第4話 呪い2

 私は無言で外していたボタンを留めて身なりを整えた。

 

 母上、今はそこじゃないですよっと。

 

「王妃様、その言いようはあんまりです。それではリアーナ王女殿下がお可哀想です」

 

 ローラが母上に堪らずという感じで発言した。一介の侍女の彼女が王妃たる母上に物申すのは本来なら不敬であるが、ローラは私より四歳年上の自領から連れてきた貴族の娘で付き合いも長くしっかり者、信用もあり私の姉ような存在だ。それにここには身内と呼べるものしかいない。

 

「ローラ、口を慎みなさい」

 

 ブレインが一応それを咎めたが母上は気を悪くした様子はない。

 

「ローラ、大丈夫よ。むしろ私もそう思える部分もあるから」

 

 幼い頃は自分が男でないことを嫌だとグズっていた事もあったらしい私としては今の状態はそれほどショックではないし母上の言葉に傷ついたりしない。

 

 母上は深くため息をついた。

 

「それで、他にどのような事が?」

 

「まだ良くわかりませんが体中に痕跡が残っています。それが気持ち悪くて」

 

 昨夜の締め付けられた時の状況を詳しく話すと母上が眉間にシワを寄せた。

 

「このままでは王位どころか王女の地位も危うい上に婚姻にも影響がでるわね。バレないうちになんとかしなくては」

 

 この国は王女でも王位は継げるため問題は母上の後ろ盾となっている出身地の領での派閥の件だ。

 王へ嫁ぎ子を産み、その子が王位につけない場合、男なら問題なく領主と養子縁組みをして跡継ぎとして迎えられる。しかし女であれば古い考えを捨てきれないバルバロディア領の古老達が簡単には首を縦に振らない。まだまだ強い力を持つ彼らを満足させるためにそれなりの婿を取らなければいけないが、そこは解決済みだった。

 母上はバルバロディア領主の三番目の子で次女だが伯父、伯母ともに男児に恵まれず、王の子である私が跡を継ぐ事になった。そして婿取り問題が起こる前に凄まじい母上の行動力により私には既に婚約者がいる。成人し学院を卒業したら結婚する予定だ。

 

 

 ずっと黙っていたエミリオが言いにくそうに一人の男の名を挙げた。ずっとこの事を考えていたようだ。

 

「王妃様、恐れながら魔術師ポントゥスが何か知っているかもしれません」

 

 この部屋にいる殆どの者が嫌そうに顔を歪めたがそれには訳がある。

 ポントゥスとはバルバロディア領きっての優秀な魔術師として名高いがそれ以上に変人魔術師としても有名である。

 人里離れた所に研究室を構え他人とは交流がなく、時折その優秀さが買われ助言を仰ぎに行く者がいるが、殆どの場合混乱を極め最後はワケのわからない状態になりながらなんとか問題が解決される。ある種天才ではあるのだろうが最終手段としてしか誰も関わりたがらない。

 母上は嫌そうな顔のまま考えていたようだが彼より優秀で秘密を守れる魔術師が他に思い当たらなかったようだ。

 

「それしかないようね」

 

 ブレインに目で合図すると私がバルバロディア領へ一時的に行けるように手配を始めた。九番目とはいえ王女の立場上、王都から離れるには許可を取らなければいけない。

 

「許可はこちらで取りますが学院へは自ら書類を提出しなければいけません。明日、学院へ行ってその足で向かいなさい。時間がないわ」

 

 王都には誰にでも門戸が開かれている学院があり、大体の貴族や金持ちの子女は必ずと言っていいほど通い色々なことを学ぶ。

 生活に余裕がない者でも平民、貴族に関係なく優秀なものは試験を受け合格すれば無償で通うことが出来、その後貴族に雇われたり城で働けたりする。

 大体一つの単元で長くても普通は三年あれば修了する事が出来るうえ、いくつも並行して学ぶ事も出来る。

 我が国では十六歳で成人する為、それに合わせて私は十三歳で入学したがその時、義務である『帝王学コース』と共に剣術の腕を上げるために『騎士コース』を取ろうとしたが母上からの命令で『貴婦人コース』と『経理コース』も取っている。

 

 近年のバルバロディア領は商売が盛んで、前領主であるお祖父様を筆頭に母上やその兄姉も同様に領地運営の為に金儲けに熱心だ。私はどちらかといえば剣術の方が好きだが商売をするのも嫌いではない。

 

 バルバロディア領は昔はあまり栄えた領地ではなく運営にも困窮していた。それを一念発起したお祖父様が平民の優秀な商人に教えを請い少しずつ領地を栄えさせ最後のダメ押しに母上を王と結婚させたのだ。おかげで王都での取引きが増え領地は一気に財政を豊かにした。

 

 グングンと業績を伸ばすバルバロディア領の娘である母上は九番目の妃ながら王からの信頼も厚かったため今や国の運営にも大きく影響を及ぼしている。周りの要求を断りきれない王の代わりに素早い決断を進めるのはいつも母上の役目だった。だがその王ももういない。

 

 王が身罷りまだ二ヶ月、母上は夫を亡くしてからも精力的に働いている。喪に服している間に王位継承問題が加速化し五番目コレットが三番目デミアンを手に掛けたと言われてからは少し停滞しているが王の死を静かに偲ぶ日はまだ遠そうだ。

 

 

 領地へ戻る手続きは今日中に提出されすぐに許可が下りるだろう。母上の部屋を辞して屋敷の廊下を歩いているとローラが不安気に私を見ていた。

 

「あの、姫様、今日は学院へ行かれますか?」

 

 私は自分の体を改めて見た。一応女に見えると思うが声以外にも違和感はあるだろうか?

 

「エミリオ、私は女にみえる?」

 

 こういう事はゴドウィンに聞いても駄目だ。まともな答えが返ってくるはずがない。

 

「勿論です、普段少し男のように振る舞っておいでだったのがここに来て役に立っておりますね」

 

 まぁ、男になるつもりはなかったのだが確かに今回の件に関しては助かった。横で聞いているゴドウィンが楽しそうにニヤニヤとする。

 

「姫様、アーネスト様に何というのです?」

 

 その名を聞いて一瞬ビクリとしてしまった。ローラがコクコクと頷きながら心配そうにしている。

 

「今日は帝王学コースがありますからそちらはいいとして、騎士コースはお休みになられたほうがいいかもしれません」

 

 騎士コースにはアーネストがいる。私より七つ年上の奴がコースを取っている訳ではなく臨時に優秀な指導者としているのだ。騎士団に席は置いてあるが文官として城で勤務しているアーネストはどこにいても注目の的だ。

 

 輝く銀髪のサラサラの髪に薄い群青の瞳、スラリとして見えるが無駄のない筋肉質な体躯に洗練された身のこなしに全ての女性が惹き込まれるが、うっかり近寄ると冷たくあしらわれる。

 その美しい容貌に得意とする氷の魔術も相まって慇懃ながらも冷静な態度が『月冴つきさゆるきみ』の二つ名で呼ばれ内外問わず周辺国では有名な男だ。いつもキツイ物言いなのに不思議と悪評が立たないのは私にすればエルデバレン国七不思議に認定出来る現象だ。

 

 幼少より剣技を身につけ小難しい本を読み優秀さを発揮していたこの男を母上が私の婿にと望み何故かそれは了承された。

 アーネストは大領地グランフェルトの三男で自領を継ぐ事は望み薄だったせいもあり、国内のいくつもの領地だけでなく諸外国からも婿として引く手あまただったし他に条件のよい所があったにも関わらず早い段階で婚約がなされた。これもエルデバレン国七不思議に入れて良いだろう。

 

「アーネスト様は少しの変化も見逃しませんからな」

 

 可笑しさを隠しきれていないゴドウィンが嬉しそうにしているのをエミリオが睨みつけている。だがゴドウィンの言うことは腹が立つことに本当の事でアーネストに隠し事をするのは難しい。

 今の私はかすれた声に華奢さはあまり変わらないが体は男だ。触れ合うことは無いからバレないとは思うが違和感は感じるに違いない。ローラの言うとおり帝王学コースだけ授業を受けその後は適当に何か言って騎士コースは欠席することにしよう。

 

 学院に通う為にシンプルな白のブラウス、黒いロングのフレアスカートに着替えると生徒用のマントを身に着けた。首にはスカーフを巻き、身支度を整えると用意された馬車へ乗り込んみ、いつもの様に護衛のゴドウィン、エミリオと一緒に屋敷から出た。

 

 王都は北の小高い丘の上に王城を構えその周囲を堅牢な環状囲壁で護られ魔物の侵入を防いでいる。城の周辺は王妃達が屋敷を構え、次に上位貴族が屋敷を構え南に行くほどその地位が下がる傾向にある。

 九番目の王女である私の住まいは母エリザベスと同じ屋敷で、ここから学院までは馬車で向かう。学院は城に近い場所にあり、その建物は豪華であるが派手すぎず落ち着いた威厳を保ったかなり大きなものだ。

 

 学院内には騎士コースの訓練場や魔術コースの実技訓練施設、他にも貴婦人コースのお茶会の為の庭園やダンスホール等他にも多彩なコースのための施設が充実しており入ったばかりの頃は自分の受けるコースの教室にたどり着くのはかなり難しいものだ。

 王族や上位貴族の者が学院内へ連れていける護衛は一人で侍女も一人連れていけるが私は自分の事は自分でする質なのでローラは屋敷に置いている。

 いくら面倒くさくとも流石に護衛は置いてはいけず、今日はエミリオを連れて教室へ向かった。騎士コースは欠席するつもりだけど帝王学コースにいる兄姉達と顔を合わせたときに繊細に上手く対処できるのはゴドウィンではない。 

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