第3話 呪い1

 ゴドウィンとエミリオが部屋にやって来た。早朝の為かなり眠そうで騎士服は着ているもののよれた上着の首元のボタンを外したままのゴドウィンと、同じ騎士服なのにキッチリと整えられ完璧に支度が済んでいるエミリオが私に朝の挨拶をする。

 

「姫様、おはようございます」

 

 エミリオは王都の貴婦人達にも噂される爽やかで整った美しい顔でサラリとした長い金髪を後ろでひと結びにし優しく微笑む。その隣で眠そうな顔をしている人前に出せる限界ギリギリの顔をしているゴドウィンがダルそうに口を開く。

 

「おはようございます、朝から何です?さっき眠ったばかりだったのに、ほぁ……」

 

 あくびをかみ殺し、ローラが用意してくれたお茶をガブ飲みしているゴドウィンの横でエミリオが美しい顔を歪ませイラッとする。

 

「全く貴方はいつまでたっても……それより今日はなんだか雰囲気が違いますね、姫様」

 

 ゴドウィンに説教でも始めようとしたがそこは長年の付き合いで直ぐに無駄だと諦め私に向き直ったエミリオは違和感を口にした。

 

 細やかな技術を必要とする魔術を卓越した能力で操る事が出来るエミリオは流石に繊細だ。

 

「えぇ、どうやら男になったの」

 

 テーブルを挟んだソファに向かい合わせに座り私は腕を組んだ。一体あの女が何者でどうやって探し出せばいいか悩みどころだ。

 

「はぁ?」

 

 エミリオは私の話が聞こえなかったのか首を傾げる。

 

「昨夜ここに面妖な女が来て恐らく何かの魔術を使われたの。今はこの通り男の体になった」

 

 チラリと胸元を広げると二人が凝視した。

 不思議なもので男の体になったのだから同性に見られているようなものだがそれなりに恥ずかしい。直ぐに隠すと話を続けた。

 

「王位継承問題から手を引けと言われたから兄姉の誰かの指図だろうけど今のままでは特定が難しそうね」

 

 母上が張り切っているだけで全くやる気が無い私としては詳しい事情はわからない。誰が有力で誰が妨害行為に及びそうか。

 

「ひ、姫様……男の体って……どうしそんなに冷静な……」

 

 エミリオが顔を引きつらせ動揺している。まだそこに引っかかっているのか。私としては男の身体になってしまった事よりあの女の居所が気になる。ゴドウィンは難しそうな顔をしてじっと見てくるとおもむろに口を開く。

 

「姫様、下もですか?」

 

「貴方の気がかりはそこなのですか!!相変わらず下品な」

 

「だが完全に男の体なのか気になるだろ」

 

 エミリオが我に返るとゴドウィンを怒鳴りつけ、二人が言い合っているさまを見かねてローラが制した。

 

「とにかく、姫様を元に戻す方法を早急に探し出さなくてはいけませんわ」

 

 二人は私に向き直り詳しい事情を話すように言った。襲ってきた女の人相、しかけられた時の様子を話すと魔術に精通しているエミリオが眉間にシワを寄せた。

 

「それは恐らく魔術の中でも呪術と呼ばれる類いですね」

 

 エミリオによると魔術の中に、何かしらの条件をつけ自分が持っている魔力以外の力を利用しより高い効果を発動させる術があるらしい。本来であれば魔術は己の魔力を使い術を発動させるものだが時折り自然界にある魔力を帯びた物に働きかけ特定の威力を発揮させる事がある。

 分かりやすい物でいえばポーションがそうだ。数種類の特別な植物が持つ力と魔力を合わせて制作され、どこでも誰が使用しても回復という力が発揮できる。今回の様に他者に危害を加え、しかもその影響が続く物を呪術、呪いと呼ぶらしい。

 

「では女が私に投げていた種のようなものに何かしらの魔術が仕掛けられていたというの?それって簡単に出来るものなの?」

 

 エミリオはため息をつきながら首を横に降る。

 

「いいえ、これは相当な遣い手の仕業です。ポーションのような一般的な物は長年の研究である一定のレベルに達した者なら作ることが出来ますがこのようなオリジナルの要素を施すにはかなり高度な技術と魔力、それに時間が必要と思われますが詳しくはわかりかねます」

 

「エミリオでこれなら俺達だけでは無理があるでしょう。エリザベス王妃にご相談されたほうがいいですな。ローラ、直ぐに取り次ぎを頼む」

 

 ゴドウィンに指示されたローラは部屋を出ていった。エミリオは何やら考え事をし黙っているがゴドウィンはそのまま続ける。

 

「姫様、とにかくこの事は他へ漏らさんほうがいいでしょう。お妃様の勝手とはいえ王位継承に手をあげているのですから不利な情報は出さんほうがいい」

 

 見た目は粗野な感じで言葉遣いも荒く誤解を受けやすいがゴドウィンは強い剣士で優秀な指揮官でもあった。困難な状況を把握し解決のために最良の手を打つ事ができ優れた決断力で実行する。少し戦いを好む傾向なのが気になる点ではあるが私も人の事は言えない。

 

 母上に知らせにいったローラが戻ってくると直ぐに面会が可能であると告げられた。母親といえど妃であるためそう安々と顔を合わせることは出来ない。いつもなら三日前には面会の予約を入れろとマナーには煩い母上だが、流石に今回は緊急性が高いと認められたようだ。

 

 キッチリと上着のボタンを留められたゴドウィンと、考え込んだまま口を聞かないエミリオを連れて部屋を出た。

 私はローラにもう一度服を着替えさせられ喉仏を隠す衿の高いドレスを身に着け、さらに胸とお尻に詰め物をし男体型を隠すと急いで母上の元へ向かった

 ローラが案内するように先を歩きその後ろを静々とついて行く。私としては普段通り動きやすいシンプルな服装で向かいたいところだが王女の身では中々そうも行かない。城へ向かう時や母上に会う時などでは諦めて王女らしい服装をし言葉遣いも気をつけている。

 

 はぁ……息苦しい。

 

 胸の詰め物が気持ち悪く慣れた下着のはずが詰め物がされ締め付けられて痛い。歩きながらも人目を気にしつつモゾモゾとしていると後ろからゴドウィンが誰にも聞こえないようにからかってくる。

 

「姫様、ドレスで見えませんが足さばきが王女のそれとは違いますな。胸も尻も普段より盛りすぎですよ」

 

 チッ!ウルサイ下品な奴め。

 

 いつもならエミリオに注意されている態度だが今回は違う。いまだ考え込んだまま黙っている事が気になるがそろそろ母上の部屋に到着する。

 

 私達の歩みに合わせて部屋の前の護衛騎士が扉を開け、足を止めることなく中へ進んだ。母上の部屋は執務スペースが広く取ってありいくつかの机が並べられ早朝だというのに幾人もの文官が黙々と作業している。積み上げられた書類に目を通しながら顔も上げずに母エリザベスがイライラと机を爪でカツカツと鳴らしている。

 

「ここへいらっしゃい」

 

「はいっ、母上!」

 

 ピリついた部屋の雰囲気のせいでキリッと答えてしまいすぐに私はしまったと思った。

 

「お母様と呼びなさいと何度言えばわかるのです」

 

 すかさず注意が飛ぶ。

 

「申し訳ございません、お母様」

 

 普段から王女としての振る舞いに気をつけ、言葉使いや所作も女性らしくせよとキツく言い渡されている。私の見た目は不美人では無いと思うが特別に美しいというわけではない。幼い頃から『活発で凛々しい』と評判で女性らしい美しさは売りではない。

 ゆっくりとした動作で淑やかに見えるように母上の傍に向かい美しく礼を取るためにドレスを両手でそっと摘むと軽く膝を曲げ少し頭を下げて挨拶をした。

 

「おはようございます、お母様。緊急であったにも関わらず面会の許可を頂きましてありがとうございます」

 

「ドレスを持つ指はもっとしなやかに、頭は下げ過ぎぬようになさい」

 

 今日はまだ及第点をもらえたか。いや違うな、急いでいるから見逃してくれたのだ。母上は目で合図すると人払いをし、文官達が静かに出ていくと部屋の中には私と一緒に来た三人、母上の忠臣の側近ブレインの六人だけになった。

 母上は手にしていた書類をバサッと書類箱へ投げ入れると大きく息をした

 

「それで、今回はなんですの?」

 

 ローラは緊急だと告げて詳しくは話してないらしいがその様子を見てただ事じゃないと察してくれていたようだ。さすが母上。

 

「見ていただいた方が話が早いです」

 

 私はドレスの前のボタンを外して下着を引き下げ母上の前でバッと開いた。

 

 これを見越しての前開きのドレスだったのかな?ローラ凄い、私の行動を完全に読んでる。

 

 母上と側近ブレインが無言で目を見開いていた。

 

「どうしてこうなったの?」

 

「呪いではないかとエミリオが申しております」

 

 母上が確認するように視線を送るとエミリオが頷いた。

 

「姫様の話によると恐らく蛇の呪い、呪術により男の体にされたと思われます」

 

 母上はこめかみに手を添え頭痛を堪えるような顔をした。

 

「こんな手があったの」

 

「王妃様」

 

 母上の言葉にブレインが静かになだめるように声をかける。

 

「もっと早くに知っていれば」

 

「王妃様!」

 

 今度は明らかにハッキリと母上の言葉を諌めようとするブレイン。

 

「十五年前にこの方法がわかっていればリアーナを生まれて直ぐに王子にしたものを!!」

 

 母上はブレインの制止も聞かずに言い切ると執務机を腹立たしげにバンッと叩いた。

 

 

 

 

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