第七章 第一話 アグナバル洞窟の主(後)/出発の時

 まだ日が明け切らない未明。


 周囲はそれでも少しづつ、周囲のお互いの顔が誰か判るくらいまで、明るくなり始めている。


 夜ごと夜ごとに少しづつ寒くなり始めるこの時期、赤陽は七十数日間は空に昇って来ず、青陽が東の湖面上、水平線にその姿を表すまでは、もう少し時間が掛かる。


 政府庁舎前、閉じられた正門の間に集まったのは、皇帝エメリヒ以下、剣騎士三名、槍騎士三名、弓騎士十二名、衛士六名、魔術師九名、その他荷役等、後方支援担当が五十名程。


 剣騎士のうちの一人は、聖剣騎士の称号を与えられたカール・フォン・ムシュテイク。

 槍騎士のうちの一人は、前回の皇帝杯剣槍弓術試合にて圧倒的な強さを見せたフランツ・バッケスホーフ。

 弓騎士のうちの一人は、弓騎士長バルバラ・リナウド。

 衛士のうちの一人は、衛士長フォルクハルト・ローゼンハイン。

 魔術師のうちの二人は、シャンタル・ドゥシエラとアンナ・ウォルフィントン。


 「本当に皇帝エメリヒが参加されるのですね」

 ウォルフィントンがシャンタル・ドゥシエラにそう、小さな声で囁く。


 「もうこれはある種、国家の存亡を掛けた遠征だな・・・」

 諦めた様な表情でシャンタル・ドゥシエラは返答する。


 「総員乗車!」

 今回の遠征に旗振り役、指揮者として参加する、ギルド長ラウレンツ・ヴェルケーが指示を出す。


 剣騎士三名乗車で馬車一台。

 槍騎士三名乗車で馬車一台。

 弓騎士三名づつ乗車で馬車四台。

 衛士三名づつ乗車で馬車二台。

 魔術師三名づつ乗車で馬車三台。

 後方支援担当は大量に資材を積む馬車に三十台に分散して乗車する。


 そして最後方、通常の馬車車両が四隅の木枠に木製板を貼り付けられて居るのに対して、馬車車両の四隅の木枠に分厚い鉄板が貼られた特別仕立ての皇帝御用馬車に皇帝エメリヒは乗らず、二人の女性皇帝専属衛士二名と老執事一名のみ乗車。


 「おはようございます。本日は魔術師、ヒーラーとして出兵しますので此方に乗せて貰います」

 シャンタル・ドゥシエラとアンナ・ウォルフィントン、そしてドルイドのエンマ・ベルトロットの三人が乗っている九号車の扉を開けて皇帝エメリヒが乗り込んでくる。


 当然のように、きちんとセットされたロマンスグレーの髪の毛が印象的な老執事が慌てたように、皇帝エメリヒを追いかけて来て、彼女を諫めようとする。

 「陛下、道中で襲撃される危険性が御座います。専用馬車へお戻りください」


 だが。


 「わたくしは今回の遠征では、魔術師として参加するのです。此方の馬車がわたくしの指定席でしょう?」

 皇帝エメリヒはそう言ってさっさと身軽に乗り込んでしまう。


 「私たちにお任せ頂けますか?わたくしとドゥシエラの二人で、陛下をお護りさせて頂きます」

 この前のように皇帝エメリヒの機嫌が悪くなり、出発前から無駄な事に時間を取られるのは得策ではない、と考えたウォルフィントンがそう応える。


 皇帝エメリヒがシャンタル・ドゥシエラと同じ馬車に乗って、頑として動かないのは、予め想定していた事案である。


 しかも、シャンタル・ドゥシエラとウォルフィントンが乗り合わせる馬車は、魔術的な防御に関しては最強である。


 それに、乗り心地が御用馬車と一般の馬車では雲泥の差が有る事から、何れ音を上げるに相違ない。


 そう考えた老執事は清く引き下がる。

 「何卒、陛下をご安全にお護り頂きたく、宜しくお願い致します」


 老執事が皇帝御用馬車に乗り込んだのを確認して、ギルド長ラウレンツ・ヴェルケーが乗る、一番先頭の荷馬車に鞭が入り、四十二台の馬車が出発する。


 全ての馬車が庁舎前から見えなくなる頃には、青陽が東側の水平線の向こうから、その眩しい姿を表そうと準備し始めていた。

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