第8話 変人魔術師ポントゥス1

 馬の用意をしてもらっている間にこの城の自室に向かい服を着替えた。

 

「私もご一緒したかったです」

 

 馬に乗れないローラはついて来れないことを嘆いていた。本来なら王女である私がどこかへ出歩くなら護衛の二人以外に誰か女性を連れて馬車でいかなければいけないだろうがこの身体の秘密を他へ漏らすわけにはいかないので三人で向かうことになった。母上の里で私がいずれ統治する領地とはいえ全ての人が信用出来るわけではない。

 

 化粧を落とすとお姫様仕様のドレスを脱ぎ美しく結い上げられた髪を後ろで一つに結びなおす。

 膝丈のスカートがついた上着にスパッツ姿のいつもの女性騎士の服に着替えようとしてはたと気づいた。この服じゃ今の私の体には合わない。ドレスのようにアチコチ詰め物をするのは無理だし面倒だからいっそ男性用の服がいいんじゃないか、そう思いローラに頼んで冒険者の服を用意してもらった。

 渋々ながらもローラが私をシャツとスボンに着替えさせマントを羽織り、冒険者の格好になると剣を帯びた。ゴドウィンとエミリオも同じ様な服に着替えているだろう。

 

「なんだか凛々しいですわ、姫様」

 

 ローラが少し頬を染めうっとりとした表情で私を見ている。

 

「このお姿を見るといつも姫様の周りに女性貴族達が詰めかける気持ちが良くわかりますわ」

 

 私が夜会に出ると寄ってくるのは女性ばかりだ。大概はアーネストと一緒に出席するため奴の強力な引力に惹かれた女性で周りが埋め尽くされる。

 

「彼女達の目当てはアーネストよ」

 

 奴が独りでいるときは冷たくされて近寄りがたいみたいだが、私が一緒にいると緩衝材になるのかお嬢様達が寄ってきてはアーネストに見惚れている。

 

「いいえ、リアーナ姫様を見にいらっしゃる方もおりますわ。姫様の騎士姿は社交界でお嬢様方の噂の的ですから。先日も姫様が他国のお嬢様を助けられた時、皆様方から嫉妬の眼差しを向けられておりましたよ」

 

 助けたなんて大袈裟な。ただ夜会の混雑するさなかに押されて転んでしまうという大失態をおかした娘を可哀想に思って手を貸してあげただけだ。特に男性にモテたいとは思っていないが女性ばかりに取り囲まれるのもどうかと思う。

 

「姫様は時々キリッとして男前な言動をなさいますから世間知らずなお嬢様方は憧れてしまうのでしょうね」

 

 私はただお嬢様に手を差し伸べながら「ここは疲れますね、もっと静かなところへ行きましょう」と羞恥で顔が赤い彼女を落ち着かせようと手を引いてベランダでひと時過ごしただけだ。

 だけどアレって男性が女性を誘うときの言葉らしい。そんなの知らないわよ。誰も私にそんな事を言ってこないしもちろんアーネストはそんな事を言うわけない。

 

「馬鹿なこと言ってないで出発するわよ」

 

 私の姿を見て面白がっているゴドウィンとため息をつくエミリオと合流し厩舎へ向かうと三頭の馬が荷物を積み既に用意がされていた。

 

 私にとってこんな少人数での遠出は初めての事だった。騎士コースの訓練のために王都周辺でうろつくことはあっても、隊列を乱すわけにはいかず自由がきかなかった。だが今回は流石に大勢で移動して目立つ訳にはいかない為このような形での行動だが実は喜んでいた。

 

「お帰りをお待ちしております。二人共、姫様を宜しくお願い致します」

 

 それぞれ騎乗すると心配顔のローラに見送られ城を後にした。 

 

 

 

 ゴドウィンとエミリオを連れ早速フィンレー伯父に教えてもらった場所を目指していた。

 バルバロディア領では領地内の産業を発展させる為にまず街道の整備に力を入れていた。特産のワインは特に輸送の仕方によって味が変化するため畑から城へつながる道が一番優先されて整えられた。

 整備された道は走りやすく輸送時間を大幅に短縮でき製造や取り引きの効率も上がっていた。

 

 大変な事になってしまったとはいえ自由に馬を走らせる事ができ凄く気持ちが良かった。いつも安全に考慮された所しか走らせてもらえないが今は誰にも何も言われない。

 広々とした草原を横切ったりなだらかな丘を越えたり、こんな状況でなければもっとゆっくりと楽しみたいものだ。

 

 街道を休まず走っていたが昼を過ぎた頃、休息をとろうと街道沿いの小さな町へ立ち寄った。軽く食事を取っている間にゴドウィンが馬を交換して来たのでまたすぐにポントゥスがいる森を目指した。

 走りやすい道に天候も良く予定より早く目的地へ到着しそうだ。

 

「姫様、あれがフィンレー様が仰っていた森です」

 

 先を行くエミリオが振り返って前方に見える森を指し示した瞬間、ドォーンという爆発音と共に黒い煙が森の中に立ち昇った。

 バタバタと多くの鳥が飛び立ち逃げていく。私は馬の足を少し緩めた。恐らくではなくきっとポントゥスの仕業に違いない。

 

 うぇ〜、凄く行きたくない。

 

 エミリオが顔を引きつらせ様子を見てくると言い残し先に森へ入っていった。ゴドウィンは目をキラキラさせ面白くて仕方がないという顔をしている。

 

「なんの爆発だったんでしょうね、姫様」

 

 風向きのせいか森の入口で待っている私達の方へも焦げた匂いと共にすえたニオイも漂ってくる。怪しげな実験でもしていたのだろうか。

 しばらくしてエミリオが戻ってくると直ぐにポントゥスの住んでいるところへ案内された。

 

 ポントゥスは自分で森の奥に小屋を立てそこで生活しながら新しい魔術や薬の実験をしてるようだとエミリオが教えてくれた。

 ほどなく小屋に到着すると屋根部分が半分吹き飛び玄関扉が焦げた小屋が見えてきた。その前にひとりの年老いた男が待ち構えており、私達は馬を降りると彼に近寄った。

 

「ポントゥス様、こちらが先程お話したリアーナ王女殿下であらせられます」

 

 エミリオが私を紹介する。

 

「突然の来訪に驚かせて申し訳ありません、このような格好で失礼致しますが王女リアーナです」

 

 ポントゥスは恭しく頭を垂れ礼をとる。

 

「お初にお目にかかります、私は魔術師ポントゥスと申します。王女殿下にあられましては……」

 

「口上は結構、早速ですが要件に入りたいのです」

 

 小屋の中は外側よりも酷いらしく、なんとか使えそうなテーブルと椅子を持ち出し近くの木陰に置くとそこで話をすることとなった。幸いここは人里離れた森の中だから誰かに盗み聞きされる心配もない。

 

 他言無用とし例の話をした。

 

「ほうほう、それで呪いでは無いかとお考えになりお越し頂いたわけですか」

 

 先程の爆発のせいか少し焦げた服装ではあるがポントゥスの見た目や言葉遣いなどは噂ほど変人とは思えないまともなものだった。白髪に長い顎髭の普通のお爺ちゃんという感じだ。

 

「殿下恐れ入りますが残された痕跡を見せていただけますかな?」

 

 流石にポントゥスの前で胸元をはだけて見せることはできず男物のシャツのボタンをいくつか開けて肩をずらして背中を見せた。

 ローラ以外にハッキリと見せていなかった為、エミリオとゴドウィンまでポントゥスと一緒に私の背中をマジマジと見ている。いや普通に恥ずかしいんですけど。

 

「申し訳ありませんが触れても宜しいかな?」

 

 仕方なしに頷くとポントゥスは蛇に締め付けられてできた傷痕のような物を指でなぞりう〜んと唸った。そのまま立ち上がり焼け焦げた小屋に入っていくと何やらゴソゴソと散らかった室内を探りだした。

 数分後、どうやら焼けずに残っていた分厚い本を片手に戻ってくるとテーブルにそれを置いた。ゴホンと咳払いをし話し出す様子は学院のつまらない講義をする先生のようだ。

 

「えぇ〜、古来より我々魔術師はあらゆる研究を行い色々なものを生み出してきました。その中で最も広がった物がポーションのような回復薬ですがどうにも研究者というものは既存の物を上回る何かを作り出したくなる性分と言いますか探究心といいますか、後にハイポーション、魔力ポーション、毒消し、と色々なものが開発され……」

 

 長くなるやつだなこれ。


 私はエミリオに合図して持ってきた荷物でお茶の用意を頼んだ。ゴドウィンはとっくに木陰から出ると朝から馬に乗りっぱなしで退屈していたのか周辺を見回りに行った。私だけがここから抜け出せないのは不本意だが呪いを解くためには仕方がない。

 

「であるからして魔術師が今日のエルデバレン王国を支えていると言っても過言ではありません」

 

 終わったか?

 

 エミリオがいれてくれた二杯目のお茶を飲み終わろうとした時、ポントゥスがホッとひと息つき自分の前に置かれた冷えたお茶を一口飲んだ。

 

「そもそも魔術と言うのは……」

 

 駄目だ、まだ続きそう。

 

「ポントゥス、分かりました。取り敢えず今の手持ちはこれだけです」

 

 私は素早くエミリオが差し出した革袋をドンとテーブルに置いた。

 

「この呪いが解けるのか解けないのかどっちですか?」

 

 古老はジッと革袋を見て考えている。もしかして怒らせたか?変人ポントゥスは金に興味が無いとか?

 

「それだけあれば小屋を再建し助手も雇えるか……」

 

 眉間にシワを寄せボソリと言う。どうやら使い道の算段を立てていたらしい。再びゴホンと咳払いをすると勿体ぶった顔で答えた。

 

「出来ます」

 

「直ぐにお願い、足りない物は用意します」

 

 ポントゥスは頷くとまた小屋へ入っていった。

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