第五章 第三話 東岸防衛戦/若き愚将の野望
「やはり彼の地へは転移は出来ぬ、とな?」
鶴翼の陣形で待機するアメスタン国軍の最後方、真っ白な陣幕に囲まれた十八メートル四方の偽の陣所の少し右の翼寄り、周囲の草原に埋もれ隠れるような若葉色の陣幕に囲われた十メートル四方の真の陣所の中、猫背で背が低く小太り、頭頂部まで額が拡がった中年男性、ヴィカリヲ総督は目の前でかしづく若き魔術師カランドラにそう言って尋ねる。
「は。なにがしかの魔術障壁が有り、如何なる転移術式も全て強制解除されましてございます」
魔術師カランドラは力足らず、と深く頭を下げて謝罪の意を示す。
「まあ良い。アタマが、汚いオヤヂから、”かわゆい”ヒメヒメに代わり、帝国側に世代交代して以降、貴君の出番なし、か。まあゆっくりしておれ」
そう言うと、ヴィカリヲ総督はカランドラを下がらせる。
「彼はまだ若い。捨てるには惜しい人材、となれば、西側の件が片付いた暁に、南側の件で使うとするか」
カランドラと入れ替わる様に漆黒の全身タイツの様な衣装に頭からつま先まで身を包む男、背も低く細身のヴェントがスッと現れ、ヴィカリヲ総督の前に傅く。
「およびでしょうか?我が総督」
掠れた様なとても揺らぎの多いセカンドテナーの音域、やや高めの声で彼は言う。
「うむ。ヴェント、もう間も無く夜となる。其方は手下と共に、闇に乗じて渡河し、丘陵地の周囲を守る剣部隊と槍部隊を避けて丘陵頂上を目指し、弓部隊を害せよ。出来るなら陣所に入り、生娘のヒメヒメを捉えて我に差し出せ。クザヴェリを葬った貴殿の力、期待しているぞ」
「御意」
ヴェントはそう応えてまた直ぐに姿を消す。
「黄金色の陣幕とはまた、実に見易い。オヤヂも”うつけ”ならヒメヒメも、か。”うつけ”のヒメヒメよ?何を思う?『映し姿絵書』では彼のヒメヒメ、そうとうに美味そうではないか。ぜひ”ヤりたい”ものだ」
そう言ってヴィカリヲ総督は、ヨダレをボタボタと溢して不遜不敵な笑みを浮かべる。
「”あの顔”は好き者だ。二十万ボドンも払えば”ヤらせて”くれそうだな、きっと”柔らかい”に違いない。フゥヒィヒィヒィヒィヒィ・・・」
「さようでございますな、総督様。二番手はぜひこのわたくし、アンブシミンに」
「ならばその次は此のツェーエフでございますかな?でスガン、其方はその後で良かろう?」
陣幕内では唯一の女性、十六歳の魔術師アルマが露骨に嫌悪感を顔に表すものの、日頃から、女は子を産むモノ、卵を産むモノ、と言って憚らぬ、ヴィカリヲ総督と貴族院大学で同期、学友の三人が酒を煽りながら総督と、酒を酌み交わしながら大声で大はしゃぎで盛り上がる。
「ふーむ、済まぬがアルマよ、酒の追加じゃ。取りに行ってくれるかの?」
最長老のガルドが気を利かせて、アルマにそう声を掛ける。
「はい」
静かにそう言ってアルマが出て行こうとする。
「アルマ、よ・・・もう我慢ならん、総督命令だ。俺とヤってから行けぇ!」
ヴィカリヲ総督がアルマの全身を覆うローブの裾を思いっきり引っ張る。
「構わぬ!行け!」
そう言いながらガルドは、ヴィカリヲ総督の伸ばしたその手を力任せに振りほどくと、アルマを包むローブの裾が引き千切られて両足が露わとなる。
「邪魔すんなよ!老害が!」
憤怒の形相で、ヴィカリヲ総督は怒りに任せて剣を抜くと、ガルドの背後から袈裟懸けに斬りつける。
「行け!アルマ!サッサと逃げよ!」
ガルドは口から大量の血を吐き出しながら、それでも最後の力を振り絞り、アルマを陣幕の外に突き飛ばす。
間もなく、ガルドはもんどりうって倒れ込むと、ピクピクっと痙攣した後、其のまま動かなくなる。
ヒィィッと小さく悲鳴を上げて、アルマはその場から逃げ出す。
「誰か、アルマを連れ戻してまいれっ!」
ヴィカリヲ総督は大声で周囲に向かって、そう命じる。
「おいおい・・・えぇぇぇ?!ガルド・・・、ガルド・・・様は拙いだろ・・・お父上にどうやって弁解するつもりだ?」
ツェーエフが大変な事態に気付き、真っ青な表情でヴィカリヲ総督に詰め寄る。
アンブシミンとスガンは腰が抜けて動けなくなる。
年上の重臣たちは余りの事態の重大さに、一同が狼狽えながら、それでもヴィカリヲ総督の顔を睨み付けて立ち上がる。
「若様・・・何と言う事を・・・!」
「反乱分子と結託していた。そう言うさ。おまえ等、しっかと口裏を合わせるぞ」
そう、気丈に言い放ったが、流石にヴィカリヲ総督は身体を震わせてその場にうずくまる。
「反乱分子の死体を焼いておけ」
震える口で弱弱しく、そう言うのがやっとだった。
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