第四章 第一話 フリドリフ民主王国の野望/追い詰められた国家

 「申し訳ございません。仕損じました」


 フリドリフ民主王国の首都ノヴォサード、その中心に聳える七層の主城を誇るツォバリア城、その六階の国王執務室。



 イメルント帝国が、ユングバリ湖周辺一帯を領地とし、その湖上に浮かぶレーベンアドレ島を要塞都市化して帝都クラリサとして構えているならば、フリドリフ民主王国は、ユングバリ湖から北方遥か彼方に位置する、四千メートル級の山々が東西に連綿と連なるベルドゥスコ山脈、その一角を成すベディル山地の切り立った崖を要害の地として首都ノヴォサードは成り立っており、ベディル山地の裾野に拡がる豊かな森林地帯に広大な領地を拡げている。


 石造りのツォバリア城もまた、標高八百メートル付近の切り立つ、天然の要害の上に建てられている。



 分厚い、毛足が非常に長く、くるぶし辺りまで沈むほどのフカフカした重厚な絨毯が一面に敷かれた広大な一室。


 その最も奥に置かれた重厚な意匠の執務机に座る、背は高くないが恰幅が非常に良い、白髪の初老のイカフ国王と、その脇に控える、背は高いが細身で七三分けの髪型の中年男性、最上級執事ミハエラ。


 その二人が見つめる、部屋の中央付近よりもやや後方。


 床に片膝を付き、床擦れ擦れまで顔を下げて細身で小柄な初老のウィザード、アウラゼーブ。

 彼よりも後ろ側には非常に若い、筋肉質のバランスが良い体格の少年、狙撃槍騎兵マニャニ。


 その二人が最敬礼状態で控える。


 「構わぬよ。全てが想定範囲外だった。気にする事は無い。期せず、シャンタル・ドゥシエラが居たのだ。全てが我々の想定範囲外だった、そう言う事だった、ただそれだけの事だ」

 イカフ国王はそう言うと柔らかな表情で二人を見遣る。


 「ご苦労だった。次に期待している」


 「ハハッ。感謝の極みにございます。次こそ必ず」

 そう言うとアウラゼーブとマニャニの二人は、改めて深く頭を下げる。


 「いや、最初から、シャンタル・ドゥシエラ、居るって話だったよな・・・」

 マニャニは小さな声で毒づくが、アウラゼーブが咄嗟に術式で、国王と執事には聞こえない様に細工する。


 執事ミハエラに促されて二人は部屋を後にする。



 「如何致しましょう?」

 二人が去った後、執事ミハエラがイカフ国王に問いかける。


 「相手がシャンタル・ドゥシエラ・・・そうだ、シャンタル・ドゥシエラが相手では、已むを得まい。今回は不問とする・・・ここまで彼女の帰還が早まるとは思わず、それこそ観測所の予測が外れたのだからな」

 イカフ国王はそう言いながら、苦虫を噛み潰したような表情で、不快感を隠さない。


 「それと・・・此れは観測所の意向でもある・・・マニャニと言ったか、あの少年を断じる事無かれ、とな」


 「承知しました」

 執事ミハエラはそう言って恭しく頭を下げる。



 「失礼いたします!魔術院より使者。火急の知らせとの事であります。如何致しましょうか?」

 不意に不躾にバタンと扉が開き、扉外で立哨していた番兵が部屋に入ってくる。


 「通せ」

 執事ミハエラが応答する。


 「火急とは一体、何事か」


 「慎み奏上いたします。魔術院観測所からご報告。ヴァルドゥル・ホイアーがイメルント帝国の首都クラリサに顕現した、との事であります」

 背後から現れた魔術院観測所からの使者が、国王の執務机から一番離れた場所で、平身低頭となって報告する。


 「また、陛下におかれましては、魔術院観測所まで下向賜りたいとの、主よりの言伝であります」


 「なんだと?まさか・・・」

 そう言ってイカフ国王は、少し固まった様に動きを止める。


 「クラリサには件のシャンタル・ドゥシエラが先刻帰還したのであろう?なぜ故、今頃になってこのタイミングで、その場所にヴァルドゥル・ホイアーは現れたのであるか?」


 イカフ国王は顔を伏せて、暫し逡巡する。


 暫くして顔を上げると。

 「直ぐ行く、ヌインツォ院長に、急ぎ伝えよ!」


 「はっ!」

 即時に応答して立ち上がると、魔術院観測所からの使者は、直ぐに立ち上がり国王に一礼して、急ぎ足で部屋から出て行く。


 「ミハエラ、直ぐに支度せよ」

 イカフ国王の言に執事ミハエラは一礼して、足早に執務準備控室の方へと姿を消す。


 「ここまで見事に尽く、観測所、そして我の予測が外れるとは・・・全ての計画を練り直し、か・・・実に厄介な事よ」

 改めてそう思い直してイカフ国王は不敵な笑みを浮かべる。

 「いや、楽しみが一つ、先延ばしとなっただけの事か」


 ◇ ◇ ◇


 ツォバリア城がベディル山の中腹より下の標高八百メートル付近の断崖絶壁の上に建てられているのに対して、魔術院観測所はベディル山の頂上、標高千八百メートルの頂きの、巨岩をくりぬいた洞窟内に在る。


 通常ならば軽装ではとても近づけない場所に在るが、イカフ国王が術式を描いた転移魔術で、国王自身と執事ミハエラそして三人の従者は共に、観測所の中枢、観測管制室の一角に一瞬で到着する。


 「恐れ入ります。ヴァルドゥル・ホイアーの件もございますが、実は其れ以上に急ぎお知らせいたしたく、お呼び立てさせて頂きました」

 転移陣の上に国王一行の姿を見つけたヌインツォ院長は、そう言いながら、忙しなく両手を動かし、術式を構築しては消していく作業を繰り返している。


 院長以外の各所属、各階級の作業員は国王の姿を目にしながら、別段気にする素振りも見せず、各自それぞれが自身の職務遂行をし続ける。


 これは国王からの通達であり、其れはつまり、余計な気を廻す暇が有れば、黙々と作業に集中せよ、という事である。


 「ご覧になれますでしょうか?」

 そう言うとヌインツォ院長は、自ら魔術で投影した映像を指さす。


 「先程観測された、非常に憂慮すべき事態、マディク火山、かの山体の微弱な振動速度と回数がここ数年では見ない程、急激に増しております」

 

 ヌインツォ院長は空中に術式を形成して、マディク火山の現在の様子を様々な角度から投影する。

 

 この映像は使い魔獣、インゲル鷹をマディク火山の上空へ飛ばし、その目を通した映像が送られているものである。

 

 「ここ数日、ここ数年と言う短いスパンではなく、十年或いはもう少し先、の予測では有りますが」


 「其れはつまり、いにしえより口伝にて伝えられる、古代大火焔大御神の千年目の目覚め、そう言う話しか?」

 魔術投影された映像を凝視しながら、イカフ国王が重い口を開く。


 「さように御座います」

 ヌインツォ院長が低い声で返答する。


 「解かった。専任観測者を早急に選定し、マディク火山を漏れなく継続して観測、逐次、ベシュコヴァ観測室管理長に対し、その専任観測者から直接、そして日々欠ける事無く、事態変化の有無に関係なく、日次報告させよ」

 それだけ言うと、イカフ国王は執事と従者三名と共に転移して、観測管制室から姿を消す。


 「聞いていたな?ヴァレィエフ次席主任観測官、貴殿をマディク火山観測専任担当に任命する。以後一切任せる」


 「は」

 ヌインツォ院長の命にヴァレィエフは軽く頭を下げて即答し早速、複雑な術式を次々と組み上げると、マディク火山の観測を開始する。

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