第六章 第四話 アグナバル洞窟の主(前)/フィッツシモンズの憂鬱

 政府庁舎の地下二階。


 天井や壁に灯火等、一切の明かりは無く、差し込む光も無く、かび臭く真っ暗な部屋、妖精樹園。


 その、決して広くは無い部屋の、四隅の内の南東の隅に、分厚い木製の壁二枚で区切られた六メートル四方の、ドルイド職、フィッツシモンズの部屋がある。


 此処には、フィッツシモンズとその配下、ドルイド職見習いの女性が三人配属されており、いつでも爽やかな香水の香りが漂っている。


 この部屋の中だけは、四方の壁それぞれに灯火が設置されていり、また天井にはこの部屋にはとても似つかわしくない程の豪奢な意匠のシャンデリアが吊され、其処にはたくさんの灯火が点されており、地下とは思えぬほど、とても明るい。


 フィッツシモンズがお願いして、ドルイド職見習いの三人は部屋は出て行き、部屋の中、応接セットのソファには、フィッツシモンズとシャンタル・ドゥシエラの二人だけが向かうように座り、そして守護妖精の騎士団長ヒルデブルドが、フィッツシモンズの左肩にちょこんと座っている。



 「なんと致しましょうか・・・ヒルデブルド団長」


 シャンタル・ドゥシエラから一通りの説明を聞いた後、フィッツシモンズは、左肩に載って座っているヒルデブルドの居る左側を向いてそう言う。


 「ふむ・・・。他ならぬドゥシエラ殿からの申し出であるから、普通ならば二つ返事でお受けしたいとは思う」

 ヒルデブルドは自慢の顎髭に手をやって考えに耽る。


 「ましてや皇帝陛下をお守りする任務なのじゃ」


 「妖魔や魔獣の巣くう洞窟内にて、人間の身体から魔力を吸い取ろうとする妖魔や魔獣等の妖力に対する耐性の乏しい、正確にはご経験が無いが故に、体内から魔力を吸い取ろうとする妖力を防ぐ術を持たぬ陛下のお身体を外から、此れ等の妖力を遮断する」


 「これこそ、我々にとっては、天命と言っても良い任務ではあるのじゃが、のう」


 「だが問題は、遠征先がアグナバル洞窟と言う事。我ら守護妖精と非常に相性の悪い場所、で有る事じゃ」


 「彼の地、アグナバル洞窟の中がまさに、我ら守護妖精族にとって、其れこそ『死地』に等しいと言う事。それに尽きる」


 「いかに勇敢な守護妖精騎士といえども、彼の地に棲む妖魔や魔獣にとっての我々は、『餌』でしか無いという事じゃ」


 短い間を挟みつつ、此処まで一気に話し終えた事に、ヒルデブルドの苦悩が感じ取れる。


 ヒルデブルドが苦しげな表情でそう言うのを聞いて、フィッツシモンズもまた、表情を曇らせて下を向く。


 「私としては、ドルイド職の身としてはこのお話、お断りしたい」

 フィッツシモンズはその端正な顔を歪めて、すまなさそうに、そして苦しそうに、そう答える。


 「とは言え我が身も皇帝陛下にお使いする身、なれば・・・」


 「して。ドゥシエラ殿、ご自身はやはり遠征には参加されるのか?因縁を持ちの場所であろう?」

 ヒルデブルドはそう言ってシャンタル・ドゥシエラの顔を覗き込む。


 「それに其方も、我らと同様、守護妖精と契約を結ぶ身。ましてやその膨大な魔力をお持ちならば、人の身と言えども、言わば半分は守護妖精のようなモノ。なれば、格好の餌となり得るはずじゃぞ」


 「そうですね。因縁の件、フィッツシモンズ卿とヒルデブルド殿にはお話しした事が有りますね・・・その件も含めて、最初はもちろんお断りしたのですが・・・」

 そう言ってシャンタル・ドゥシエラはフィッツシモンズを見つめる。


 フィッツシモンズがゆっくりと頷く。


 「ただ、私が行かねば、ウィンプフェリング卿が出る、そう仰られるのが必定なれば、我が身が出なければと、今は覚悟を決めました」

 シャンタル・ドゥシエラは改めてヒルデブルドの方に視線を振る。


 「今此処で聖天司祭大師ウィンプフェリング卿を失うと、魔術局は文字通り立ち行かなくなります」


 「承知した。。守護妖精の長として、守護妖精同志の遠征を認めよう」

 ヒルデブルドはそう言ってフィッツシモンズの肩の上から飛び立つと、シャンタル・ドゥシエラの顔の前まで飛んで止まる。


 「して、如何ほどの人数を所望されるか?」


 「では百名ほど」


 「馬鹿な事を言うな!多すぎる!」

 シャンタル・ドゥシエラの言葉に、フィッツシモンズは顔を真っ赤にして憤怒の表情で即座に反応すると、シャンタル・ドゥシエラを睨み付ける。


 普段は無口で温厚な彼女の、小柄で細く華奢な身体が怒りで、小刻みに震えているように見える。


 「抑えよ、フィッツシモンズ。身体に障る」

 ヒルデブルドはそう言って、フィッツシモンズの顔の傍まで飛んでいく。


 「私が『行く』と、そう言っておる」


 フィッツシモンズの表情が少し落ち着く。


 「ただ、数は、最大でも五十名じゃ。そもそも妖精樹が八十株しか無い。其れを超えてアグナバル洞窟に行く事は出来ぬ」

 ヒルデブルドはまた、シャンタル・ドゥシエラに言い聞かせるように、声のトーンを抑えてそう言う。


 「同時期に八十を超えて守護妖精が死した場合、妖精樹の数を超えた、つまりは溢れた守護妖精の魂は、何れ判らぬ他所の妖精樹の元に生まれ戻る。此れは是非とも避けたい。そして現在、実を付けた、生まれ戻る課程にある魂が十。それから、遠征とは別に、同じ時期に他の件で死するやも知れぬ守護妖精の魂が有るやも知れぬ可能性を考え、二十は残しておく」

 ヒルデブルドはそう言ってシャンタル・ドゥシエラの視線を強く見つめる。


 「五十名。それ以上はアグナバル洞窟に出る事は適わぬ」


 「承知致しました。感謝の極みです、守護団長様のご決断、心よりお礼申し上げます。。何卒よろしくお願い致します」

 シャンタル・ドゥシエラはそう言うと、ヒルデブルドとフィッツシモンズのそれぞれに、深く深く頭を下げて謝意を表す。


 「日取りは改めてご連絡申し上げます」


 「承知した」

 ヒルデブルドは柔らかい表情でそう返答した。


 「承知は致しかねます。ですが、ヒルデブルド団長様のご判断を、尊重させて頂きます」

 如何にも納得しかねるといった表情でフィッツシモンズは、シャンタル・ドゥシエラの顔を睨むように見つめる。


 「では此方からも。ゼフィランサスの株を千株追加発注致します。八十名の守護妖精方々の同時期の生まれ戻りに備え、真絹布三百枚、急ぎ揃えたいと考えます。魔術局長、速やかに手配、願います」


 ゼフィランサスは、純白の大きな真絹布を作製するために欠かせない材料となる。


 だが、その生育地は、ユングバリ湖の北側の湖岸にのみにおいて生育する、非常に希少な植物であり、ましてや千株となると、それ相応の遠征隊を組む必要がある。


 「承知しました。すぐに手配します」

 シャンタル・ドゥシエラはフィッツシモンズの顔を見て、そう返答する。


 「ギルド長に相談して、早急・・・明日にでも遠征隊を出して貰います」

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