第三章 第二話 魔術師シャンタル・ドゥシエラ/妖精樹園

 地上の、どの階のどの部屋よりも一段と温度が低い地下二階、庁舎建物の下に拡がる、かび臭く真っ暗で決して広くない地下室、その中でも特別に温度が低い一角にそれは有る、妖精樹園。


 壁や天井に灯火は一切無く、真っ暗な部屋の中に、それぞれ人の背丈の半分程の高さまで育っている妖精樹の株、それら全ての小さな花や茎、そして葉がぼんやりと淡い緑色の光を放っている妖精樹が八十株ほど、鉢に植え付けられて整然と並べられている。


 その鉢植えの妖精樹が並ぶ一角に、一株だけ、眩い程の一際強烈な真っ白な光を放つ、人の頭部よりやや大きめの球形の”実”を付けている。

 その前では既に、二人のエンチャンタが術式を構築、空中に魔法陣を描いている最中にある。


 「ドゥシエラ、入ります」

 そう言って、その二人のエンチャンタの間に入って立つと、シャンタル・ドゥシエラは高位の術式を唱え、既に構築中の術式にスペルオーバーし、構築中だった魔法陣は一際大きな魔法陣を成長して空中に完成する。


 パン。

 短く、大きな乾いた音がして”実”が弾けると、部屋全体が眩いばかりの温かみ溢れる光芒に包まれる。


 そして暫くして光が収まると小さな、とても小さな二センチほどの妖精の幼生体が静かに、紅色の光の球体に包まれて、中空に浮かぶ。


 「おかえりなさい・・・ルカイン。紅色・・・そうですか、今度は女の子になりましたね。そうですね・・・では、エリメルとお呼び致しますね。三年後また、宜しくお願いしますね」


 妖精の幼生体にそう声を掛けながら、その幼生体を包み込む光の球体ごと、自分の両手で包み込む。



 守護妖精が死しても、余程の事が無い限り、妖精樹を通して”実”となって再び蘇る。


 ただ、大部分の記憶を持ち越していても、以前の記憶その全てを完全に持ち越して蘇る事は極めて稀であり、また、幼生体から成体に戻るまで約三年の月日が必要となる。


 加えて、守護妖精が不死身と知るとその力にすがろうとする人々、勢力が過去には、必ず現れていたらしく、表向きは守護妖精は死ぬ、としている。


 シャンタル・ドゥシエラがルカインの亡骸を拾い上げて涙を流して悲しみの姿を見せたのはそう言う事である。



 「お願い致します」

 シャンタル・ドゥシエラはそう言って包み込むように閉じた両手を開き、守護妖精の幼生体を、ドルイド職のフィッツシモンズに丁寧に手渡す。


 「お預かりいたします。大切にお育て致します」

 そう返答した初老の小柄で華奢な肢体の女性フィッツシモンズは守護妖精育成のスペシャリストとして、イメルント帝国内のみならず、全世界にその名が広く知れ渡っている。


 それ故に、敵国、友好国の別を問わず、各国から彼女を買い受けたいと、国家予算規模の貨幣を持参して国王次席級の賓客が毎年の様に訪問してくる。


 特殊な術式を込めた三重の、純白の大きな真絹布で守護天使の幼生体を優しく包むと、フィッツシモンズは軽く会釈して、三人の従者と共にその場を後にする。

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