第6話 優秀な婚約者
軽く眉間にシワを寄せアーネストは黙って私を見ている。
「申し訳ありませんけど急ぎますので御用がお済みであれば降りていただきたいのですが」
これ以上追求されればこの身体が男であることがバレてしまうかもしれない。美しい銀髪を少し揺らし薄い群青の瞳でジッと見てくる彼のことを私も負けじと見つめ返す。
目をそらしたら殺られる!!
この苦行を乗り越えないと一気に責め立てられ何もかもゲロってしまうに違いない。これまでアーネストに睨まれた者がその追求を免れ生還したとは聞いたことがない。
必死に歯を食いしばり微動だにしないでいると奴はすっと目をそらし馬車から降りていった。
「帰ってきたら知らせろ」
それだけいうと振り返らず階段を上り学院へ戻っていった。入れ代わりにエミリオとゴドウィンが入ってくるとすぐに馬車を走らせた。
「はぁぁぁぁ〜」
グッタリとし特大のため息をつくとエミリオが同情した眼差しで慰めてくれる。
「お疲れさまです姫様、今日は格別でしたね」
いつもより怖さ
奴は最近私が領地へ行ったり遠出するというと特に機嫌が悪くなる。学院に入るまではほぼ放置だったにもかかわらず今は普段から私がなにかする度にチクチクと説教や嫌味を垂れてきて鬱陶しいところがある。
屋敷へたどり着き部屋へ戻ると既にバルバロディア領へ行くための手続きが終わったことが知らされており後は明日書類を学院へ提出すればそのまま王都を出ることが出来るようになっていた。やはり母上は仕事が早い、普段なら数日はかかる手続きだ。
エミリオが書類に抜けがないか確認しているとローラがティーセットを載せたカートを押しながら入ってきた。
「お帰りなさいませ、姫様」
ローラはいつも私が帰ってくるタイミングに合わせてお茶を用意してくれる。
「これが急ぎ届いておりました」
カートに載せられた小さな木箱を渡され中身を見ようと蓋を開いた。ここに届いている時点で既に検分が終わっている物だがどうやら薬のようで小瓶が入っていた。
「アーネスト様からで喉に良いお薬だそうです」
私はガックリと項垂れた。ゴドウィンがニヤけながらほぅと頷く。
「さては緊急連絡装置をお使いになりましたな、流石一流の魔術師、魔力の無駄遣いですな」
学院から十数分のこの屋敷へ私が到着すると同時に薬が届けられるなんてそれしか思いつかない。
「物資輸送魔術装置もお使いですね」
エミリオも感心したように言うがこれらは
それを使って喉に良い薬って……
「ホントに馬鹿なことを」
小瓶を放り投げローラがいれてくれたお茶を一口飲む。
投げられた小瓶を受け取りながらゴドウィンがしみじみとする。
「本当に何故なんでしょうね。あんなに優秀な方が姫様の婚約者なんて」
「ゴドウィン!言い方に気をつけろ、もう少し遠回しに」
エミリオが咎めているがどう言ったところで私とアーネストが不釣り合いなのはわかっている。
私は王女ではあるが本来王位継承権がないも同然の九番目で大してなにかに秀でているわけではない。勿論奴には剣術も勉強も敵わない。
今は臨時で騎士コースの教師をやっているがその前は騎士団に身を置きながら国の政策に関わっている城付きの文官をしていた。
いずれ私と結婚すればバルバロディア領主の夫として領地運営につくことになるが皆がそれをどうにか回避させこのまま国のために城勤めに出来ないか画策しているほど優秀だ。
私と婚約破棄させ王女でないどこかのお嬢様と結婚させる事が出来れば良いのだがヘタに王妃の娘と大領地の息子なので誰も何も言えないようだ。
正式に交わした
物心ついたときには既に婚約していた。七歳年上の奴からすれば今の私など子供でしかないのだろう。最近は一層厳しい態度で接しられるが時折こうして気づかわれ戸惑ってしまう。そして面倒くさい。
「ローラ、適当に礼状と品物を送っておいて」
「姫様が選んでない物は直ぐに送り返されてきます」
ローラがすかさず返答する。そうだ、奴は何故かその手の事に勘が働きうるさい。
「もう〜、わかった。『シャービンデイル』の極上の赤を一本、カードを添えて送っておいて」
有名な高級ワインは最近の奴の好物だ。生意気にワインなんか飲みだしたと聞いたがきっとどこぞのパーティででも覚えてきたのだろう。
適当なカードを机の引き出しから引っ張り出すと『ありがとうございます』とだけ書いてカートの上に載せた。
「色気がないですな」
ゴドウィンが味気なさそうにいうがそもそも私には色気は無いし、私達の間にそんな雰囲気もない。ただの政略結婚だ。
ローラはカードを手にワインを用意するために出ていった。『シャービンデイル』はバルバロディア領の特産品で今や有名な高級ワインとして売れ筋商品だ。昔は安価なあまり質の良くないワインしか出来なかったが母上が妃になってから外国の職人を領地に招き入れ試行錯誤の末、やっと完成した逸品だ。
アーネストが好んで飲んでいるという噂が広がり一気に人気が高まりここ数年は品薄状態が続いている。勿論、私は社交に必要な時の為にいつも手元に数本置いてある。きっと手に入れにくくなって奴もこの御礼の品を喜ぶに違いない。ひとまずこれで大丈夫だろう。
翌朝、学院へ行き書類を出すと王都ランデルトラを護る
王妃達が住まう屋敷から切り離された、里である領地へ直接行くことが出来る魔術具の転移装置がそれぞれ囲壁に接する様に建てられた塔に設置してある。
王城や妃達の屋敷からも距離を取っているのは
転移装置には人であれば一度に転移出来るのは三人まで、荷物は危険物を察知できる様に魔術によって検問がなされるようにいくつか制限が設けられている。国内の領地の者が万が一反乱する気を起こしたとしても不意打ちに城へ攻め込むことが出来ないように監視するためといえば分かりやすいだろう。
塔へ入るには許可申請が必要であるがもちろん既に取ってある。塔の前に馬車をつけると直ぐにドアが開けられゴドウィンが降りエミリオが続きローラが降りるとスッと手を差し出され反射的にそのエスコートに従い外へ出た。
「おはようございます、リアーナ王女殿下」
いつもならエミリオが行う事だが何故かそこに騎士団長ザッカリーがいた。騎士団長がわざわざ出向き私が領地へ向かうのを見送りに来るわけはない。
何故ここにいるんだろう?
不信感が顔に出ないように気をつけながら挨拶を返した。
「おはようございます、ザッカリー騎士団長」
騎士団は王族を護る要の組織で私は王族だ。つまりザッカリーは私に仕える身だ。
「珍しいですね、何かありましたか?」
王族に仕える身とはいえ基本は王と妃、王位継承権が有る者を優先するがそれにも順位はある。つまり九番目の私とは基本的に王族として接する機会は少ない。
「はい、偶然こちらに諸用で来たのですが殿下がいらっしゃるとお聞きしましたのでご挨拶に参りました」
まぁ、嘘だな。
ザッカリーはそのまま転移装置が有る部屋へ向かう為の階段を上るのについてくると並んで歩き出した。騎士団長であるから当然騎士達の訓練にも顔を出すこともしばしばある。だから私とは王族と騎士団長としてではなく、騎士コースの生徒としてよく顔を合わせている。
「前置きはいいです。なんの御用ですか?」
「察しが良くて助かります。勿論アーネストの事ですよ」
階段を上りきり転移装置が有る部屋の前でため息をつくのを我慢しながら彼に向き合った。
「アーネストの事は本人に言ってください」
「だが本人は全く耳を貸さないのでここは婚約者であるリアーナ王女殿下から説得して頂く方がいいでしょう。騎士団へ来るよう説得してください」
騎士コースを取った者は国の有事の際に騎士団と共に戦うことが義務付けられている。貴族の男である程度腕に覚えがある者は殆ど騎士コースを取り課程修了後、そのまま騎士団へ入る者と席だけは置いて文官や他の職につく者がいる。
アーネストは騎士コースに入っていた時から実力が抜きん出ていた為誰もが騎士団にずっと居続けると思っていたがそうでは無かった。
その優秀さからいずれ騎士団長へと押す声が多くあがっていたがアーネストはあっさりと騎士団を数年で辞めると文官の道を選び、騎士団から落胆する声が殺到したのはいうまでもないだろう。
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