第五章 第五話 東岸防衛戦/若き愚将の誤算
「若様。これ等の『映し姿絵書』は、彼の地の姫のお姿を、出入りの絵師に描かせたモノでございます」
アンブシミンはそう言いながら、数枚の『映し姿絵書』を、ヴィカリヲ総督の目の前に差し出す。
「ほお・・・これはこれは。沐浴姿とはまた、どうやって描いたのやら・・・?」
「其処はそれ、絵師も白状は致しませんでしたな。家業、秘中の秘、と言う事で、なにとぞ・・・」
戦場に居る事など、そして、ガルドを殺害した事など、どこ吹く風とばかりに、ヴィカリヲ総督と、貴族院大学で同期で学友の三人また、酒を煽りながら、幾枚もの『映し姿絵書』を、この辺り周辺の地形を示す非常に大切な筈の布製の地形図の上に広げて鑑賞会に興じている。
ガルドと同じように、先代から仕えてきた家臣らは、その光景を苦虫を噛み潰したような忌々しい表情で眺めてはいるものの最早、諫めようとするものは一人も居らず、中には、若草色の陣幕で囲まれた”真の陣所”から、真っ白な陣幕で囲まれた”偽りの陣所”へと移動してしまったものもいる。
先代が未だ元服する前からヴィカリヲ家に仕えてきた臣下の一人、セイディリアももはや怒る気にもなれず、西側方向、遥か向こうに見える、対峙中のイメルント帝国軍の陣所をボンヤリと眺めていた。
と、セイディリアは何かに気付く・・・イメルント帝国軍の陣所の前で、最初はボンヤリとした弱弱しい光の列が一列に並んでいた、ただそれだけの事だった、その光の列が物凄い速度で一気に眩しいばかりの光の列へと変わって行く。
「一体アレは何なのじゃっ!これはいかん!全員、陣所の外に逃げろ!」
人として、というよりは得体の知れぬモノを観た、生物としての生存本能と言うべきだろうか。
セイディリアは其れに気付くと大声で叫び、何も持たずに陣所から這う這うの体で逃げ出し、背の高い木々の後ろ側に身を潜める。
「これはいかん!アレは駄目じゃぁ!逃げろぉ!」
苦々しい顔をしながら、それでも辛うじて陣所に留まっていたもう二人の老いた臣下達も、その声に気付き、脇に置いていた家宝の太刀も持たず、使い古した愛着のある兜も持たず、彼らもまた、這う這うの体で陣所を飛び出し、週の草むらに身を潜める様に倒れ込む。
「いったい何事か!騒がしいぞ!静かにせよ!」
ヴィカリヲ総督がそう言った次の瞬間、 アンブシミン、スガン、ツェーエフ、其の三人の身体に光り輝く矢が一本ずつ、フルプレートアーマーを易々と貫いて突き刺さり、一瞬にて彼らの身体は爆散し、頭骨だけが三個、ヴィカリヲ総督の足元に転がり落ちる。
「なんじゃぁ?助けてくれぇ!誰かぁ!誰でも良い!ワシを護れ!」
腰が抜け、お漏らしして地面にへたり込んだヴィカリヲ総督はそう言って周囲を見渡す。
しかし人っ子一人、重臣一人、姿は見えない。
「そうだった、アンブシミン、スガン、ツェーエフ、俺の臣下であろう、お前たちは身を挺して俺を護れ」
だが、アンブシミンも、スガンも、ツェーエフもつい先ほど、身体が吹き飛ばされ、ヴィカリヲ総督の足元で、頭骨だけが無残な姿を晒している。
ホンの直前に起きた事も思い出せない程に、ヴィカリヲ総督はパニック状態に陥っていた。
「そうじゃ、アルマ!其方は天下一の優秀な魔術師と抜かして居ったであろう、自慢してたであろう!防御魔術を組み立てよ!」
そう言ったのと同時にヴィカリヲ総督は、アルマを逃がしてしまった事を思い出した。
其れはガルドを切り捨てた記憶とも繋がる。
ガルドの遺体は既に焼却してしまっている。
「残念では御座いますが、土壇場でございます、若様」
何故か、そう言ってガルドの、ホンノリと繭色に光を放つ姿が、ヴィカリヲ総督の目の前に現れる。
「さあ、ワシと一緒に参りましょう。親方様より、若様の事を最後まで頼む、そう仰せつかっておりました。不肖、このような姿となってしまいましたが、最後まで親方様の仰せに従い、最後の寵臣として、冥府までお供させて頂きますしょうぞ、おぼっちゃま。さあ、行きましょうぞ」
「死にたくなぁい!助けてくれ!まだヒメヒメと、ヤってないんだぞっ!」
悲鳴にも似た叫び声を上げると、ヴィカリヲ総督は迫りくる光の球の奔流に向かって剣を向くと、滅茶苦茶に振り回す。
「そうである!アテン神よ、ビルバ神よ、ジャダラ神よ、これまでたくさんたくさん、お主らに、たくさん、寄進してやったのだ、こういう時にこそ、我にその借りを返す事を許可する!俺を護れ!そして我は、ガリダオア神の末裔たるぞ!光の球など、我が偉大なる神の宿りし右腕にて、切り裂いてくれよう!」
そして最後になってヴィカリヲ総督はその目に一杯の涙を溜め、夕暮れの真っ赤に染まった大空を見上げ、震えるか細い声で小さく呟く。
「お父上、お母上。僕を護って下さい。お願いします。ママ、パパ」
間も無く、三条の光の矢がヴィカリヲ総督の身体を貫き、そして彼の身体は爆散し、この世から消えて無くなった。
頭骨だけがコロンと、あたかもお互い同士が寄り添うように、かつての級友たちの転がっている頭骨の傍まで、転がって行く。
ガルドの、ホンノリと繭色に光を放つ姿も、スッと消える。
そして間も無く、逃げ惑う幾千もの兵士や魔術師の群衆が、雪崩を打って陣幕を引き倒して陣所の中にまで押し寄せ、群衆の他、魔獣や動物の群れに踏みつけられた彼らの頭骨は泥に塗れ、次々と粉々に砕け散って行く・・・学園在籍時の様に、四人揃って仲良く。
数枚の、真新しい『映し姿絵書』がヒラヒラと、風に煽られて舞い上がる。
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