気温が下がる夜のバルバロディアは月が一際大きく美しく見えることで有名だ。
銀色に輝く下弦の月をぼんやりと眺めていた。少し肌寒い気がして肩までかけられていた毛布に潜り込もうとして気がついた。
「何故裸なの?」
ぺたんこの胸なので変わらず男の身体のままなのは直ぐに分かったが全裸なのはなぜ?
「姫様!気が付かれましたか」
エミリオがホッとしながら振り返った。ここはまだポントゥスの小屋の前で破壊された小屋の破片で焚き火をして暖を取り野営しているらしい。
火を囲みながらゴドウィンと顔色の悪いポントゥスもいて携帯食のスープを食べていたようだ。二人の様子を見てもどうやら解呪は失敗したらしいことは明白だ。
「どうなったの?!」
慌ててかけられていた毛布を顎まで引き上げた。男の身体とはいえ恥ずかしさはある。一国の王女の着替えを護衛の男がするわけにいかなかったのか、エミリオが私に服を用意してくれたのでそれを毛布中でゴソゴソと身につけると焚き火の側へ行った。
「ポントゥス、説明を」
口調は冷静に取り繕っているが全裸で気絶とかありえないわよ!
身体をビクリとさせ緊張した顔のポントゥスが申し訳無さそうに私を上目遣いに見ている。
「実は……解呪には失敗致しました」
「それはわかってる。それで、次はどうするの?」
失敗したのは腹立たしいが負ったはずの頭の傷もポーションで治したのか痛みはないし、ゴドウィンとエミリオも無事そうだ。もちろんポントゥスも怪我はしてなさそうだし振り出しに戻っただけだろう。
「殿下が休まれている間に焼け残った書物を読みましたところ、私の行った魔術は半分は正しかったようで呪いを正しく解く糸口は掴めました」
全くの失敗ではなく不測の事態が起きただけだと言いたげな感じが少しムカつくがそこにこだわっていては話が進まないだろうと思い先を促した。
「呪いは簡単に解読され解呪できないように守りの保護をするのが一般的ですがそれは既に私が解いております」
確かにさっき気合で何かを弾き飛ばした感じがしていたからそれがそうだったんだろう。
「続きましてオロギラスの呪いを解くために、それに対抗出来る猿の呪いを私にかけて殿下の身体からオロギラスを弾き飛ばそうとしたのです」
呪いを解くために呪いを利用するとか、イマイチ飲み込めない事だが専門家が言うんだからそうなのか?それにしてもさっきも気になったけど蛇の天敵って猿だったっけ?もっと爪が鋭い猛獣とかのほうが強そうだけど。
「それがどうして姫様があのような姿になったのです!」
いつも冷静なエミリオが珍しく怒っている。そういえば私って一体どういう状態だったのだろう、何もかも小さく見えていたけど……
「私ってどうなってたの?」
一瞬にして場が凍りついた。さっきまで話していたポントゥスとエミリオは黙り込み俯いて目も合わさない。こういうときは空気を読まないゴドウィンに尋ねるに限る。
「ゴドウィン」
「猿です」
は?
ゴドウィンは何でもないという風に携帯食のスープを飲み終わりグッと伸びをした。そして私をじっと見るとハッとしたような顔をした。
「あぁ、違う、間違えました」
なんだ間違いか一瞬『猿』って聞こえてドン引きしちゃった。
「大猿です、かなりヤバい感じの赤ら顔で毛むくじゃらで豪毛で」
「ゴドウィン!止めなさい、もういい」
エミリオが頭を抱えて言葉を遮った。
「猿?」
「大猿です」
私の言葉をゴドウィンが訂正するが肝心なのはそこじゃないだろう!
「私が猿だったの!?」
猿……猿って、あの猿。そういえば手が毛むくじゃらだった……最悪だ。
私は頭を抱えてガックリと落ち込んでいるがそれに構わずポントゥスは説明を始めた。
私にも同時に薬品が降り掛かったことも一因だろうがそのお陰で分かったことがあるという。
「オロギラスの呪いはオロギラスで解けばいいようです。私はてっきり天敵をぶつければいいと思っていたのですがオロギラスにはオロギラス、猿には猿がいいようです。簡単だったんですね」
「だったら最初からそれでいけばよかったじゃない!」
「申し訳ございませんがこういうものは失敗を重ねることによって正解への道が開けるのですから致し方ありませんな」
コイツぶん殴ってやりたい!!
怒りに拳を握りしめたがとにかく詳しい話を聞いてからだ。何度か深呼吸して怒りを抑えると改めて詳しい話を聞くことにした。話が終わったら絶対に一発殴る。
「オロギラスの呪いはそれぞれ象徴される各オロギラスを自らの手でトドメをさして倒し絶命時に放たれる魔力を浴び、しかもその魔石を集めることによって解呪が可能となります。
私が見たところ、火、水、風、光のオロギラスが殿下の呪いに使われておりますからそれらを倒してください。魔石を集めたのちはそこらの魔術師でも可能な方法で解呪出来ますから、エミリオ殿に資料を渡しておきます」
とにかく解呪方法が分かっただけでも良かったか……だけどオロギラスが四匹とは、一体どうやって探し出せばいいんだ
私がそこに気を取られているとポントゥスはおもむろに立ち上がりながら早口で話を続けた。
「先程の話の通り呪いを解くには利用した魔物を倒してその魔石を使って解呪するわけですが殿下には今回『大猿』の呪いもかかっておりますゆえそれも解かなければいけないでしょう。
その為には『大猿』が必要ですがあれほど巨大な猿は存在しないでしょうからその方法による解呪は不可能でしょう。恐らくオロギラスの呪いと相まって相乗効果で思わぬ副作用が働いたのですな、ですがまぁご安心を。
この国には全ての呪いを解呪できる『賢者の石』がございますからそれで何もかも解決ですな。おぉ、それから念の為に申しておきますがどうやら『大猿』は蛇を見ると現れるようですので出来れば道中蛇にはくれぐれもお気をつけくだされ、ではごめん」
スタスタと去っていくポントゥスを黙って見送ってしまったのは私だけではないのだからきっと仕方がなかったのだろう。
先程の話の中には簡単には飲み込めない単語がそこかしこに散りばめられており全く消化できる物ではなかった。
私ってどうなってるんだっけ?
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