第六章 第一話 アグナバル洞窟の主(前)/ギルド庁の悩み
政府庁舎から三ブロック、南側に離れた場所に、こぢんまりとした石造りの二階建て建物、ギルド庁舎は在る。
「ギルド長、少し時間、よろしいでしょうか?」
少しづつ寒くなり始めたこの時季、二階の奥まった場所にあるギルド長室に朝一番、女性幹部の一人、ラヴァンディエがギルド長を訪ねて入ってくる。
「構わない。何か?」
齢まだ五十に満たないギルド長、ラウレンツ・ヴェルケー。
その名はギルドに通う冒険者のみならず、イメルント帝国に住まう者なら誰でも知っている名前であり、国外においても勇名を馳せる元騎士であり、青少年時代には名を馳せた冒険者、でも有った。
各国との大戦、ユングバリ湖周辺の領地を死守する、各国各所との数十度に渡る防衛戦では常に勇名を馳せる大活躍を魅せてきた。
特に十八年前、フリドリフ民主王国の一万八千有余名の軍勢が、ユングバリ湖でも、レーベンアドレ島に最も近い西岸、ジョヴェード地区に侵攻してきた際には、ラウレンツ・ヴェルケー率いる千名余りの勇猛果敢なる突撃に、大混乱を引き起こしたフリドリフ民主王国の一万八千有余名の軍勢は総崩れを起こし、撤退を余儀なくされた『ヴェルケー奇跡の戦い』、今はそう呼ばれる奇跡の大逆転戦、その最たる立役者である。
結果として、その戦いでラウレンツ・ヴェルケーは右足右腕を失い、端正な顔に大きな傷を負い、左眼を失い、やむなく騎士職を退く事となった。
今は右足に義足をはめ、左腕一本で激務のギルド長を務めている。
「過日、百三十二代皇帝陛下がご誕生なさいましたが、クエストへの応募が無く、国家土台の守護、更新するべき『守護の龍鱗』を未だ、準備できておりません」
そう言ってラヴァンディエが、一階ギルド受付窓口の掲示板に貼り出していた募集要話を、ギルド長の机に置く。
「今のところは未だ、聖ルドニア守廟院からの催促はありませんが・・・」
「そうか・・・そうであったな。特一級クエストの標準的な懸賞金の四倍額、四百万エインでも応募者は現れぬ、か」
ギルド長は、用紙を見る事無く返事する。
「アグナバル洞窟の最深部に住まう、『厄災の神』を討伐してその鱗を剥ぎ取る、若しくは『厄災の神』の寝込みを狙ってその鱗を剥ぎ取る、或いは『厄災の神』と取引、実際には懇願して鱗をもらい受けると言う、並大抵の冒険者には、まるで歯が立たぬ相手、なのだから是非もなし、か・・・。然もありなん、とは正にこの事だな」
「とは言え、手をこまねいているだけでは埒が開かない」
そう言って、ギルド長ラウレンツ・ヴェルケーは腰を上げる。
「ウィンプフェリング大師にお伺いを立ててみる」
◇ ◇ ◇
「少し待って欲しい」
ウィンプフェリング大師にそう言われ、ギルド長ラウレンツ・ヴェルケーは政府庁舎八階、大師公室の前で待機を余儀なくされる。
「ギルド長、どうなさいました?」
たまたま階下から戻ってきたのだろう、皇帝エメリヒが大師公室の前で立っているギルド長の姿を見止め、声を掛ける。
皇帝エメリヒはかつて、先帝であった父に反抗し、ほんの少しの期間に過ぎなかったが、身分を隠して冒険者としてギルドに登録していた時期が有り、ギルド長の顔はよく覚えている。
ギルド長ラウレンツ・ヴェルケーは簡単に、経緯を説明する。
「でしたら魔術局長にお頼みすれば、良い話しではありませんか?」
皇帝エメリヒは全てを聞いて、そう応える。
「実はこの話、最初に魔術局長に話を持って行ったのですが、一度ならず二度までも、魔術局長には断られました」
そう言ってギルド長ラウレンツ・ヴェルケーは悲しそうな表情をする。
「どうやら、魔術局長は過去にアグナバル洞窟とは浅からぬ因縁がお有りのようで、頑としてお受け頂けませんでした」
「そう言えば魔術局長は南岸地区の出身でした。確か、アグナバル洞窟近くの村の出だったとお聞きした事が有ります」
皇帝エメリヒは納得したような表情で頷く。
「ですがこの件、適任者は魔術局長以外には、あり得ないと思います」
皇帝エメリヒの声は徐々に熱を帯びて大きくなる。
その時、少しイライラした表情で、ウィンプフェリング大師が扉を開けて顔を見せる。
「陛下。誠に恐れ入ります。術式が安定しません。お話しなら、少し離れて頂けませんでしょうか?」
「大師。ギルド長のお話しは、私の方で引き取らせて頂きます。宜しいですか?」
皇帝エメリヒがウィンプフェリング大師の顔を見てそう言う。
「か・・・もちろん構いませんが、ギルド長は?」
ウィンプフェリング大師は驚いた表情を隠せない。
「・・・」
ギルド長は困惑した表情で、言葉を失う。
「この件は、魔術局長のお力無くして解決はありません。さあ、行きましょう。わたくしが魔術局長を説得致します」
そう言うともう、皇帝エメリヒは、既に下に降りる階段を降り始めていた。
「あの・・・申し訳ございません。失礼致します」
ギルド長はそう言ってウィンプフェリング大師に頭を深く下げると、皇帝エメリヒを追い掛けて階段を駆け下りる。
「拙いな・・・部屋に通しておくべきだった」
ウィンプフェリング大師は後悔の念を禁じ得ない。
「これは・・・一悶着有るぞ」
直ぐに下に居りたいが、ウィンプフェリング大師は今、手が離せない。
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