第六章 第三話 アグナバル洞窟の主(前)/困惑の魔術師

 「アブソリュート・プリヴィレージ!皇帝エメリヒは、アグナバル洞窟への遠征隊の一員として、アグナバル洞窟最深部にて、『厄災の神』の鱗を貰い受ける!」


 「あ!」

 聖天司祭太師ウィンプフェリングを筆頭に、その場に居合わせた全員の顔が真っ青になった。


 だがもう、間に合わない。


 「アブソリュート・スペル・ディストラクション!!」

 聖天司祭太師ウィンプフェリング、そしてシャンタル・ドゥシエラ、更にはウォルフィントンが、最上級の術式解除を組み上げて、極限の最上級術式『アブソリュート・プリヴィレージ!』の破断を試みるが、何れも弾かれる。



 絶対特権、術式『アブソリュート・プリヴィレージ!』は、神聖なるブリドドーラの塔にて アサン神の神託を得て誕生した皇帝にのみ与えられた、解除不可能な絶対術式で在り、この術式で宣言された、皇帝本人に関する行動や動作に関する事柄は、皇帝本人も含めて、何人たりとも此れを解除できなくなる術式で在る。


 其れは例えば、諫めるとか、考えを改めるように懇願する、そう言った事も一切出来なくなる。


 

 「陛下、では此方にご署名をお願い致します」

 心ではそうしたくない、にも関わらず、引き攣った表情のギルド長ラウレンツ・ヴェルケーは自身の鞄からアグナバル洞窟遠征隊に関する契約書を取り出すと、皇帝エメリヒの前に差し出す。


 「此れでよろしいですね?」

 皇帝エメリヒは契約書に署名すると、ギルド長ラウレンツ・ヴェルケーの目の前に戻す。


 「日取り等、詳細に関しては、改めて、ご連絡下さいますか?」

 彼女はニコッと微笑みながらそう言った。


 「ドゥシエラも遠征隊への参加、しますよね?」

 皇帝エメリヒは微笑みを表情のまま、何かを期待するような表情と動作でシャンタル・ドゥシエラの顔を覗き込む。


 「もちろん、でございます」

 こちらも引き攣った表情のシャンタル・ドゥシエラは、即答する。


 「では皆様。遠征隊に、お望み通り、ドゥシエラ局長がご参加なさる事となりました。此れにて散会致しましょう」

 そう言うと、皇帝エメリヒは立ち上がる。


 「各持ち場に、お戻り下さい」


 最初にギルド長ラウレンツ・ヴェルケーが立ち上がると、五名のギルド長幹部と共に部屋を出て行く。


 シャンタル・ドゥシエラは、一人残って皇帝エメリヒに直談判しようと心積もりして、その場に居座ろうとしたが、聖天司祭大師ウィンプフェリングに促されは、其れも叶わぬと覚悟する。


 ウィンプフェリングに付き従うように、シャンタル・ドゥシエラはウォルフィントンと共に、部屋を出て行く。


 扉を閉めて出た廊下には、ギルド長ラウレンツ・ヴェルケーが残っており、申し訳なさそうに、頭を下げる。

 「まさか、こんな事態に・・・」


 だが、ウィンプフェリングがその言葉を遮る。

 「陛下のご意志だ。誰彼に責任が有る訳では無い。気にする必要は無い」


 「それより、こうなった以上、ギルド長。念には念を入れ、想定していた以上の態勢で、遠征隊を組まなければならないだろう。急ぎ戻り、遠征に関する有りと有らゆる事話に関して、早速にでも見直し作業に入って欲しい」


 「承知致しました。では失礼致します」

 恐縮しきった表情のギルド長ラウレンツ・ヴェルケーはそう返事して、五名のギルド長幹部と共に、足早にその場から去って行く。


 「ドゥシエラ、そしてウォルフィントン卿には悪いが、直ぐに私の部屋まで来て欲しい」

 この世の終わりとでも言いたげな顔つきで、聖天司祭太師ウィンプフェリングは、シャンタル・ドゥシエラとウォルフィントンにそう告げる。


 「はい。すぐに参ります」

 シャンタル・ドゥシエラもウォルフィントンもまた、引き攣った表情まま、そう応答する。


 ◇ ◇ ◇


 一度自席に戻り、手許の急ぎの作業を片付けると、シャンタル・ドゥシエラは、六階にある聖天司祭大師ウィンプフェリングの私室に入る。


 部屋を見渡すと、ウォルフィントンが既に疲れた表情で、ウィンプフェリングの目の前に座って居る。


 「早速だが、其方の意見が聞きたい」

 シャンタル・ドゥシエラが後ろ手で扉を閉めるや否や、聖天司祭大師ウィンプフェリングは苛ついたような表情で、叫ぶようにそう言った。


 「すまん。声が大きすぎた」

 シャンタル・ドゥシエラの驚いたような表情を見て、聖天司祭大師ウィンプフェリングは慌ててそう付け加える。


 「お気持ちをお察しします」

 大きな声を張り上げたくなる気持ちはシャンタル・ドゥシエラにも痛いほどよく解る。


 「まさかの、皇帝特権術式宣言、ですから」

 

 「其方ならば、如何とするか?」

 聖天司祭大師ウィンプフェリングはそう言ってシャンタル・ドゥシエラの顔を覗き込む。


 「解除術式を探してみたが、小職、聖天司祭大師職の権能を以てしても、アブソリュート・プリヴィレージの上位術式は見当たらぬ」


 書庫を相当引っかき回したのだろう、聖天司祭大師ウィンプフェリングの部屋の中。床一面に様々な魔術書が投げ散らかされている。


 「フィッツシモンズを訪ね、相談しようと考えております」


 「ドルイド職の女性魔術師か、何とする?・・・よもや?」

 シャンタル・ドゥシエラの言葉に、聖天司祭大師ウィンプフェリングはすぐに反応し、表情を曇らせる。


 「国家の一大事でございます。その他に選択の余地は無いと考えます。お察しの通り、守護妖精騎士団に、ご出兵をお願いに上がる所存です」


 「守護妖精の怒りに触れ、其方との契約が全て、棄却されるされるやも知れぬぞ。それでも、か?」

 聖天司祭大師ウィンプフェリングは表情を曇らせる。


 「重々承知しておりますが、この一手以外に選択肢は無いと考えます」

 意を決したようにシャンタル・ドゥシエラはそう答える。


 「分かった」

 聖天司祭大師ウィンプフェリングは短く、それだけ言った。


 「私もご一緒に・・・」


 「いえ、私一人で行きます」

 心配そうに、シャンタル・ドゥシエラの顔を覗き込むようにして言った、ウォルフィントンの言葉を遮るようにして、シャンタル・ドゥシエラはそう言い切る。


 「皇帝陛下を怒らせてしまった責任が、私にはありますので」

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