第7話 バルバロディア領

 私はザッカリーを見上げるとニッコリ笑った。

 

「いくら婚約者でも私が何を言ったところでアーネストはいつもご自分のしたようになさる方なのはご存じのはず。騎士団長ともあろう方が無駄足ですね」

 

「ですがリアーナ王女殿下は王位継承権を主張したとお聞きしました。それならば私は騎士団長として殿下を後押しさせて頂く事が出来ます」

 

 ニヤリと得意気に笑みを浮かべながらザッカリーが恭しく頭を下げる。

 

「リアーナ王女殿下が王となればアーネストは王配となられる。王配殿下となれば城に留まる事になり騎士団長となることが出来ます。ここでお約束頂ければ直にでも我々騎士団が後押しすることを表明致します」

 

 そこかぁ、でも私が王になるのは絶対に無理だし嫌だ!

 

「結構です」

 

 私は合図して転移装置が有る部屋へのドアを開けさせる。

 

「えぇ!?ですがこのままではリアーナ王女殿下が王となられるのは……」

 

 まさか断られると思っていなかったのかザッカリーは少し焦った声を出している。

 

「では御機嫌よう」

 

 焦る騎士団長をよそにゴドウィン、エミリオ、ローラを連れて部屋に入りドアを閉めた。

 

 こっちは急いでいるというのに邪魔なやつだ。

 

 転移装置を操作するには魔力がいるがエミリオがいるから今回は他の魔術師は呼んでいない。

 

「なかなか良いところを突いてきましたな」

 

 床に施されてある複雑な模様の魔法陣の上に一人で立ちながらゴドウィンがニヤリと笑う。ザッカリーがアーネストを騎士団へと誘っているのはいつもの事だが今回はちょっとウザかった。

 

「リアーナ姫様が王位に興味が無い事をご存知無いのでしょう」

 

 エミリオが魔法陣へ魔力を流すとそれは一瞬光を放ちあっという間にゴドウィンは目の前から消えた。一度に運べる人は三人までだし、万が一に備え先に護衛を向かわせ転移先の安全を確保するためだ。

 

「さぁ、姫様」

 

 ローラが私と寄り添い魔法陣の上に立った。エミリオも一緒に並び足元が光ったかと思うと直ぐ目の前にゴドウィンの姿が確認できた。ここはもうバルバロディア領なのだ。

 見慣れた転移装置の部屋から出ると早速私の教育係を務めていたパウルが出迎えてくれた。

 

「姫様、お久しぶりでございます」

 

 パウルは幼少時の王都での教育係だったが私が学院に通いだした今は領地に戻り優秀な文官として働いている。

 

「半年ぶりかな、元気だった?」

 

 確か四十歳くらいだったはず。きっちりと髪を後ろに撫でつけ眼鏡をかけたあまり表情を顔に出さない男だ。

 

「お陰様で、二年前に領地へ戻って以来心労が減ったせいか睡眠も良く取れております」

 

 パウルは私の教育係をしていた時のことを遠い目をして思い出しているようだ。別にそこまで問題児だったことはないはず。

 ただ社交に必須のダンスレッスンを抜け出し屋敷内にいる騎士達の訓練に王女の力を振りかざしコソッと参加したところを連れ戻されたり、自領の歴史を長々と語る先生から逃げ出し王女の力を振りかざし騎士の訓練にコソッと参加したところを連れ戻されたりしていただけだ。

 

 それもゴドウィンとエミリオが護衛に付きキッチリと剣の訓練の時間を取りだしてからは頑張って他の勉強も真面目に取り組んだ。そうしないと訓練の時間をどんどん削られるという恐ろしい罰が用意されていたからだ。

 

 勿論何度も来たことがあるバルバロディアの城だが一応パウルが案内する形で城内を進む。

 黙って後をついていくが今朝は学院へ書類を出したり転移装置を使う為に人目を気にしなくてはならず王女仕様のドレスを着ていたから動きづらくて仕方がない。

 このヒラヒラしたドレスを着替えたくて早くここにある自分の部屋に行きたいのにこの方向は領主の執務室へ向かっているようだ。来たからには領主に真っ先に挨拶するのは当然だから仕方がないか。

 

 私が来ることはもちろん知らされているだろう。領主である伯父の部屋に近づくと護衛がタイミングよくドアを開け足を止めることなく部屋へ入っていった。

 

「リアーナ王女殿下、お久しぶりでございます」

 

 領主である伯父フィンレーと伯母イブリンが恭しく頭を垂れると礼を取る。伯父と伯母とはいえ私は王族なので毎度このように挨拶がなされる。

 

「お久しぶりです、フィンレー様、イブリン様。変わりありませんか?」

 

「妃殿下、王女殿下の御威光により恙無く過ごしております」

 

 ここまでがお決まりの挨拶だ。

 

「早速ですが伯父上、直ぐに出掛ける準備をしなければなりません」

 

 真面目で優しい気質のフィンレーが困ったような顔をした。

 

「一体何があったんだい、リアーナ。緊急連絡装置ではエリザベスはあまり詳しく説明してくれなかったが」

 

 挨拶の後一応の人払いが済んで身内だけになりくだけた話し方になると、伯母のイブリンが私を見て少し首をかしげた。

 

「なんだかいつものリアーナと違う気がするわね」

 

 母上と同じく鋭いところがある彼女は誤魔化せない。私は二人に近づくとそっとドレスの胸元を開いた。

 

「実は男になってしまいました」

 

 胸元を開いた瞬間にフィンレーが驚いて顔を反らしたが一瞬の間を置いてギリギリと音がしそうなぎこちない感じで振り向いた。遠慮がちなフィンレーと違いイブリンはさらにグイッと私の胸元を開かせた。

 二人共無言で確認を終えると私から少し離れた。衣服の乱れを直しているとフィンレーはふらついた足取りでソファに倒れ込んだ。

 

「な、な……」

 

 動揺がおさまらない伯父をよそにイブリンは一瞬目を閉じたが直ぐに体制を立て直した。

 

「それでポントゥスの居所を知りたがったのね」

 

 母上が前もって魔術師ポントゥスに会う事を知らせてくれていたようだ。こんな非常事態でもない限り誰もあの男には近寄りたくは無いだろう。

 

 変人魔術師ポントゥスは若いうちからその非常識さで有名だった。多彩な魔術を扱え魔力の多さで注目を集めて学院へ特待生として領地の端のど田舎からやって来たポントゥスは入学早々、王都にある魔術訓練施設を半壊にした。

 

 その時はバルバロディア領が王へ反逆かと騒がれたが単にポントゥスが都会の貴族に田舎者と馬鹿にされイジメられていた同郷の男を庇うために力を示そうとして魔術を使ったせいだった。

 その場はイジメた貴族の素行が日頃から悪かったのでポントゥスにはキツイお咎めはなかったが数十枚におよぶ始末書、反省文を書かされ修繕費用の一部はバルバロディア領で引き受けた。

 その後騎士団へ魔術師として入学したが魔術師達の訓練を兼ねた山道の舗装中に勢い余って舗装するはずが地面に大穴を開けてしまい大騒ぎになったがそこから温泉が湧き出て今ではそこに小さな町ができ王都から程よい距離にある評判の保養地となった。

 騒ぎは起こすが処分されることなく今日まで生き長らえ今ではある種、伝説の魔術師となっている。

 

「それで居所はつかめましたか?」

 

 ポントゥスはいつも騒ぎを起こすため山奥に住んでいるという噂だがそれでも数ヶ月ごとに移動しているらしくいつも探すのに苦労するらしい。

 

「おおよそは検討がついているから大丈夫だ」

 

 なんとか落ち着いたフィンレーがソファから起き上がりながら教えてくれた。ポントゥスはどうやら今は騒ぎも休眠中らしくこの城から馬車で二日ほどのところにある森の中にいるらしい。

 

「では馬を三頭、すぐに用意をお願いします」

 

 馬なら飛ばせば一日あれば着くだろう。イブリンがため息をつき仕方なさそうに頷いた。

 本来なら領地内で私がたった二人だけの護衛を連れて馬を乗り回すなど体裁が悪いが今回は仕方がない、訳あって時間がないのだ。

 何故なら母上が私の王位継承権を主張した為、今から三ヶ月後に夫となるアーネストと共に神殿へ出向かなくてはいけない。

 それはこのエルデバレン王国の王位継承が神聖な儀式を行うことから始まるからだ。

 王位継承権を持ち、なおかつそれを主張する者は王城奥深くにある神殿に妻、または夫となる者と共に一晩祈りを捧げなければいけない。

 一人では神殿に入ることが許されずパートナー必須の儀式なのだがその時の姿が問題だった。神殿で祈りを捧げる二人は薄い布を一枚羽織っただけの清らかな姿でなければいけないとされている。つまりその時点で男の身体だとバレれば神殿と国を謀った罪で処分されるだろう。

 王位継承権を放棄できればいいがその時期は逸していた。一度上げた手は既に取り下げることは出来ず、神殿で祈りを捧げ清らかな心と身体になり主権を争わなければいけないのだ。

 

 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る