第9話 変人魔術師ポントゥス2
さっきよりも時間をかけてポントゥスは小屋の中を荒らして……いや探っているようだ。エミリオが手伝いを申し出ると次々と怪しげな物が運び出されてきた。
小屋の前にそれらは用意されていく。汚れた絨毯を広げ、魔石、すり鉢、薬壺……どんどんと怪しさが増して来た頃やっとゴドウィンが偵察から戻ってきた。昼寝でもしていたのか欠伸をしていたが見なかったふりをしておこう、それどころじゃない。
いよいよ準備が整ったのかポントゥスは私を汚れた絨毯の上に座らせた。よく見るとそれは魔法陣が描かれてあり自らもそこへ座り向かい合うとすり鉢に色々なものを放り込みゴリゴリと混ぜ始めた。
「呪いというのはオリジナルの魔術であることが殆どです。それぞれが得意とする分野を用い何かを発明するのはさっき申しましたが……」
そんな事言ってたっけ?
話を続けながらポントゥスは手を止めない。すり鉢を膝に抱え込み今度は真剣な眼差しで薬品を混ぜながらうなり始めた。すると座っていた絨毯の魔法陣が光り始める。
「殿下がかけられた呪いは確かに蛇の呪いです。そこら辺の者ではわからないでしょうがそれはただの蛇ではありません」
「じゃあどんな蛇かあなたには分かるの?」
ポントゥスはすり鉢を擦りながらさも当たり前のようにコックリと頷く。
「私ほどの魔術師ともなれば見ただけでその系統がハッキリとわかります。まぁ、そこら辺の者ではわかりませんが」
自分が只者では無いアピールが凄い。
「それで、なんなの?」
ポントゥスは勿体ぶってゴホンと咳払いをする。
「……オロギラスです、それはオロギラスの呪いです」
「オロギラスって、あの大蛇の!?」
驚いた私は護衛の二人を振り返った。
エミリオは真っ青な顔をして私を見つめているが、ゴドウィンは目をギラリとさせ口の端を上げた。
コイツ、面白いことが起きそうだと喜んでやがる。
オロギラスとは成体は胴回りが大人が両手を広げた程にもなる巨大蛇でその姿は滅多に見られない。時折り森の奥地などで発見され討伐されることもあるが幾つかの種類がいてそれぞれ特徴を持った攻撃魔術を使う手強い魔物だ。
討伐の際の基本は集団で攻撃を仕掛けて倒し、その素材を売ればかなりの儲けになるが失敗すれば命はない。牙を持って帰ればその大きさで自分の力量を示せるいい機会となる為、血気盛んな冒険者が腕試しに挑むこともあるようだ。もちろん牙も高く売れる。
「オロギラスを利用したとなればかなり強力な呪いでしょうな」
ポントゥスは唸りながらますますすり鉢を擦り続けた。ただ蛇の呪いだと思っていたがその種類で呪いの力が違うとは思わなかった。
「解けるのよね?」
なんだか不安になってきたがポントゥスは手を止めるとすり鉢を脇に下ろし目の前の私の肩を掴んだ。
「もちろんでございます、参りますぞ!!」
驚いて身構えるとポントゥスは魔術を発動したのか魔法陣がこれまでよりも眩しく光だし、掴まれた肩から術が流れ込んでいるのかぞわりと寒気が走る。
「どうなっているの!?」
焦って叫び声を上げるとポントゥスは真剣な眼差しで私を見つめ冷静な声で話す。
「動かないで下さい、これより呪いを解く第一段階を始めます。まずは呪いを覆う保護の守りを解きます、ふんぬっ!」
ポントゥスの気合と共に私の身体からビシッと何か弾け飛んだような感覚がした。
これが呪いの保護ってやつ?
その瞬間私の身体から黒い煙のような物が立ちのぼった。それは細長くウネウネとし、まるであの夜の時のようだ。
「出たな、やはりオロギラスか。ワシの目を欺けると思ったか!!」
ポントゥスの叫び声に反応するかのように蛇のような煙が彼に攻撃を仕掛けようと向かっていったがそれはあっさり弾き飛ばされた。
「ハッ!愚か者め。それくらい見越しておるわ」
容易く攻撃をかわし不敵に笑うポントゥスがかなり頼りになるやつに見えてきた。誰だ変人扱いしてるの。
「いよいよ参りますぞ、殿下」
どうやら呪いを払う佳境に入ってきたらしく一際魔法陣が輝く。ポントゥスはまたまた勿体ぶってゴホンと咳払いをした。
「生き物を使った呪いを祓うにはその天敵で迎え撃てば良い!蛇の天敵といえばそれは当然、猿!!」
えぇっ、そうだっけ?
私が疑問に思っている間にポントゥスはさっき脇に置いたすり鉢の中身を素手で掴み上げると自分に振りかけた。
ちょっと、私にもかかってるんだけど。
「研究すること三年前に数ヶ月、一度試しただけでおおよそ成功しかけたこの技を受けるがいい!!」
待て待て待て!!それって失敗してるってことだよね?しかも研究期間が古いうえに数ヶ月って短くない?
かけられた薬品は黄色い光を放ちながらポントゥスを包み込み次の瞬間、私から立ち上っていた黒い煙と絡み合ってぶつかると物凄い衝撃がし私とポントゥスは絨毯の上から弾け飛んだ。
「姫様!!」
エミリオとゴドウィンの叫ぶ声が聞こえたが耳鳴りのような嫌な音がしてよく聞こえない。体はふき飛ばされたせいかギシギシと骨が軋むように痛み頭が痛い。
無理やりに目を開くと少し離れた所にポントゥスがいてコッチを驚いた顔で見ているがなんだかサイズ感が変だ。近いのに遠いような、上から見下ろしているような感覚だ。首を回して駆けつけてきたはずのエミリオとゴドウィンを探したが最初は何処にいるのかわからずよく見ると見下ろす位置に驚く二人の顔があった。
「姫様ぁ!!」
エミリオの叫びはまるで夢の中で聞いているようでくぐもったような声だ。
「きさま!!姫様に何をした!?」
ゴドウィンが怒りポントゥスに詰め寄る。エミリオは一瞬呆然としていたがハッと我にかえるとキョロキョロ辺りを見回し何か探しているようだ。
ゴドウィン、やめなさい!
ポントゥスに剣を向けるゴドウィンを止めようとしたが何故か言葉が出ない。ズキリとした痛みを頭に感じてそこを手で触り、ぬるりとした感触に出血していることがわかった。
怪我のせいで話せないのかな?
その手を引き寄せ出血具合を確かめようとして固まった。そこには毛むくじゃらで灰色の手が見える。自分の意思で動かしていることを確認したくて握ったり開いたりしたが間違いなく私の手だ。側にいるエミリオを見るとどこかからシーツを持ってきて私に差し出した。
「姫様、傷に押し当ててください。出血が酷い、いまポーションをお持ちします」
顔を真っ青にしながらも私を気づかってくれているがその大きさは私の半分以下だ。
エミリオ縮んだ?
一瞬そう思ったが周りを見るとそうではないことが分かる。私が巨大化しているのだ。
なんで!?どうしてこんなことになっているの!?
そう思ったらどうにも怒りが収まらなくなり、立ち上がるとポントゥス目掛けて飛び出した。
「姫様、お止めください!!」
遠くで獣の叫び声が聞こえ、エミリオの叫ぶ声も聞こえる。飛びこんだ先にポントゥスがいるはずが私の動きに気づいたゴドウィンが奴を連れて横っ飛びに飛んだ。
勢いあまった私はポントゥスの小屋に突っ込み屋根が吹き飛んでいただけだった小屋は今度こそバラバラに崩れ去った。体制を立て直すと顔を引きつらせたポントゥスを見つけ睨みつけた。
待ちなさいよ!なんなの、これどうしてくれるのよ!
また叫んだが何だか声になっていなかった。だけど怒りは収まらず再び飛びつこうとするとゴドウィンがポントゥスをエミリオのいる方へ突き飛ばした。エミリオは素早くポントゥスを抱え後ろに下がったのでそれを追いかけようとするとゴドウィンが私の足を蹴っ飛ばしてきた。
「姫様、久しぶりに一戦交えましょうや」
ニヤリとしながらそう言われ蹴飛ばされた足の痛みもあったせいか今度はゴドウィンに腹が立ってきた。腕を振り回し捕まえてやろうと追いかける。
「そんな大振りじゃ全く相手になりませんよ!」
ゴドウィンは叫びながら逃げていく。
「どうすれば元に戻せるのです!?」
遠くでエミリオの叫ぶ声が聞こえる。かなり焦っているようだが私はゴドウィンを捕まえることしか頭に無い。追いかけながら何度か掴みかかっていたら足が片方、指先に引っかかった。
やった!捕まえた!!
目の前にゴドウィンを吊し上げ逆さまにぶら下げる。
私を蹴っ飛ばすなんて、謝っても許さないんだからね。
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